ラプラスの悪魔

「こんにちは」


「あ、ベイリーか」


「おや?」


部室のドアを開けると随分珍しい人が椅子に座っていた。


「ディック先輩!お久しぶりです」


「ひ、久しぶりってそんなに来てなかったか?」


ディック先輩、丁度俺とレム先輩やブラウン先輩の間の二年生。

幽霊部員と呼ばれるほど来ていないわけでもないが、結構レアな部員。

黒上ショートヘアにスタイリッシュ、しっとりとした穏やかな目に彫刻の様な綺麗な顔立ち。

見ての通りの王道美女!!

だがしかし、そんなレア部員であるディック先輩が部室に一番乗りで来たということは、、、


「何かあったんですか?」


「よくわかったな」


(やっぱり)


「できればレム先輩に聞きたいんだが」


「あーっ、ディック来てたのか!」


(本当にいつもタイミングいいなこの人)


「あっ、先輩丁度よかったです。あの、実は聞きたいことが」


「なんだ?もしかして最近作ったタイムマシンのことか?」


「先輩、その話やめてください。もう聞きたくないです、結局何も起きないで隠蔽するのが大変だったんですから。当分光と鏡と水は見たくありません」


(当分どうやって生活するんだろこの人)


「いえ、それは多分今回の話と関係ないと思います」


「多分ってことは何か理論的なことかな?」


「はい、そうです。それはずばりラプラスの悪魔は実現しますか?」


「ラ、ラプラスの悪魔?」


「ラプラスの悪魔か、確かに人間のロマンだよねぇ」


「つまり砕いて言いますと全ての現象は物理法則で予測が可能ですか?ということです」


「ディックくんは不完全性定理って知ってる」


「不完全性定理ですか?」


「あれ?先輩こういうことでよく引用されるのは不完全性定理ではなくて不確定性原理じゃないですか?」


「いやいや、不確定性原理も確かに重要だけどそれを取り上げるだけだと無意味なんだ。まずは不完全性定理だね」


「不完全性定理は確かゲーデルの数学理論ですよね。すみませんこれ以上のことは知りません」


「まあ、それだけ知ってれば大丈夫だよ。この定理は哲学的にも色々な引用がされているのだけれどもそれらは基本的に拡大解釈の産物でしかない、だからと言って数学内でも実はその定理自体が重要な物であるわけではない。あの定理の何が重要だったかといえば、ずばり「定理の中でその定理が正しいということを証明することはできない」ということだ。つまり何事にも推論には限界があるということだ」


「つまりはどれだけ正しいとされる定理や法則などもその定理や法則の中では証明できないのでこれが理論の限界だということですか?」


「そうその通り、つまりはこれで不確定性原理に繋がる。不確定性原理は大雑把に言うと量子の領域だと根本的な行動が法則化不可能だということだが、これは例えば観察者がいたとして量子を観測しようとしたらその観測という行為自体が量子に影響を与えてしまうんだ。これを考えてみればもう単純!例えば全ての出来事が記されている本があるとする(つまりはラプラスの悪魔だね)でその本をある人が読んだとしてその中に明日自分は死ぬと記述してあったとする。その人はどうすると思う?」


「そりゃ死を回避しよいとしますね」


「そう、だがしかしその本には明日死ぬと記述されているがもしそれが実現しなかったら?その時点でラプラスの悪魔ではなくなる」


「でも、例えその人が読んだとしても実はそれも予測通りでその死は絶対に回避できない物だったとすれば?」


「よくある反論だね、だがしかしもしそうだとするとこの世は決められたできごとに(つまり運命だね)そって生きているってことになるよね?実はそれだと矛盾が生まれるんだよ」


