第7話



「え!? それじゃあもしかしてもしかして、お付き合い開始とか!?」

「ええ……それに、またお見合いで休日を潰されるのも面倒だったし」


 ソフィアの本音はそこだろう。肩をすくめるようにして言った彼女に、戸塚が笑う。


「あはは、確かに。昨日一緒に遊びにいきたかったしー。でも、そうなると今後はデートとか行くことになるよね? そんでもって、最後は結婚とか!?」

「まあ、それは相手次第かしらね?」


 ……また、こちらを見て冗談めかしくそう言ってきた、ように感じた。

 女子達は恋バナが好きなようで、ソフィアにあれやこれやと質問をしている。

 ……き、気にしてはいけない。ソフィアとの関係はあくまで、お互いにとって利害の一致があったからだ。

 ……とりあえず、ソフィアは小悪魔だ。

 それだけを脳内にメモしておいた。



 その日の学校も無事に終わり、放課後を迎える。

 それぞれがそれぞれの時間を楽しむために教室を出ていく。

 ほぼすべての人が部活動に参加しているのがこの学校の売りの一つであるが、その内情は……まあ、うん……という感じ。

 というのも、所属だけしている幽霊部員がかなり多いのだ。


 特に、俺が所属している文芸部に関しては、幽霊部員の受け入れが多く、かなり大所帯の部活動ではあるが活動している人は誰もいない。


 そういった幽霊部員受け入れの部はうち以外にもいくつかあり、実際の活動している人数はともかくとしてほぼすべての生徒が部活動に所属している。


 たぶん、文芸部で真面目に活動しているのは俺くらいだ。

 ……まあ、俺は自分の夢であるラノベ作家になりたいと思って、わりと勇気を出して部活動に参加したんだけどな。

 実態を知った今は、特に誰かに気づかれることもなく一人で勝手に活動している。


 部室自体はあり、俺以外に使う人はいないからと顧問から鍵の管理までも任されているのが現状だ。

 放課後には図書室に足を運ぶことも多いのだが、あそこは多少人がいる。


 さて、今日は部室と図書室のどちらに行こうか。鍵の管理はかなりガバガバだ。

 基本的に顧問が鍵を持っていて、部室を使いたい場合は借りに行くのだが、最近では俺に預けておく、とまで言ってくれている。


 部室には一台だけパソコンがあるので、パソコンを使って作業をしたいときなどはそちらに行くのもありだ。

 俺も、少しずつだけど執筆作業をしているので、パソコンを自由に使えるのはありがたい。

 ありがたいけど、今どきはスマホとブルートゥースキーボードがあればどこでも執筆自体は可能だ。


 ただまあ、やっぱり図書室だとキーボードの打鍵音もあるので、もしも執筆するなら部室のほうがいい。

 ……まあ、周りに見られるかもっていう恥ずかしさもあるしな。


 俺が図書室に行くか、部室に行くかを決めるのは……その時の気分だ。

 本を読みたい、宿題などを終わらせたいときは図書室。

 執筆に集中したい時は部室、という感じだ。


 ……今日は、課題も多いので図書室に行こうか。図書室で勉強をして、課題を終わらせてから家に帰って執筆しよう。


 図書室へと向かうため、鞄を持って歩いていく。

 うちの図書室は結構大きく、本もかなり置かれている。漫画はもちろん、ラノベまで結構豊富にある。


 わりと新作も置いてくれているので、すべての作品を買えるほどお金に余裕がない俺としてはかなり重宝していた。

 図書室についた俺は隅の方の席へと向かう。本棚の陰に隠れるような位置であり、ちょうど人の目につきにくい俺お気に入りのスポットだ。


 うちの学校の生徒たちの図書室利用者はあまり多くなく、図書室が賑わうことはほとんどない。

 席についた俺はすぐに課題を終わらせるために、取り組んでいく。

 そんな風に勉強をしていると、視界の端で人が動くのが見えた。


 図書室に訪れる人が少ないとはいえ、たまに人もいる。

 珍しいなぁ、くらいにちらと視線を向けたときだった。

 その人間が知っている人だったので、むせそうになってしまう。


「あっ、いたわね」


 ソフィアだ。きょろきょろと周囲を見渡していた彼女はこちらに気づくと笑顔を浮かべた。

 いたわね、という言葉と先ほどの行動から、どうやら俺を探しにきていたようだ。

 何のために? 婚約者だからか……? ていうか、学校では今まで通りって言ってなかったっけ?

 様々な疑問が浮かぶ俺なんて気にもせず、ソフィアは俺の方へと歩いてきて、俺の前の席に座った。


「ど、どうしたんだ?」

「あたしも勉強でもしてから帰ろうと思ったのよ」

「……他の席とかあるぞ?」

「何? 婚約者と一緒に勉強はしたくないの?」


 はっきりと、言った。

 周りに人がいないことを分かっているからこその発言なのかもしれないが、そうは分かっていても俺は思わずむせそうになってしまう。


「い、いや、でも……あんまり学校とかで婚約者とかそういう振る舞いはしないって決めなかったか?」


 学校ではいつも通りのはずだったが、あれは俺の聞き違いか? それとも、記憶が間違っているのか?


 学校で話さないのは、ソフィアが俺という存在を秘匿するための策なんだと思っていたし、俺もソフィアに迷惑をかけるつもりはないので了承していた。


 ソフィアと俺では学校で交わることのない関係だし、特別何か支障があるわけではないだろうし。


「別に多少はいいでしょ? それに放課後、同じクラスメート同士が宿題をするって別におかしくないでしょ?」

「……た、確かに?」


 ソフィアの発言自体に、おかしなところはないだろう。

 納得した俺を見て、ソフィアはくすくすと笑ってからスマホをこちらに向けてきた。


「それと、連絡先も聞いてなかったでしょ? 今後、色々と連絡を取り合うときとかにないと不便じゃない?」

「……そう、だな」

「優人、なんかクラスのグループラインに入ってなかったし」

「……うっ、それはその……誘われる機会がなかったからな……」

「SNSとかやってないの? 入学前とかに募集してたわよ?」


 やっぱりそうだったのか……。

 俺ももう少し熱心に探していれば、クラスで浮くこともなかったのかもしれない。

 でも、春休みは新作のゲームが発売していて……どハマりして忙しかった。


 仕方ない、仕方ないんだ。

 受験勉強の影響であんまり読めていなかった漫画とかラノベとか、自分の執筆活動とかも再開して、とにかく時間が足りなかったんだよ。


「……アカウントはあるけど、ほとんど見てないんだよな」

「なるほどね。ほら、招待もしといてあげるから……とりあえず、優人のIDも教えなさいよ」


 スマホでこちらの手を突いてくる。彼女が言う通り、スマホで連絡をとる機会もあるだろう。というか、一応婚約者だし、連絡先くらいはないと親からも怪しまれるだろう。

 

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