第39話
「うおい、マジかよ? ちゃっかりしてんな」
「まあ、ソフィアはもう婚約者いるしねー。下手な相手に誘われるよりその方がいいっしょ」
「え? こ、婚約者? おい、そっちの話も聞きたいんだが、次行ってもいいか?」
高崎はこくこくと壊れたように頷いている。
……キャンプファイヤーの話を聞いて、高崎がどうするのかは気になるな。
事前にこうやって話したことで、相手を誘うということはつまり、高崎にとって久喜に告白すると言うことにも繋がる。
ただ、逆に言えば一緒に踊る相手がいないことを久喜にみせたとしても、まだ可能性が残っているとも見せることができる。
高崎がどちらの決断をするかは分からないが、俺なら……選ぶのは難しいと思う。
話の標的は高崎からソフィアへと移る。あのソフィアの恋バナということで、少なからず皆も注目しているようだ。
「……あたしの話って別にそんなにないわよ? 今は、婚約者がいて、その人とは楽しくやってるって感じよ」
……楽しい、というのが本音かどうかは分からないがちょっと嬉しかった。
本庄がはえーという感じで頷いている。高崎と久喜も、どこかソフィアを別次元の人間でも見るかのように感心している。
「んじゃあ、好きな人がいたってことないのか?」
「……なくは、ないわね」
……その言葉を聞いた時、ちくりと胸の奥に小さな針がささったような痛みがあった。
ソフィアがそういったことが、少し気になってしまったのだ。
そもそも俺は彼女の仮の婚約者なわけであって、それ以上は何もないと言うのに……たぶん、ちょっとだけ羨ましい、と思ってしまったんだろう。
……勝手な奴だな、俺って。針を抜くように軽く息を吐きながら、その話に耳を傾ける。
「へー、どんな感じだったんだ?」
「……中学の塾の帰り道ね。その人はあたしが酔っ払いに絡まれてる時に助けてくれたのよ。大学生くらいだったかしら? 結構やばそうな人たちがあたしに面倒臭い感じで絡んできてね。誰も助けてくれなかったときに、助けてくれたのよ」
「……大学生たち、中学生に声かけたのかよ」
「まあでも、桐生院さん大人びてるし、仕方ないのかもね……」
本庄の言葉に、高崎がそう言っていた。……確かに、ソフィアは俺たちよりもいくつか年上に見えるくらい大人びているときがある。
……やはり、大人たちが多い社会で仕事をしている経験があるからだろうか?
近いようで、遠い存在……なんだよな。
「四人がちょっと喧嘩っぽく絡んでいったんだけど、全員を怪我なく無力化させて……そこでその時はお別れしちゃったって感じね。それが、あたしの初恋だと思うわ」
「確かに……そいつは惚れるねぇ」
戸塚が納得したように頷き、ソフィアは恥ずかしそうにこちらを見てきた。
……俺は、どんな表情をしていただろうか。
ソフィアにそう言ってもらえる男が、羨ましい、と思ってしまった。
そして、先ほどのソフィアの表情からして……きっと今もその人を探しているんだろう。
きっと、ソフィアが俺との婚約者の関係をいつでも解消できるように申し出てきたのは、恐らくその人と会った時にすぐ別れられるようにするためだ。
今の、ソフィアとの関係が……俺は楽しいと思っていた。
でも、ソフィアの心にはまだその人が残っていて……悔しい、と勝手に思ってしまった。
……いつか、俺たちの関係が終わる日も来ちゃうんだろうな。
せめて……もう少し、一日でも長くこの関係が続いてほしいと思っていた。
ソフィアがその人と再開してほしいという気持ちと、願わくばまだその人を見つけないでくれという心もあった。
……そんな、最低なことを少しだけ思ってしまった自分が、恥ずかしい。
「そんな感じよ」
「そ、そうか……でも、婚約者さんとは仲良くやってるんだよな?」
「ええ、まあ楽しくやっているわ」
「なるほどなぁ……でもまあ、婚約者ってなんか身近で聞かねぇからなぁ……色々興味深いな」
「そうなの? 道明寺くんも確か婚約者とかいるんじゃなかったかしら?」
すっとぼけた様子で何を言っているんだこいつは。
「うえ? マジで!?」
「ちょいちょい! 気になるんですけど!」
戸塚と本庄が身を乗り出してくる。それは高崎と久喜も同じようで、ちらと視線をこちらに向けてくる。
……おいおい、なんつーパスの出し方だよ。
まあ、この言い方だとソフィアは俺との関係を明かすことはしないが、婚約者がいる、ということまでは情報提示してもいいということなんだろう。
確かに、ここにいる人たちなら、むやみやたらにベラベラと話をすることもないだろう。
「……そうだな。一応、いるよ、婚約者」
「一応なのかしら?」
そこですかさず口を挟んでくるなっての。ここでいつもの様子でからかってくるソフィアに、「おまえのことだろうが!」とでも言ったらどんな反応をするのかは気になったが、そんな勇気も度胸もない。
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