第5話




 無事、ソフィアとのお見合いは終了し、帰りの車へと乗り込んだ。

 親父が運転手を務める車は、俺と母さんが乗り込むとゆっくりと走り出す。

 運転席に座っていた親父が、ミラー越しにこちらを見てくる。


「今日のお見合いはどうだった?」

「……まあ、俺としては別に悪くなかったな」

「ほお? それなら、これからも関係を続けていくってことで返答していいのか!?」


 親父は嬉しそうにそう声を上げたので、俺は「まあ別に」とだけ伝えておいた。

 俺もソフィアも、お互いに画策していることをバレないよう、いつもとそれほど変わらない態度をしつつ、了承の返事をするように打ち合わせをしていた。

 だから、ソフィアも今頃は、「まあとりあえずは話進めていいわよ」くらいのテンションで話していることだろう。


 両親はとても嬉しそうにしているが、俺たちの関係はあくまで今後のお見合い話をなくすための偽りの関係だ。

 あまりにも嬉しそうに話している両親たちをみると、良心は痛むのだが……俺たちも自分の時間を守るためなんだ……許してくれ……。



 自室へと戻ったあたしは、誰もいない部屋についた、それまで我慢していた羞恥が一気に溢れ出していた。

 ……とても人には見せられないような顔をしていると自分でも自覚している。


 ベッドへと倒れ込み、バタバタと足をばたつかせる。


 触っちゃったわ……! 名前を呼んじゃったわ……! あ、あんな大胆に発言しちゃったわよ……!


 自分が優人に対して行っていたことを思い出すと、さらに悶えてきてしまう。

 あたしも、あそこまでするつもりはなかった。でも、あの状況でつい調子になって、色々としてしまっていた。


 あたしも、優人を揶揄うような発言を何度かしていたけど、男性と付き合ったことはなかった。経験で言えば、ほぼ同じ。

 それでも、大人の女性を演じて、誤魔化したに過ぎない。


 思い出したあたしは、必死に冷静になろうと深呼吸をするのだが、落ち着くたび浮かんでくる優人と関わった記憶の数々が浮かび上がり、再び恥ずかしくなってくる。


 ……落ち着け、落ち着くのよあたし。

 まだ、すべては始まったばかりなんだから。

 ここで浮かれていたって仕方ないわ。


 再会を喜んでいたのは、あたしだけなんだから……。

 あたしが、優人と出会ったのは二年前。


 塾の帰り、駅前で酔っ払いに絡まれたところを、優人に助けてもらった。


 あたしが、初めて恋をした瞬間だった。

 ……その時は、緊張して、名前しか聞くことはできず、それから会うこともなく……悶々としていた。

 やがて受験も始まって、失恋を意識したとき……あたしはこの高校出優人と出会った。


 優しいところは、相変わらずのようだった。


 そこから、あたしはさりげなく両親にお見合いのセッティングを誘導していった。

 好みの男性の特徴、性格、身長などなど。何度言ってもなかなか優人が連れて来られることはなかった。


 だからあたしは、最終手段に出た。

 結婚するなら、かっこいい苗字がいい、といっていくつかの候補をだした。


 それらに忍ばせるように道明寺の苗字を入れたところ、本日ヒット。


 ここまでは作戦通りだったが、それにしても……情けない。

 何かを利用しないと仲良くなるきっかけが作れない自分が情けなかった。

 でも…………本当に好きな人だったんだから。


 いつも教室で見かけるたび、なんて声をかけようかって迷って迷って、結局一日が過ぎ去ってしまう。

 このままでは一向に関係が進展する可能性もないわけで、情けないけどこうするしかなかった。

 と、とにかく。


 ようやくこれでスタート地点にはたてた。

 ここからは、あたしの力で頑張っていかないといけない。

 それを考えると途端にへたれそうになってしまったが、必死に気持ちを盛り上げていく。


 が、頑張るのよ、あたし……!




 ソフィアとのお見合いを終え、迎えた月曜日。

 ……お見合い後、初めての登校ということで少し緊張していた。

 

 ソフィアも言っていたが、基本的に今まで通り、俺たちの関係は何も変わらないんだから緊張する必要はないと思うんだけど、な。


 席に着くと、俺の席の近くの男子生徒二名が、何やら話をしていた。

 小金井と井野、だったか。

 挨拶程度はするが、特段仲が良いというわけではない。というか、俺のクラスでの立ち位置はそんな感じ。

 陰に潜み、陰で生きるのだ……。というのは冗談。俺は持ってきていたラノベを取り出し、読み始める。


 ブックカバーは重厚な皮で作られているため、傍目から見れば賢そうな本を読んでいるように見えるだろう。

 挿絵のページは見られないようにしつつ、本を読み進めていると、二人の声がきこえてきた。


「なあ、小金井」


 井野が小金井を呼んでいる。

 いつもと違ってどこか真剣な様子の井野に、小金井もすぐに気づいたようで、首を傾げていた。


「なんだよ?」

「どうしたら…………彼女ができると思う?」


 真剣なトーンで何を言い出すのやら。

 凄まじい間をとって放たれた彼の言葉に、小金井はがくりと姿勢を崩している。

 俺も同じような気持ちだったが、ここでそんな行動をとってしまえば、盗み聞きしていた気持ち悪いやつという評価をされることになるだろう。

 あくまで平静を装いつつ、俺はラノベを読むふりをしながら、彼らの会話に耳を傾ける。


「いや、オレだって聞きてーっての」

「高校に入学したんだから、彼女の一人や二人できるもんじゃないか? 可愛い子となかよくなりてぇよ!」


 ……二人を許してくれる相手と出会えればいいな。


「うちのクラスでいえば、やっぱり……桐生院さんか?」

「……ああ。ていうか、桐生院さんと仲良くなれたらあとはもうどうでもいいって」

「……だよな。桐生院さんがいるグループの女子たち全員レベル高いし、マジで羨ましいわ」

「ああ、胸とかぺろぺろしてぇ」

「おれは足だぁ」


 ……なんて、頭の悪い会話なんだろうか。

 それでも、偏差値の高いここに合格してるのだから……頭はいいんだよな。

 最近の学校は少子化の影響もあり、人を集めるのが特に大変らしい。

 学校とはいえ、私立というのは結局のところ企業と同じだしな。

 募集人数通りに生徒が集まらなければ、売り上げが落ちる……ようなものだ。


 学校に関して調べた時に、そんなことが書かれたブログがありやけに印象に残っていた。

 俺が受験した理由の一番は、近所の進学校で一番偏差値が高かったからだ。


「桐生院さん、マジ完璧だもんな……」

「どうにかワンチャンないもんかねぇ?」


 ……俺は素直に気持ちを伝えられる人を凄いと思っていた。

 ただ、表に出してはいけない気持ちというのもあるわけで、彼らのように無邪気に話すことがいいとも限らないな。


 怪しげな笑みを浮かべている彼らに呆れつつも、でも俺だってソフィアを女性として意識していないわけではない。


 あの時、お見合いをした時にソフィアの胸ばかり見ていたのも事実だ。

 そうなると、黙って見ているのと、口に出して見ているのではどちらがいいのだろうか? どっちもキモいか。




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