第3話
というか、土下座が必要ならいくらでもする覚悟はある。
これからの平穏無事な学校生活を守るためなら、なんだってするつもりだ。
「別にそんなことするつもりないんだけど、あたし、そんなことするように見えるの?」
桐生院がジトっとした目をこちらに向けてきた。確かに先ほどの俺の発言は彼女の性格を、考慮していない自己保身のための言葉だ。
桐生院のことをまだそこまで知ったわけではないが、少なくとも貶めるようなことはしないだろうということくらいは分かる。
自分の卑屈さが情けなくなってくるな。
「別にその、桐生院がそういう人じゃないってのは知ってるけど……それでも俺としてはお願いしておきたかったんだ……悪い」
「そこまで真面目に謝られると、あたしの方が意地悪したみたいじゃない。冗談よ冗談」
あっけらかんとした様子で笑いながら話す桐生院。
冗談を対面で言った経験がほぼない俺からしたら、彼女は輝いてみえる。
やはり、陽キャは俺とは住む世界が違うと思いしらされる。
順調に会話を進めていたが、ここでぴたりとまた沈黙が続く。
テーブルに置かれていた温かいお茶を飲みながら、俺は少し足を伸ばした。今なら、多少崩しても大丈夫だろう。
お茶の入ったコップに口をつけながら、さてどうしようかと頭を悩ませる。
ひとまず、お茶を飲んでいるふりをして時間稼ぎをしているが、これから何を話せばいいのやら。
話題自体はある。彼女にまつわる話は色々とあり、それらについて質問をしてもいいとは思うのだが、質問ばかりだと面接みたいになっちゃうよな。
お見合いするにあたり、人慣れしていない俺はグーグ◯さんに色々と聞いてみて対策を立てているのだが、あまり質問しすぎも良くはない。
ていうか、プライベートの話題とか踏み込みすぎた話もしない方がいいとかあったので、正直言って困り果てていた。
一体何を話せばいいのか。
別に好かれるためにお見合いをしたわけではないし、そもそもこちらとしてはお見合いの成果に関してはどうでも良いと思っている。
そりゃあ、彼女のような美人と仲良くなれれば嬉しいと思う気持ちはあるが、とはいえそんな可能性は万に一つもあり得ない話なわけだしな。
あー、早く終わってくれないかな……。いつまでもお茶を飲んでいるわけにもいかず、テーブルにおくと、桐生院が問いかけてきた。
「ねえ、道明寺ってどのくらいお見合いとかってしたことあるの?」
「え? いや……今回が初めてだけど……桐生院は?」
今の質問からして、彼女は何度か経験があるような様子だった。
彼女は指を折り曲げるようにしてから、口を開いた。
「中学の時からだから、結構あるわね。多い時なんて週一くらいあったし」
「……おお、ベテランだ」
週一ってもう部活動じゃないか。
俺の言葉を受けた桐生院はくすくすと笑っていた。
「お見合いのベテランってあんまり褒め言葉じゃなくない?」
かもしれん。つい思ったことを口にしてしまったのだが、別に桐生院も嫌がる素振りはなく、笑っている。
その笑顔が愛想笑いでないことを祈るばかりだ。
「まあ、今回みたいに一対一とかじゃなくて、父さんと母さんの知り合いのパーティーとかに参加したときに紹介を受けた、みたいなこともあったからそれを合わせたら結構あるって感じね」
桐生院の父は俳優で、母はモデルをしていたのでそう言った人たちが集まるパーティーとかなんじゃないかと思う。
……桐生院の母は外国人であり、金髪などは完全に母譲りなんだろう。
「なるほどな……なんか、大変そうだな」
俺は陰のものだから大変そうと思ったが、桐生院からしたらなんてことはないのかもしれない。
そんなことを考えていたのだが、桐生院は俺の言葉に苦笑してから頷いた。
「正直、大変よ。親は孫の顔を絶対見たいっていうもんだし」
「……うちも、似たようなもんだな」
意外な共通点だった。とはいえ、俺の初めてのお見合いが高校からなだけ、桐生院よりもましなのかもしれない。
俺の言葉に桐生院なら口元が緩む。
「そこで、あたしは道明寺に良い提案してあげようと思っていたのよ」
「良い提案……?」
したり顔でこちらにずいっと顔を寄せてくる。
どきりとした。整った顔が突然眼前に迫ってきたのだから、ドキドキしない方がおかしいだろう。
彼女の香りが鼻腔をくすぐり、色付きの良い彼女の唇がゆっくりと動く。
「これからもお見合い話は、ある可能性があるでしょう? また、道明寺の希望通りの子がくるとも限らないでしょ?」
桐生院が言うとおり、うちの両親はこれからもお見合いをセッティングしようとするかもしれない。
彼女は少しからかうように口元を緩める。
「そんな無茶な要求はもうしないから」
「じゃあ、あたしじゃダメだった?」
少し悲しそうに目を伏せる桐生院。しまった。彼女を悲しませるつもりはなかった。
即座に否定してしまったことを謝罪するように首を横に振る。
「そ、そういうわけじゃなくてだな」
「それなら良かったじゃない」
すぐにニコニコと笑ってくる彼女に、俺はじとりとした目を向ける。
「もしかして、からかったか?」
「そんなことないわよー」
「それなら、いいんだけど」
完全にからかわれてるな。
間延びした声を上げる彼女にため息を吐くしかない。桐生院と今日まで直接話したことはなかったのだが、思っていたよりもお茶目な人なのかもしれない。
俺がじっと見ていると、桐生院はたまらずと言った様子で笑い出し、それから両手を合わせた。
「ごめんごめん。道明寺、反応いいからついね。それでさっきの話に戻るんだけど、さっき言った通り、あたしからの提案が一つあるのよ」
「……なんだ?」
「あたしと正式にお付き合いしない?」
「え?」
笑顔とともに手を差し出してきた彼女に、困惑したあと、恥ずかしさが込み上げてくる。
自分の頬の熱さを自覚したとき、先ほどまで考えていたことが脳裏に浮かんだ。
また、俺をからかっているんだろう、と。
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