第16話


 ……とりあえず、自分で注文した分くらいは自分で払おう。

 かっこよく、奢る、と言えればいいのかもしれないがさすがにケーキひとつ500円以上する。全部って言っていたので十五品くらいあるわけで……俺の一ヶ月お小遣いが簡単に吹き飛んでしまう。


 お互い、料理の注文が終わると、ソフィアはすでに楽しみなのかキラキラとした顔になっていた。

 なんだか、いつもよりも子どもっぽくてちょっと新鮮だ。

 そんな彼女を見ていると、ソフィアが首を傾げてきた。


「そういえば、いきなり休日に呼び出しちゃったけど、大丈夫だった? 特に予定とかなかった?」

「俺は、基本休日は家にいることが多いから、大丈夫だったよ」

「そうなのね。それなら、これからも休日に誘ったらデート……大丈夫ってことよね?」


 探るような雰囲気で問いかけてくる。

 デート、と言われると少し緊張してしまうが、またどこかに食事へ行くんだろう。


「まあ、そうだな。でも、ソフィアの方は忙しくないのか? 撮影とかあるんじゃないか?」

「まあ、仕事はだいたい休日にしてるわね。でも、そこまで忙しくないっていうか、撮影あっても午前中で終わることとかもあるわよ」

「……そうなのか」

「ちょっとした雑誌の撮影ならね。なんなら、現場に恋人連れてきて、終わったらそのまま遊びに行く人とかもいるし。あっ、今度撮影でも見にくる?」


 悪戯っぽく笑ったソフィアに、俺は首を横に振る。


「い、いや俺は別に。場違いっていうか……」

「別に、そんなことないわよ。皆の恋人だって有名人ばかりってわけでもないんだし」

「……と、とりあえず、今は……大丈夫だ。俺、人見知りだから」


 仮に浮かないとしても、俺としてはそんな人の多い場所に行ったらそれだけで緊張してしまうだろう。


「人見知り、ってわりにあたしを助ける時とかは普通だったじゃない」

「それは、困ってるように見えたから。……困っている人を助けるときに、緊張とかはしてられないし」


 明確にそういう場面に遭遇していれば、スイッチが切り替えられるようになる。

 親父からの教えだ。武術は弱い人を守るためにあるものだ。……まあ、つまり、困っている人を助けるときにそんな情けないことは考えていられないのだ。


 ソフィアは口元を緩めながら、俺の方を見てきた。


「もしかして、優人って今日みたいにあちこちで人助けしてるの?」

「……別にそんなことないけど。たまに、そういう場面に遭遇して、声をかけることがあるくらいだ」

「あんた、ちょっと優しすぎない?」


 ソフィアがそう言ってくれたが、そんなことはないと思う。

 誰かが、誰かに優しくすることは誰にでもできることだ。

 俺は……取り柄がない。だからせめて、誰かのために何かをできる人間くらいにはなりたかった。


「俺は……誰かに優しくすることくらいしか、できないだけだよ」

「できないだけ、じゃないわよ。それ、一番凄いことだから」


 ……ソフィアははっきりとそう言ってくれた。

 ソフィアの顔は真剣そのものであり、俺は少し嬉しかった。


「そう言ってもらえるのは、嬉しいから……そのありがとう」

「……うん。まあ、そう素直に言われるとこっちもなんていうか照れるっていうか……とにかく、えーと何の話だっけ? あっ、今度、撮影に見にきたいってなったら言いなさいよ。いつでも呼んであげるわ」

「……ああ、分かった」


 ソフィアの、仕事をしているところかぁ。

 教室で友人たちが雑誌を開いた時に少し見たが、化粧などもかなりしていて全く別人のような印象を受けた。


 今目の前にいるソフィアと比べると、かなり大人っぽかったんだよな。

 それからもソフィアは撮影の話などをいくつかしてくれる。とても楽しそうに話すソフィアに相槌を打っていると、


「あっ、あたしばっかり話しちゃってるわね」

「いや、楽しそうに話してて、俺も楽しいよ。仕事、好きなんだな」

「……うん、好き。特に、モデルの仕事は色々な服を着られて楽しいのよね。なんだか、物語のお姫様みたいな……」

「……なるほどな」

「あんまりピンときてないでしょ?」

「……そんなに、俺って顔に出ちゃってるか?」

「わかりやすいわよ。まあ、それはあんたのいいところだと思うから気にしなくてもいいと思うわよ」


 ……気にしなくていいと言われても、恐らくソフィア以外なら怒られてしまうだろう。

 ソフィアは優しいから、俺を否定しないでくれるとは思うが、だからって毎回のように顔に出てしまっていたらいつか不快にさせるかもしれないし、気をつけないと……。


「色々な服を着られて楽しいっていうのは、確かに俺は分からないけど……でも、楽しそうなソフィアを見ているのは俺も楽しいっていうのは、嘘じゃないから」


 だから、ソフィアの話が聞けて楽しい、とちゃんと伝えると、彼女は頬をかきながら視線を外に向ける。


「……ありがとね。あんたって普段の休日は何してるの?」

「俺?」

「そ。あたしばっかり話しちゃってるでしょ? 優人のことも聞きたいなって思ったのよ」


 ソフィアの性格もあってか、彼女ばかりが話していた。別にそれは悪いことと思っていないし、むしろ助かっていた。俺、あんまり自分のことを話すのは得意じゃないし。


「普段、か」

「いつも家にいること多いんでしょ? まさか、一日寝てるとかってわけじゃないわよね?」


 さすがに、そういうわけではない。

 やっていることはある。休日は、だいたい執筆活動をしている。

 ……そう、素直に言えればいいんだけど、ソフィアのように自慢できるようなことじゃない。


 別に作家としてデビューしているわけでもないわけで、それを休日にしているなんて……『馬鹿みたい』。


 ……中学の時、そんなことを言われたんだっけ。

 『別に才能も何もないのに、そんなことしてて何が楽しいの?』って。


 悪気があったわけじゃ、ないんだと思う。でも、趣味って、本人以外にとっては無意味なものだと思われちゃうんだろう。

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