第12話


 意外な言葉だった。それに、彼女の言葉はすぐに理解するには難しいものでもある。

 脳内でゆっくりと整理しながら、疑問点についてを聞いてみる。


「仕事の先輩ってことは……もしかして、めちゃくちゃパワハラとかされるのか……?」

「い、いやそういうのじゃないわよ! ……なんていうか、比べられちゃうのが辛いっていうか。褒められるとしても、さすが◯◯さんの娘さんって……感じが嫌っていうか」


 ……恥ずかしい。見当違いなことを聞いてしまった俺は少し自分を恥じながら、改めて彼女の言葉を自分の中で反復する。


 比べられる、か。俺はあまり彼女の両親については詳しくないが、どちらについても名前を聞いたことくらいはある人たちだ。

 その二世が、ソフィアだ。……同じような業界で仕事をしていれば、比べられるようなこともあるのだろう。


 教室での昼休みのやり取りも思い出してみると、確かにソフィアの元気がなくなったように見えたのは、両親と比べられるようになってからだった。


 ……話を聞いてしまった以上は、何かを言わなければならないだろう。

 でも、どんな言葉を伝えればソフィアに元気になってもらえるだろうか。

 彼女が苦しんでいる気持ちを共有したいが、俺は……正直に言うと気持ちを察することはできても、同じような気持ちを抱くことはできない。


 そんな中途半端な状態ではソフィアの心に響くような言葉をかけることはできないだろう。

 かといって、このままでは話を聞くといって、本当にただ聞くだけになってしまう。

 い、一体どうすればいいんだ。


「い、いやそんなこの世の終わりみたいな顔をしなくてもいいわよ。……あたしが、気にしすぎだってことなんだしね」

「そ、それは……そうかもしれないけど」


 あっ、ミスった。何か言わなければならないと思い、何も考えずにそのまま返してしまった。

 すぐに否定しようとしたが、ソフィアはぷっと吹き出して笑いだす。


「あんたって……嘘つくの苦手でしょ」

「……そんなことないと思うけど」

「いいわよ、別に怒ってないし。……実際、優人が言う通り気にしすぎなんだって思ってるし。でも、気にしちゃうのよねー」


 ソフィアは小さく息を吐いてから、テーブルに肘をついた。

 ……自分でも分かっているとは言っているけど、それでどうにかならないくらい気にしているんだから、さっきの返答は確実に間違いだったよな。その謝罪をしようと思っていると、ソフィアはぼそぼそと口を開いていく。


「あたしが芸能科のある学校に入らなかったのもそうなのよ。両親は同じ学校に入学して、あんまり学力は高くなくて……あたしは頭がいい。ほら、明確に差別化できてるとは思わない?」

「……えーと」


 確かに、そうなのかもしれないが……仕事をする上でわざわざアピールでもしない限りはあまり意味ないのではないだろうか。


「あっ、今、別にそんなのあんまり意味なくね? とか思ってなかった?」

「……別に、思ってないぞ」

「あっ、目逸らしたわね。分かりやすいわね、ほんとに。……そりゃあそうなんだけど、あたしが考えた中での差別化がそんなに思いつかなくて、ね。あたし、見た目はお母さんに似ているみたいだし、本当に生まれ変わりみたいって、褒められることばっかりなんだから」

「そう、か……」


 ……確かに、ソフィアの母とソフィアは結構似ているようには感じた。


 同じ仕事をしているせいで、「母のようだ」と余計に比べられてしまう結果になってしまった部分もあるんじゃないだろうか……と思っていると、これまたソフィアはからかうように目を細めた。


「そうなのよねぇ。母さんと同じことしてるから、娘として余計に意識されちゃうってのはわかるけど、あたし負けず嫌いなのよ。母さんみたい、じゃなくて、母さんよりも凄い、って思われたいの」

「俺の心の声と会話するの、やめてもらっていいか……?」

「分かりやすいんだもん。仕方ないじゃない」


 くすくすと笑ってくるソフィア。

 失礼極まりないことをしてしまった俺は、もう今更弁解のしようはないだろう。

 ソフィアは、ケラケラと笑っていた。……もう完全にソフィアに遊ばれてしまっていたけど、でも色々考える時間ができたので、伝えたい言葉も出てきた。


「さっきまで、ソフィアが言っていたことは……まあ、そう思っちゃった部分もある。俺は、似たような経験はなかったから……その、そんなに親身になれなてくごめん」

「……うん。あたしも、なんだか面倒臭いこと相談しちゃって、悪かったわね。でも、聞いてもらえただけでも助かったわよ。両親にも友達にもちょっと話しにくいないようだったしね」

「友達にも、なのか?」

「まあ、ね。皆の理想のソフィアを崩したくないっていう気持ちがあるのよ」


 理想のソフィア、か。

 戸塚たちが持ってきていた雑誌に映っていたソフィアを思い出す。

 あれは、たぶん俺の知らないソフィアだ。ソフィアのいう、ファンたちが見ている理想のソフィア。

 でも、わざわざ雑誌を持ってきて、実物と見比べている戸塚たちは――。


「……戸塚たちは、ソフィアのことを友人として応援しているように感じたんだ。ファンたちと違って、ソフィアの色々な部分を見てきて、友達になっているんだと思うし。話しても、大丈夫だとは……思うけどな」

「そう、だったらいいわね」


 不安そうだ……まあ、あくまで俺も戸塚たちとソフィアの表面的な部分しか見ていない。そもそも、友達一人もいない俺が言っても説得力はないだろうし。


 それに、ソフィアが不安で潰されないなら別に話さなくてもいいとは思う。

 でも、俺に話してくれたんだから、俺なりに思ったことを彼女に伝える必要はあるだろう。

 緊張と恥ずかしさはあったけど、ここで伝えないと、後悔しそうだ。


「ソフィア」

「……何?」


 俺が改めて彼女の名前を呼ぶと、俺の様子に少し違和感を覚えたようで首を傾げてくる。


「俺はソフィアのことを親を見て婚約者に決めたわけじゃないからな」

「知ってるわよ。巨乳でツインテールだったからよね?」

「ち、違う!」


 茶々を入れてくるソフィアに声をあげて返事をすると、彼女は楽しそうに笑っている。

 すっかり、いつもの様子には戻っていて、きっとちょっとだけ心が落ち着かなかっただけなんだろう。

 だから、もうそんなに気にする必要はないのかもしれないけど、俺は思っていたことを彼女に伝える。 

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