第11話


 放課後。俺とソフィアはそれぞれ別のタイミングで教室を出て、部室棟の三階へと向かう。

 部室の鍵は、今も俺が持ったままだ。ソフィアが立ち去ってから少しして、俺も鞄を持って行動を開始する。


 部室棟三階に到着すると、階段上がってすぐのところにソフィアがいた。

 こちらに気づいて笑顔を浮かべる彼女は、それまで通り変わらない……ように見える。

 ただ、やっぱり違和感がないようにするための笑顔、に見えるのは俺が気にしすぎているのだろうか?


「久しぶりね」

「ああ、久しぶりだな」


 ……久しぶりになった理由は、おそらく俺にあるんじゃないだろうか?

 ここで謝るべきだろうか? いや、でも今は廊下に誰もいないとはいえ、そのうち誰かがくるかもしれない。

 部室棟三階は、文化系の部活に割り振られた部室が多い。あと、幽霊部員が多めの部活動だ。

 だから、他の部室が並ぶ階に比べるとかなり静かではあるのだが、まったく人が来ないというわけでもない。

 まずは、部室に案内してからのほうがいいか。


「とりあえず、こっちが文芸部だからついてきてくれ」


 そう言ってソフィアとともに文芸部へと向かう。

 部室の入り口には、文芸部、と書かれた札がついている。

 部室の鍵を開け、中へと入ったところで鍵をかける。

 誰か来ることはないのだが、念のためだ。

 中は殺風景だ。簡素な長いテーブルが二つ並んでいて、パイプ椅子がいくつか置いてある。

 ただまあ、使われた様子はまったくない。この部活動が、形だけのものであることの証明がまさにこれだ。


 テーブルにはノートパソコンが閉じられた状態で置かれている。これは部員の人たちが自由に使っても良いものだ。

 

 壁際には教室同様荷物を入れるためのロッカーが並んでいるのだが、半分以上は何も入っていない。端の方のロッカーにはいくつか本が並んでいるが、それだけだ。


「あんまり、何もないのね」

「……まあな。その、荷物置き場として使うには便利な場所だと思う」


 俺の言葉に、ソフィアは周囲を見ながら納得したように頷いた。

 俺たちは向かい合うようにして席に座る。

 ……さて、ここからどうしようか。

 話がしたいと言っていたのはソフィアなわけだが、いきなり切り出してもいいものなのだろうか?


 それとも、本題を始める前に少し世間話とかしたほうが空気も穏やかになるのか……いやでも、俺がそんな気の利いた世間話が思いつかない。


 実際、前回はそれでソフィアを怒らせてしまったわけだし、俺は口を開かないほうがよっぽど場の空気は良くなるかもしれない……。

 そんなことを思っていると、ソフィアは椅子に背中を預けるようにして、ぽつりと言葉を漏らした。


「月曜日は、ごめんなさい」


 ソフィアが両手を合わせ、頭を下げてきた。まったく予想もしていなかった言葉に、俺は思わずぽかんとしてしまっていたが、黙ったままでは失礼だろう。

 急いで、俺も頭を下げる。


「俺もいきなり変なこと言っちゃってごめん」

「……いや、なんであんたが謝るのよ。別に変なことじゃないし」

「でも……ソフィアを怒らせちゃったし」

「……あれは、図星だったからよ」


 そう言ってソフィアはぎゅっと自身の腕を抱きしめるように力を入れる。

 図星? ……つまり、俺の指摘が正解してしまっていたということか。

 だから、怒った、と。……つまり、それはソフィアが自分の両親に対して何かしら思うところがあるということでもある。


 彼女の両親を思い出してみる。どちらも、別に悪い人ということは感じなかった。ただ、俺には見えないところで何かがあるのかもしれない。……ど、どうしよう。話を聞くつもりできたというのに、俺にはどうしようもないようなことを言われてしまったら。


 こ、こういう時ってどんな心構えで入ればいいのだろうか。

 悩み相談のようなものをする間柄の友人なんていたことがないため、どのような心持ちでいればいいかわからない。

 でも、とりあえず真剣に話を聞こう。そうすればきっと、不快にさせることはないはずだ。


「図星って、その内容とかって詳しく聞いてもいいのか?」

「……聞いても、面白くないと思うわよ?」


 ソフィアは渋るような様子をみせる。でも、たぶんだけど……話したい気持ちもあるんじゃないか、とは思う。

 だからこそ、図書室でこの前話してからずっと抱えていて、それで今日こうして誰もいない場所を選んで呼び出されたんだと思うし。


「本当に話したくないなら、無理して話さなくてもいいけど……俺は今は……ソフィアの婚約者だから。何か相談にのれるなら、のりたい」


 ……形だけではあるが、俺にとっては数少ない親しい人だ。

 そんな人が何かを抱えていて、もしかしたらその手助けができるのかもしれないなら、俺は支えたいと思った。


「……婚約者、そうね」


 なんとも言えない表情で呟くような小さな声で短くいったソフィア。

 も、もしかして気分を悪くさせてしまっただろうか。


「い、一応な」


 俺が慌てて訂正すると、ソフィアは苦笑混じりじとっとした目を向けてくる。


「ちょっと……。かっこいいって思ってたのに、情けない姿みせるんじゃないわよ」


 そりゃあ……だって、一応じゃないか。

 堂々と言い切ったことが気持ち悪いと思われてしまったのかもしれないと思い、俺は慌てて否定してしまったが、これは不正解だったようでからかい気味ではあるがじとっとこちらを見てくる。


 ソフィアの反応から、さっきの俺の発言自体が悪かったわけではないようなので、今度は堂々とした態度とともにソフィアに聞いてみる。


「婚約者、だから。話したいことがあったら聞くけど……どうだ?」


 俺が言い直すと、ソフィアはくすりと笑ってからゆっくりと口を開いた。


「昼休みに元気がなかったこととも、関係しているんだけど……。どこから話したらいいかしらね。あたしは、あんまり両親のことが好きじゃないのよ」

「……そう、なのか? 仲は良さそうだったよな?」

「……親としては、好きよ。でも、仕事の先輩としては、苦手、というか……なんていうかって感じ……なのよ」


 そう口にしたソフィアは自分の体を抱きしめるようにぎゅっと腕を掴んでいた。

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