第9話


「そういえば、クラスだとあんまり話してないわよね。もしかして、一人の方が好き?」

「……どう、だろうな」


 ソフィアの問いかけに、俺は少し考えてみる。

 一人でいる時間は、確かに好きだ。でも、今こうやってソフィアと話す時間も楽しくないわけじゃない。

 ……どっちも好き、っていうのが正しいか。


「一人も、好きってくらいだな。ソフィアと今こうやって話してるのも楽しいし」

「えっ? そ、そう……」


 ソフィアは視線を僅かに下げ、頬をかいていた。

 先ほどの自分の言葉を思い出す。

 あっ……もしかして、気持ち悪いと思われただろうか。

 僅かに頬を染めたソフィアは、こほんと咳払いをしてからこちらを見てくる。


「まったく……。あんた、あたしに色々からかわれてるからって、やり返してきたわね?」

「……いや、そういうつもりじゃなくて……俺、あんまり冗談とか言うの苦手だし……全部、本心だから……不快だったら悪い」

「……っ。ああ、もう。優人、あんたの家って道場やってるのよね?」


 ソフィアは顔を赤くしながら、また質問してきた。少し強引に話題を変えられたような気もしたが、俺としても「盗み聞き」の話をなくしてもらったので良かった。

 もうその話題には戻らないよう俺もソフィアの質問に乗っかって答える。


「そうだ。なんていうか、ソフィアの家と比べると地味だと思うけど」

「別に……派手でいいこともないわよ。それに、道場って悪くないと思うし。優人のお父さんは凄い強い人って聞いていたけど、優人も強いんでしょ?」

「……どうだろう? あくまで自分の身を守る訓練しかしてないからなぁ。誰かに試すわけでもないし。一応、毎日鍛錬はしてるから、強い方だとは思うよ」


 基本的に組み手は親父と行うくらいなので、他人と比べたことはない。

 ……まあ、たまに街中で絡まれている人とかを助けることはあるので、何もしていない人よりかは強いと思うけど、そりゃ別に当たり前の話だと思うし。


「そうなのね。ってことは……将来の夢は、道場の跡継ぎ、とかなの?」

「そんな将来は……考えたこと、なかったな」


 道場に対して、別に嫌いというわけではないが好きというわけでもない。

 大きな思い入れがあるわけではないので、道場の跡を継ぎたいと思ったことはないし、父もたぶんそれを強制することもないと思う。

 あくまで、子どもに道明寺流を引き継いで行ってくれれば、それでいい。くらいの考えだしな。


「考えたこと、ない? お母さんもお父さんも凄いと色々大変じゃない?」


 髪を弄りながらそう言ってきたソフィアの言葉に、少しだけ違和感があった。

 俺の両親も確かにどちらもそれなりの立場で立派に仕事をしている。

 ただ、今の言葉は俺に対してというよりもなんというか別の人に向けて話しているように感じた。

 そして、それはきっと――彼女自身だ。


「……ソフィアは、大変なのか?」

「え?」


 俺は思ったことをそのまま聞いてしまった。口にしてから、しまったと思う。

 もしも違っていたら失礼極まりないことだろう。

 だから普段は考えてから発言するようにしているのに……。


 ソフィアは俺の言葉に驚いたのか、ちょっと目を釣り上げる。元々彼女の吊り目がちだった表情はそれで強化され、鋭くこちらを睨んでくる。

 あー……やってしまった。これは完全に俺が悪い。


「あたしが? なんでよ?」

「……いや、その悪い。根拠とかはなくて、なんだかそういう風に思っちゃって。悪かった」


 申し訳ないことをしてしまった……。

 自分のコミュニケーション能力のなさに、辟易としながら俺が両手を合わせると、ソフィアはそこではっとした様子で頬をかきはじめる。


「……いや、ごめん。さっきの言い方はあたしのほうが悪いわ。気にしないで」


 ソフィアはそう言って吊り上がっていた目を戻しながら、笑顔を浮かべてはくれた。

 気にしないで、と言われても……先ほどソフィアを傷つけてしまった俺としては気にしないわけにはいかない。

 とりあえず、重苦しい空気をどうにかなくすため、俺は先ほどのソフィアの言葉に答える。


「俺の両親は、俺のやりたいことをやればいいって感じだからさ。だから、俺は俺のやりたいことをやってて……道場のこととか両親のこととかはあんまり考えたことないな」

「……そう、なのね」


 ソフィアは少し考え込むようにしたあとで、首を横に振る。

 それから、机に広げていた教科書などを片づけていき、笑顔を浮かべる。


「ごめん。ちょっと用事があるのを思い出したから、今日はもう帰るわね」

「……あ、ああ。わかった。最近明るくなってきたけど、帰りは気をつけてな」

「ええ、ありがとう。あんたも気をつけなさいよ」


 ソフィアはそう言って図書室を去っていった。帰り際に見せた笑顔は、それまでに浮かべていたものに比べると無理やり笑おうとしているように感じた。


 ……やっぱり、俺がさっきのように指摘したことがよくなかったんだろう。


 また、やってしまった。


 思ったことを口にすると、ロクなことにならないんだよな……。

 元々それほどおしゃべりじゃない俺だが、それでも友達が全くいないわけじゃなかった。


 中学校や小学校の時は仲のいい人もいた。ただ、俺が好きな話題になって、自分の思いのままに話したときに……周りに引かれたことがある。


 その時は、自分の伝えたいことを、オタク特有の早口、みたいな感じで話してしまったからであり……仕方ないんだけど。

 

 さっきのだって、似たようなものだ。思ったままの気持ちを伝えてしまい、ソフィアを傷つけてしまった。

 多少レスポンスが遅くなったとしても、もっとちゃんと考えてから問いかけるべきだった。

 額に手をやり、それからため息を吐く。


 ……やっぱり、人とのコミュニケーションって苦手だ。

 今振り返ってみると、ソフィアとの話のほとんどが問題だったのではないかと思えてきてしまい、申し訳ない気持ちが溢れ出す。


 ……このままここでじっとしていると、余計に色々思い出してしまいそうだ。

 俺も出していた勉強道具をしまっていき、逃げるように図書室を去っていった。

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