第2話
――時は戻り、絶望中。
「それじゃあ、あとは若いお二人さんでね」
え?
親父と母さん。そして桐生院家の両親は笑顔とともに去っていった。
かなり仲が良いようで、外に出ていく二人は楽しそうだ。
残された俺と桐生院は顔を合わせてはいたが、沈黙。
……おいィ! そんな定番のセリフでマジで放置するんじゃねぇよ!
この状況どうしろって言うんだよ。俺がコミュ力の塊なら問題ないのかもしれないが、情けないことにそんなことは断じてない。
桐生院ソフィア。
うちの学校なら知らない人はいないだろう。美しい金髪に、透き通るようなブルーの瞳。
普段はポニーテールにしているのだが、今は……ツインテール。
俺は親父との会話を思い出す。
『お前は好きな髪型はあるか?』
『え、ツインテールだけど』
……あれはあくまで二次元キャラクターの話であり、まさかそれを先方に伝えてはいないよ?
桐生院は、文武両道で快活としていてクラスの人気者。
さらに言えば、母がモデルで活動しているとかで彼女自身もモデル活動をしているという話は聞いていた。
俺とは真逆に位置する人間であるのは、明らかだ。
そして一番驚いたのは、彼女が巨乳だったことだ。
学校の制服を着ている姿を思い出す。さすがにジローっと見ていたわけではないので、正確に脳内再生はできないのだが……そこまで大きな印象を受けたことはなかった。
ただ、こうして間近で見るとかなり迫力を感じる。盛っている……ように見えない。別に真贋を見極められるほどの眼力があるわけでもないが。
というか、おそらくだが今日の服装ではわざと胸を強調するようにしているんだろう。
親父からのさりげない質問を思い出す。
『胸は大きい方が好きか?』
『当たり前だ』
……ま、まさかそこまで伝えてないよな? 信じてるぞ親父。
もしも伝わっていたら、最悪である。今回のお見合いが終わった後、学校で言いふらされてみろ。下手したらいじめられるかもしれない。
……ひとまずはこのお見合いをどのようにして切り抜けるか。
親父の教えの一つに、どうしようもなく困った時は周囲で使えるものを探せ、とはよく言われていた。
環境を利用し、危機を脱しろとはいうのだが、一番利用できそうな両親の姿はもうない。
いや、むしろいなくて助かったかもしれない。あの両親のことだ。余計なことまで口にしていただろうしな。
とりあえず、無言のままでは居心地もあまりよくない。
こう言った時は話題を提案するべきだろうが……ありきたりなところでいうと、趣味を聞いてみるとか?
ただ、そこから話題を広げられるだけの力が俺にあるだろうか?
シミュレーションしてみる。
趣味は? 釣りです? 釣りですか…………終了。
何を話せばいいんだ……! 女子高生相手に無難に広げられる話題ってなんだ!?
ていうかそろそろ……俺の足もそろそろ限界を迎えてきている。
今回お見合いの場として用意されたここは、桐生院家だ。
昔ながらの日本家屋であり、立派な畳の間へと案内され、俺は反射的に正座をしてあたのだが、もう足が痺れている。
さっきから犬が小便をするように足を気づかれない程度に動かして誤魔化しているが、それでどうにかできる領域ではなくなってきている。
さすがにこれ以上だんまりを決め込んでいるわけにもいかないだろう。
俺はとりあえず、無難なところから質問をしてみることにする。
「えーと……桐生院さんは、お見合いとかは経験あるん……ですか?」
「ええ、ありますよ。両親が孫を見たいって言って、結構な頻度で組まれるんですよ」
笑顔とともに言うが、彼女は明らかにお見合いに対していい思いは抱いていないように感じた。
触れるべきだろうか? 彼女が話題を広げるためにわざと言ってくれたのなら、むしろ突っ込まないほうが失礼ではあるのだが、無意識のうちに出てしまった言葉だったら、黙っていた方がいいだろう。
というか、理由はなんとなく想像はできる。今時、お見合いなんて古い、とは俺も思っていたわけで桐生院だって同じように考えている可能性はたかいだろう。
そんなわかりきった生産性のない会話をしたって無意味だ。
つまり、わざわざ、そこを深く掘り下げる必要はないだろう。
色々考えて、自分で結論がある程度出たのでとりあえず俺は苦笑いを返しておいた。
「俺も……そこまでお見合いとか興味なくて、適当に返事をしていたらこんなことになっちゃって、何かすみません」
「そうなんですか? それで、色々変な提案をしたんですね」
「……変な提案?」
「お見合い相手の希望が、ツインテール、巨乳、美少女とか色々と要望していたとか……」
おいこら。おいこら!
それをお見合い相手に伝えるんじゃねぇよ! うちの両親はもちろんだが、桐生院の両親もだ!
そこは親同士で止めておくべきことだろう!
笑いながらそう話してくる彼女に、俺は頬が引き攣ってしまう。
このままでは確実に誤解をされてしまうだろうし、俺は急いで弁明する。
「それは……その、色々と会話の流れで話していただけで、別に要望したわけじゃないんです」
慌てて否定をしたのだが、これはこれでダメな返答だったのではないかと自問自答する。
桐生院の気持ちをまったく考えていない発言に、コミュニケーション不足が出てしまっているだろう。
しかし、彼女は特に怒ることはなく、それどころか俺の回答が受けたのか、笑っていた。
「そうだったの?」
桐生院は、砕けた口調で問い返してくる。
……敬語、じゃなくていいということだろう。まあ、クラスメートだしな。
ていうか、同じクラスなこと、知っていたのか。
「……まあ、な。そもそも、まさか同じクラスの人が来るとは思ってなかったし……」
「まあ、それはそうよね。あたしも驚いたわ」
桐生院は慣れた様子で頷いてくる。俺はクラスメートがこの場にいて、めちゃくちゃ驚いていたというのに彼女は今も堂々としていて、尊敬するしかない。
……実際、桐生院は殿上人のような存在だ。
俺とは住む世界が違いすぎるんだ。
そんな桐生院はクラスでの立場もトップであり……俺はもうこのお見合いがうまくいくとかを考えている暇はない。俺が何よりも気にしなければならないのは、これからの身の振り方だ。
「……桐生院、その。さっき言っていた提案はあくまで会話の中での雑談みたいなもので……だからその、できれば学校とかでいいふらすとかはしないでくれたら嬉しいんだけど……」
嬉しい、というか土下座してでもお願いしたいくらいだ。
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