第13話



「俺は……今もソフィアを見て、ソフィアのことを見てるから……だからまあ、そういう人もいるってことで気にしないでくれ」

「……えっ? えと、その、どういう意味?」

「……えっと、俺もその、うまい伝え方が思い浮かばないんだけど。俺はソフィアを見て、ソフィアの両親のことを思い浮かべてるわけじゃないから。ソフィアを見て、ソフィアのことを思って、ソフィアと話して、一緒にいて、楽しいと思ってる。それは、ソフィアだから楽しいんであって……」


 ……なんて、伝えればいいんだろうか。

 俺はソフィアだから、一緒にいて楽しいし、婚約者で良かったと思っている。

 ソフィアの母では、それはできない。年齢的にとかではなく。

 ただ、俺のこの感情をどうにか伝えるために必死に言葉を探っていくのだが、いまいち伝えきれない。

 しかし、ソフィアは俺の言葉を聞いて、顔を赤くしていく。


「い、いや……ちょっと。もういいから……っ」


 一生懸命俺の気持ちを伝えようと言葉を続けていくと、ソフィアは赤くなった顔をそっぽに向けてしまった。

 あ、あれ? 耳まで真っ赤にしているようで、口元を片手で隠すようにしたまま、視線を外される。

 も、もしかして……恥ずかしがっている?


 自分の言葉を思い返してみると……確かに、その、ちょっと……いや、結構恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。

 一度考えると恥ずかしさで爆発しそうで、視線を俯かせているとソフィアがボソリと口をひらいた。


「ちょっと自爆してないでよ……。余計に、こっちも恥ずかしくなってくるから」

「……いや、その……悪かった」

「……悪かったって、何よ。さっきのは全部嘘だったっていうの?」

「う、嘘じゃないっ。本心だから……っ!」

「だ、だからもういいわよ!」


 ソフィアは再び顔を赤くしてしまい、それを見て俺も恥ずかしくなる。

 とりあえず、謝罪込みで言い訳をしておこう……。


「ごめん……その、今まで一人でいることの方が多くて、あんまり人に気持ちを伝えたことなくて……。俺としては、ソフィアにいつも通りでいてもらいたいだけだったんだ……本当にごめん」

「人が落ち着こうとしているのに追い討ちかけてくるのやめなさいよ……!」


 顔を真っ赤にして叫ぶソフィア。

 ……も、もう俺は話さない方が良さそうだ。

 しばらく俺たちは黙り込んでいたのだが、少しして顔の赤みも落ち着いてきた。

 ソフィアが大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。


「……まったく。あんたも人をからかうのが好きだったのね」

「いや、からかったわけじゃなくて……」

「ああ、もういいから!」


 席を立ってきたソフィアが俺の隣に座ると、じろりと睨んで人差し指を近づけてくる。

 綺麗にすらっと伸びたソフィアの指に、俺は強制的に黙らせられる。


「……それと、ごめんね。一応の……婚約者にこんなこと相談しちゃって」

「一応でも、婚約者だ。力になれたらのなら、よかったよ」

「うん、ありがと。やっぱり……あんたが婚約者で良かったわ」


 ソフィアの純粋な言葉と笑顔が、俺の心を殴りつける。

 ……さっき、散々人にあれこれ言っていたけど、ソフィアのそれもずるいって。

 俺が恥ずかしくなって顔を背けようとすると、ソフィアはぐっと頬を掴んできてそれからちょっとだけ頬を赤くして言葉を続ける。


「今回のも、冗談じゃないわよ。……ありがとね」


 のも? いつも、冗談じゃないか。

 そっと囁くように感謝の言葉を口にしたソフィアは、それから椅子に座り直す。


「今日のことは……秘密にしてほしいわ」

「ああ、もちろんだ」

「……うん、ありがと。あんたも、何か相談があったら婚約者であるあたしに相談しなさいよ」


 ソフィアはすっかり元気になったようで笑顔と共に胸を張る。

 ……良かった。

 あんまり人と関わるのが得意ではないけど、なんとかうまくいったようだ。

 でも、反省点はたくさんあった。……たぶんだけど、ソフィアじゃなかったらもっと怒らせてしまっていたと思う。


 今後は……気をつけよう。




 日曜日。部屋で一人パソコンに向かいながら、小説を書いていた。

 なんだか最近は、いつもよりも調子良く書き進めることができている。

 たぶん、これは……ソフィアのおかげもあると思う。


 ソフィアのように同い年で頑張っている人もいるわけで……俺も負けていたくないという気持ちがあった。

 ……それに、相談を受けた時にソフィアの気持ちが分からなかったのは、きっと俺がまだ全力で何かに熱中できていないからだと思ったからだ。


 ……少しでも、ソフィアに近づきたい。それが原動力の一つとなって、活動できているんだと思う。

 平日は学校で大半の時間が取られるため、休日にしっかりと書き進めていかないと時間が確保できない。


 とはいえ、やる気だけで前に進むわけでもない。

 どうしても行き詰まってしまう場面が出てくるので、そういうときは休憩を取るようにしていた。

 実際のところはどうなのか分からないが、脳を休ませると案外書き進められることもあった。


 ちょうど今がまさにその時だった。

 俺はスマホを弄りながら、ネット小説を眺めていく。

 俺が目指しているラノベ作家のデビューは大きく分けて二つ。

 一つは新人賞、もう一つは拾い上げ。

 最近ではネット小説も注目されていて、こういった場所で人気になった作品が編集の目に止まってデビューする人も多い。

 だから俺もこの二つを狙っているが、なかなかうまくはいかない。


 まあそれは仕方ない。何千何万とある作品に、自分の作品が埋もれてしまうのは当然だ。

 あんまり伸びていない自分の作品に少しがっかりしながらも、運が悪かった、とそれだけで終わらせてはいけない。

 ランキングで人気の作品を見て、自分の作品とどこが違うのかを分析していく。


 こういった見て、覚えるという部分は親父から武術を習っていて良かったと思う。

 指導してくれる人と自分の体格は違うわけで、結局のところ見て、自分の体にあった動きに合わせる必要がある。

 それは、作品作りにも活かせる。他の人の良いところから、自分の作品、自分の作風にあったものを取り込んでいく。


 そうやって、流派を継いでいくように自分の作品を作っていく。

 ……だから、俺はこの時間が好きだ。一人で考えて、一人で作品を作っていくことができる、この時間が。


 落ち着いた世界の時間を楽しんでいたときだった。スマホが震えた。

 誰かからのメッセージかと思っていたが、違う。

 

 着信だ。相手の名前はソフィア……。

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