「矛盾ですか」


「そう、それはずばり可能性だね。ディックくんは親殺しのパラドックスは知ってるかな?」


「確か過去に行った人がその過去で自分の親を殺したとするとその人は存在するのかしないのか?という話でしたよね」


「その通り、この場合二つの推論が自然に導き出される。一つは親を殺した瞬間消える、もう一つは元々存在しないという物だ。そうだとするとまず前者の場合この世界というのは確定された瞬間その現象が起きるということだね、この場合未来というのは不完全(不確定)な物でありラプラスの悪魔は実現不可能だということになる。後者の場合この世は完全に予測されていてラプラスの悪魔は実現するという答えになりがちだけど実は違う、その場合全てが消えなくてはいけないことになってしまうんだ」


「え?それはどうしてですか?」


「だってまず根本的に未来の言及というのは可能性でしかないからだよ。さっき例えで出たけどある人が死ぬという記述をした時点でその人には死ぬか死なないかという可能性が生まれる。その記述は未来の出来事だから確定ではないんだ、もしその記述が確定だとすればそれはその記述が合っているか間違っているかという可能性が生まれる」


「それでも絶対の物だとしたら?」


「実はねその時点で可能性でしかないんだ、それでもというのはまさに可能性じゃないか。つまり私が不完全性定理を説明したのは言及という物の時点でそれが正しいということを証明することはできないことを説明したかったんだ。そして不確定性原理を説明したのは予測や確定という行為自体がその現象に影響を与えてしまうということを説明したかったんだ」


「つまり未来は可能性でしかないと」


「その通り!可能性は現実とは違う!だがしかしこれでも私がラプラスの悪魔を否定しないのは偶然そうなるという可能性があるからだ」


「あ!なるほど。つまり人間が意図的にラプラスの悪魔を完璧に作成することは不可能だが、それが偶然であれば可能だと」


「そう!まさにその通り!つまりラプラスの悪魔が存在してもおかしくないがそれを意図的に理解したり証明したりするのは不可能だということ。つまり未来は可能性なのだから根拠もなくそれを信じるしかないということだ。所詮我々の予測というのは未来の確定ではなく予測、ただ可能性を高めることしかできないんだ」


「じゃあ結局は未来は根本的に確定できないと」


「あぁ、その通り」


「なんだか一周回って当たり前の答えになっちゃいましたね」


「だがしかしな、これは現実の話でこのようなフィクションは別だ」


「「はい!?」」


「そもそもフィクションは作者がそれを文字に起こしてしまえばそれは真実になるからなそれは確定に他ならない」


「えーっ、待ってください先輩!」


「じゃあそれだったらその中の登場人物が作者の決定権を操ればいい、そうするにはどうすればいいか?方法は様々だ。まずはキャラが人気になって作者に現実的にプレッシャーを与える方法だ、もし人気キャラが突然死んだりしたら読者に批判されるだろ?だからもし人気キャラだったらどんなことをしても死なないんだよだって作者はそのキャラの死という決定権を実質的に読者に与えてしまっているのだからね。実はこれは現実の人間でも一緒なのだよ、行動の決定権を相手に与えて現実の人間は行動している、根本的に結果権は本人が持っているのにも関わらずだ。自分というのは他人の認識に過ぎない、他人に勝手にイメージされ結果的に本人にも定着していく。(存在は個人だが成立は他人まかせだ!)所詮本人というのは遺伝というコードとその世代特有の癖を持っているに過ぎない、個性というのは根本的に自分の中ではなく他人によって作られていくんだ。フィクションのキャラというのはコードや癖を作者から抽象的に引き継いでるに過ぎず、更には作者から個性を確定されているに過ぎない。フィクションのキャラと現実の人物というのはそうやって認識して区別しているだけでこの様な見方をすればどちらも同類になるんだ。つまりキャラには個性や個人がないというのはあなたの決めつけでしかない、根本的に個人は他人によって作られるのだから。(なんて素晴らしいのだろう!これこそ可能性だ!)そして現在作者から「面白いから」という理由でこのフィクションの決定権を持ったラプラスの悪魔ことスタニスワフレムが命じる。このラプラスの悪魔のというフィクションの話はここで終了だ!」

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