第10話
数日が経過した。
あれから特にソフィアと一緒になることはなく、俺としてはやってしまったという感覚だった。
どこかで、改めて謝罪をしたほうがいいのか?
ただ、あの場でも謝罪して、ソフィアは許してくれていた。
過剰すぎる謝罪は謝罪の価値自体も下げてしまうことになりかねない。
どうすればいいんだろうか。
ソフィアと教室ですれ違うことはあるが、いつも通りにクラスメートとして挨拶をする程度。
嫌われてしまっただろうか。
元々好かれるような人間ではないとは思っていたが、それでも嫌われるとなると寂しいものだ。
昼休みの時間になり、俺は教室で持ってきていた菓子パンを口に運びながら本を読む。
母さんが弁当を作ってくれることもあるが、菓子パンであれば片手で食べられるので貴重な昼休みの時間に色々とできる。
お行儀が悪いのはそうだけど、昼休みはそんなにないため少しでも時間を確保したいのだ。
近くの席では、ソフィアたちも用意した昼飯を並べていた。
弁当の子もいれば、コンビニで購入してきたと思われるものを持ってきている人たちもいる。
四人はそれぞれ席をくっつけるようにして、食事を始めていく。
ソフィアがおにぎりを食べていると、戸塚がじゃーんと言って一つの雑誌を取り出した。
その表紙には、ソフィアっぽい人が映っていた。……ソフィア、なんだろうけどかなり綺麗だ。化粧や洋服、さらに撮影技術も関係しているのだろうか……別人のように見えてしまうほど綺麗だ。
ソフィアはモデルとして活動しているとは聞いていたが、実際に雑誌などを見たことはなかったのでちょっと新鮮な気持ちだ。
って、いかんいかん。あんまり視線を向けすぎているとさらに嫌われてしまうかもしれない。
とはいえ、やっぱり気になってしまうわけで、視界の端で様子を伺う。
「あっ、それ……」
ソフィアがぽつりと漏らしていうと、戸塚が笑顔とともに雑誌を開いていく。
「ソフィアの写真集ゲットしたんだよー」
「……あたしの写真集じゃなくて、雑誌のファッション紹介ね。第一、あたしのページってそんなにないわよ?」
「でも、表紙も飾って凄いじゃんっ! ほら、この服めっちゃかわいい! っていうか、あいかわらず豪華なものをおもちですな!」
戸塚が笑顔とともに机に置いた雑誌の胸の辺りを叩いているように見える。
確かに……お見合いの時も、制服姿の時よりも胸は一回り強化されていたな。
着痩せするタイプなんだろう。
「めっちゃ良かったよ。やっぱりお母さん譲りで凄いよね。あーしの家族たちも可愛いって言ってたよ!」
戸塚がそういうと、他の女子たち――白岡と蓮田だったか。彼女らもテンションが上がったようで声を上げていく。
「いいなぁ……今ドラマとかのオーディションも受けてるんでしょ?」
「もう、ほんと凄いよね! それで、芸能科の人たちと違って勉強まで普通にしてるんだもん。天才だよね!」
天才、か。確かにそうだよな。勉強も平均以上の成果を上げて、それでいて芸能活動も欠かさない。
他にもやれている人はいると思うが、その数は圧倒的に少ないはずだ。
ソフィアはそんな友人たちの声に苦笑を返していた。
「……話を、頂いたからね。でも、あたしよりも凄い人なんていっぱいいるのよ。その中でやっていけるかどうかはちょっと不安っていうか」
「何言ってんのよ! ソフィアは負けてないって!」
戸塚が元気づけるようにそういうと、ソフィアはゆっくりと頷いて笑顔を浮かべた。
でも、その時に浮かべた笑顔はなんだかちょっと気になるものだった。
あの時。図書室で帰り際に浮かべた力ない笑顔というか。
ソフィアの普段浮かべているものとは違ったちょっと迷いのある笑顔。
……俺が気にしても仕方ないのかもしれないが、少し引っかかってしまった。
でも、教室での彼女と俺はただ席が近いだけのクラスメートだしな。
ここでいきなり話しかけるようなことをしたら、気味悪がられるだろう。
ただ、一度気になってしまうと、視界の端にいるソフィアに意識が向いてしまう。
うーん……どうしようか。
相槌を打っている姿は、いつもと比べると明らかに元気がない。……もしかしたら俺のこの前の図書室での発言も尾を引いているかもしれない。だとしたら、本当に申し訳ない。
俺が腕を組んで悩んでいると、昼休みも終わりに近づく。
予鈴がなったところで、食事のために動かしていた席を戻していく人や慌てた様子でトイレに向かう人たちで教室はざわつき始める。
そんな教室内とは裏腹に、ソフィアは一人席につきながら、息を吐いている。
……せめて隣の席なら声をかけても違和感はなかったかもしれないが、ちょっと離れているのがもどかしい。
俺がそんなことを考えていたからだろうか。
ソフィアがちらとこちらを見てきた。……あっ、今完全に目が合ってしまった。
ソフィアがじっとこちらを見てきていたので、俺はひとまず……口を動かしてみた。
『元気ないけど、どうしたの?』、と。いや伝わらんだろう。
案の定、ソフィアは首を傾げた後、少し笑ってスマホを取り出した。
『あたし、読唇術はできないんだけど』
『……悪い。なんか、元気なかったからどうしたんだと思ってな』
『元気ないように見えた?』
そう言いながら笑顔を浮かべる。
だが……いつもと比べるとやはり覇気がないように感じる。
俺がそういう風に思いたいから、だろうか?
……そんなことはないと思う。これでも、クラスメートたちをよく観察しているので多少何か違えば気づくことはある。
髪を切ったとか、いつもと制服の着方が違うとか。
気持ち悪いな俺。
いやいや、人をよく観察するのは武術を学んでいた癖でもある。見て覚えるというのももちろんあるが、対峙した相手を観察して情報を得るのも大事だからだ。
『俺の勘違いならごめん』
そうメッセージを送ると、ソフィアは少し考えるような素振りを見せる。
杞憂だっただろうか。でも、どちらにせよ返事は普通にしてくれているのでほっと一安心できた。
演技がめちゃくちゃ上手でなければ、俺を嫌っているというわけでもないようだ。
……ソフィア、演技うまいからなぁ。
何度か恥ずかしそうにしてみせてきていたし、今のもすべて演技という可能性がなくはない、というのが不安ではあったが、もうそこまで考えていても仕方ないだろう。
とりあえず、大丈夫ということにしておこう。
スマホをしまおうかとおもったときだった。
『ちょっと二人きりで話したいんだけど、部室って行ける?』
俺はすぐにメッセージを送り返した。
『それなら、部室棟の三階で集合でいいか?』
俺のメッセージを見て、ソフィアは席を立ってからこちらを見て、こくりと頷いた。
……約束、完了ってことでいいだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます