第35話



 俺も戸塚と同じ意見ではあったが、苦笑を返しておいた。


「まあ、何かあったら言ってくれ」

「いやー、頼もしい限りだね。まあ、あーしもそれからは気をつけてんだけどねぇ。周りの人に勘違いされないように、距離をとるようにしてるし」


 ……意外と、戸塚は戸塚で悩みを抱えているようだ。明るい性格ではあるが、色々とあったようだ。


 案外、そういうものなのかもな。皆、本当の自分を表に出すことはなくて、それなりに偽った姿で人と接しているのかもしれない。


 偽っている、というのは少し言い方が悪いけど、本性の全てを出す必要がないということだ。


 ……俺は、そういうのが苦手だ。ついつい、自分の本音を口に出してしまうことがあるし、そうして自分の発言を思い返して後悔することもある。

 難しい、んだよなこれが。


「よーし、集まったな!」


 大きな声が響くと、学年主任の先生たちがいた。先ほどからぞろぞろと食材が運び込まれてきていて、かなりの量になっている。

 ……林間学校委員が手伝っているのだが、かなり大変そうだな。


「それじゃあ、それぞれでカレーを作っていって、出来上がり次第食ってけ!」


 学年主任からの適当な指示が飛ぶと、皆はすぐに楽しそうに準備を開始していく。

 ちらとソフィアが俺たちを見てくる。


「それじゃあ、手分けするわよ。まず、料理をメインで作っていく人たちね。料理経験がある人たちがやるのがいいと思うんだけど……できる人は挙手してちょうだい」


 ソフィアがそういうと、戸塚は両手でバツを作る。

 控えめに手を挙げたのは久喜だ。それと、本庄もすっと手を上げている。ちょっと自慢げだ。


「久喜さんと本庄くんね」

「は、はい……一応、その一人暮らしをしているので」

「オレも一人暮らしだからな。料理できなきゃ生活できねぇもんでな」


 ……久喜も一人暮らししているんだな。

 意外そうにそちらを見ていると、戸塚が笑顔で口を開く。


「そうそう。久喜の料理めっちゃうまいんだよ」


 戸塚が笑顔とともに久喜に抱きついている。久喜は恥ずかしそうな様子でそちらを見ながらも、頬を緩める。


「おまえ、久喜の料理食ったことあんのか?」


 本庄が戸塚に問いかけると、こくりと頷いた。


「この前、パジャマの着心地を確かめるために久喜の家でパーティーしたからね。その時にたこ焼き全部作ってもらったし」

「たこパねぇ。ていうか、久喜に任せっきりか?」

「いやいや、あーしら食べてたし」

「い、一応食器洗いはあたしたちがやっていたわよ」


 ほとんど、任せっきりじゃないか。

 高崎が衝撃的な顔になっている。……そのパーティーを、高崎は羨ましがっているのかもしれないな。


「ていうか、本庄が料理できるって意外すぎんだけど。ウケる」

「どこにウケる要素があったんだよ。一人暮らしなんだから料理くらいしておかねぇと栄養バランスが悪いんだよ」

「栄養バランス気にしてるように見えないから余計にウケるんだけど」

「うっせーよ。そんじゃ、オレと久喜で包丁使う関係はやるから、あとその補助で高崎と戸塚頼むわ」


 本庄は見事に采配をしていく。さりげなく、高崎たちを組めるように、ということだろう。


「わ、分かったよ!」

「りょー」


 それなら、俺とソフィアはさらに余っている仕事をするくらいか。


「とりあえず、俺は用意された食材を持ってくる」

「あたしもそっち手伝うわね」


 そういうわけで、役割分担は終わった。

 俺は早速食材を運んでいく。……こうして食べられる食材を用意してもらっているのはありがたい限りだな。

 俺の山でのサバイバルの思い出は、どれもあまりいいものはないからな……。


 班ごとの食材がまとめて段ボールに入っていて、俺たちはそれを持って戻っていく。

 ソフィアには比較的軽めの紙食器などを運んでいってもらう。


「……あ、あたし、料理は練習中だから、別にできないわけではないわ」


 俺と一緒に食材を運んでくれる途中でソフィアがおもむろにそう言ってきた。

 一体、どういう意味だろうか? ……料理できない人、と思われたくなかったのだろうか?

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