第21話




「放課後だし、お互いの家に行くとかもありそうじゃない?」

「ああ、確かに……」

「それで一緒に手を繋いでいくでしょ? 家に着いたら、今日は両親の帰りが遅いからとか言ってみたりして……それで色々しちゃって……」

「……」


 ソフィアはちょっと興奮した様子で話し出す。完全にテンション上がってきたオタクそのものだ

 手を握っていく、か。

 そういえば、この前の俺たちのデートでは手を繋ぐようなことはなかったな。


「やっぱり、デートだと手とか繋いだ方が良かったかな……?」

「え?」


 驚いたように声を上げるソフィアの反応に、俺は慌てた首を横にふる。

 あっ、いや。


「……わ、悪い。仮なんだから気にする必要ないよな」


 あくまで俺たちの関係は仮の関係。

 デート風景を誰かに監視されているわけではないんだから、そこまでしっかりしなくても大丈夫だろう。

 そう思っていたのだが、ソフィアはなんとも言えない表情とともにこちらに手を差し出してくる。


「……ちょっと、練習してみる?」


 え? まるでお姫様がエスコートをお願いするかのように、右手を差し出してくる。

 ……練習って、それはつまり手を繋ぐということだろう。


 今までにそんな経験がないので、彼女の手を見ただけでも緊張してきてしまったのだが……俺はじっとその手に視線を向ける。

 ここまでさせておいて、このままいや、練習はいいです……なんて言うのはソフィアを辱めることになるだろう。


 俺は軽く深呼吸をしてから、ソフィアの差し出された手に、右手を伸ばす。

 そっと、掴む。ソフィアがびくりと肩を跳ねさせる。

 俺の手とは違って、細くしなやかで柔らかな手だ。


 え、えっと……掴んでからはどうしようか。どの程度の力加減で握ればいいのか分からない。

 とりあえず、壊さないようにゆっくりと包み込むように手を握ると、ソフィアからもぎゅっと握り返された。


 ていうか、向かい合って手を触れるのはまた手を繋ぐというのとは違うような気もするな……。


「ど、どう?」

「……なんか、緊張するかも」

「……そうね。あたしも、似たような感想だわ」


 ソフィアも、緊張するんだな……。俺だけじゃなくて良かったとホッとしながら、お互い向かい合ったまま手を握り合う。

 ど、どうしよう……。


 どこで、手を離せばいいのだろうか。

 このまま手を握り合っていてもいいのだが、さすがにそれは気持ち悪がられるんじゃないだろうか。


 かといって、いきなり手を離してもそれはそれでソフィアを拒絶するかのようにも感じられてしまうかもしれない。


 でも、そろそろ手を離しましょう、と切り出すのも違うだろう。

 どうすればいいんだ、俺は……!

 頬を僅かにピンクに染めたままのソフィアが、小さく唇を震わせる。


「実を言うと……あんたをデートに誘ったの、それなりに緊張していたのよ?」

「……そうなのか?」

「断られたらどうしようとか……思ってたのよ」


 無意識なのか。ソフィアは話しながら俺の手をにぎにぎと掴んでくる。

 何か弄っていないといけないタイプなのかもしれない。彼女の感触が強くなったり、弱くなったりと繰り返すのが少しくすぐったい。

 自分で自分の手を触るのとはまるで違う。

 いつどんな風に触られか分からないのが、ここまでのものとは思っていなかった。


「手も繋ぐかどうかは迷っていたんだけど……次のデートの時は別に繋いでもいいわよね?」

「……あ、ああ」


 俺が緊張しながら答えると、ソフィアは嬉しそうに笑う。

 ……いつもみたいにからかってきた方がまだ俺としても落ち着けるのだが、純粋に嬉しそうな笑顔を向けられるとさらに緊張してしまった。


 その時だった。窓の外で激しい音が響き、俺たちは同時に背筋を伸ばす。


 即座に手を離してそちらへ見てみると、そこにはカラスたちが飛び立っていくところが見えた。

 ……ま、まあここは二階だからな。万が一にも、人がいるとおうことはないだろう。


「……びっくりしたわね」

「……ほんとな。誰かにバレたのかと思った……」


 ソフィアだって俺との関係は隠したいだろうし、色々な意味で安堵してしまった。

 ほっと息を吐いていると、ソフィアがこちらを見てきた。


「まあ、バレても別にいいんだけど」

「そうなのか? でも、隠したいって話してたよな?」

「だって、秘密の関係の方がちょっと緊張感があって楽しくない?」

「……そんな理由だったのかい」


 てっきり、俺との関係があると思われたくなくてあのような提案をしたのかと思っていた。

 ソフィアがすっと手を伸ばしてきて、机に置いていた俺の手をぎゅっと掴んでくる。


 さっきの、続きだろうか? 今度は両手で揉みほぐすように掴んでくる。


「こうやって、誰もいないところでだけお互いの関係がバレないように触れ合うって、二重の意味で……悪くないでしょ?」

「…………まあ、そうだな」

「それに、婚約者の名前を伏せながら優人のことを話題に出した時の反応、楽しいし」


 悪戯っぽく、ウインクしてくるソフィア。

 ……たぶんだけど、そっちが本命なんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る