高嶺の花の美少女モデルと偽りの婚約関係を結んだ結果、なぜかめちゃくちゃ甘えてくるんですが

木嶋隆太

第1話



 私立紅葉紅高校。

 日本国内でも有名な名門校であり、様々な分野を目指す頭のいい人たちが集まっている学校だ。

 そんな人たちが集まる中でも、毎年特に注目されている生徒というのは何名かいるもので、今まさに俺の目の前にいる人が、その人だった。


「彼女が、お見合い相手の桐生院ソフィアさんだ」


 桐生院ソフィア。

 その美貌はもちろんのこと、姉や兄たちが芸能、スポーツなどで活躍していることもあり、桐生院ソフィアの注目はますます高まっていた。


 笑顔で紹介してくれた俺の親父に苦笑を返すしかない。

 今の時代にお見合いというのは珍しいし、高校生の間柄でそれを行うなんて稀だろう。

 紹介された桐生院は丁寧に頭を下げてきた。

 美しい金髪は地毛であり、それがお見合い用に用意しただろう和服と意外にもよく似合っている。

 制服姿も綺麗な人だとは思っていたが、それ以上に際立つような服があるとは思っていなかった。


「桐生院ソフィアです。よろしくお願いします」


 桐生院は、少し吊り上がっていた目を友好的に細めてくる。

 ……なぜこんな状況になったのか。俺はぼんやりと考えていた。



 ――時間は少し遡り。


 俺は、自宅に併設された道場にて、親父と軽めのトレーニングを行っていた。

 今はまだ朝早くということもあり、お互いジャージで、軽めに体を動かしていく。


「高校生活はどうだ?」


 親父のその質問への返答は少し迷っていた。正直な話をすれば、中学時代同様、平穏無事なスタートダッシュを切れたと思っている。

 ただ、それはあくまで俺基準への話である。俺の親父は生粋の陽キャであり、クラスでぼっちでラノベを読み耽っている俺の平穏無事な日常は、親父からすれば普通ではないだろう。

 そしてそれは、俺の母さんもだ。二人を基準にしてしまうと、俺の学校生活はうまくいっていないものに映ってしまうだろう。


「まだ入学して一週間くらいだけど、まあ俺としては楽しくやれてるぞ?」


 だから、ありのままを伝えることはしなかった。嘘もついてはいない。俺としては、最高の学校生活なんだからな。


「そうか。彼女とかはどうだ?」


 親父の問いかけに、俺は「またか」と思ってしまう。

 俺の家は、昔からの伝統というかそれなりに歴史がある。

 今いるこの道場が、まさにそれの代表だ。


 我が家は、道明寺流という武術を伝承してきている。

 流行ったのはかなり昔からだそうだ。刀狩令によって武器を失った農民などが自身の身を守るために、徒手による戦闘を行うために開発されたそうだ。

 それがまあ色々あって、現代まで引き継がれ、現代用にアレンジされたものが今の道明寺流というわけで……まあ、そういった昔から長く続いていることもあり、きちんと跡を継いでいって欲しいそうだ。


 そして、俺はこの親父の色恋話があまり好きではない。

 理由は単純。俺がモテないからだよ。

 親父の先ほどの問いかけから始まる会話の終着点は、いつも同じだからだ。


 その終着点に到達しないためには、「彼女がいない」と答えてはいけないのだが、嘘をついたところで親父ならすぐに気づくだろう。

 だから俺は決まりきった会話になることを想像しながら、親父にいつものように答えるしかない。


「まだ、できてないな」

「まだっていって、中学時代は結局作らなかっただろう?」

「まあ、そうだけど」

「オレなんて、毎日のように遊びまくっていたものだぞ?」


 それはあんたがモテたからなんだよ、とは言わなかった。

 そういう時代だった、というのもあるだろう。

 今と昔を比較すると、やはり昔の方が娯楽が少ないわけで、昔は男女で遊ぶというのも娯楽の一つになっていたはずだ。


 それが現代では、様々な娯楽で溢れていて、一人であってもいくらでも時間を潰せてしまう。


 俺だって別に、恋愛にまったく興味がないわけではない。

 ただ、それらの優先度が決して高くはないというだけだ。

 漫画、アニメ、ラノベ、自分のやりたいことなどなど。

 それらを優先していった結果、彼女を作って遊ぶ、というのがかなり順位的に低くなってしまっているだけに過ぎない。できない言い訳じゃないぞ。


 ただ、そんな俺の心情はどうやら親父たちには理解されないんだよな。

 ていうか、なぜこんな陽キャな両親からぼっち大好きな俺が生まれてきたのやら。本当は橋の下で拾われたんじゃないだろうな、俺。


「まあ、俺は親父と違うんだ。ほっといてくれ」


 いつもはこれで会話は終了するのだが、今日の親父は少し違った。

 親父の振り抜いてきた拳を受け流していると、彼はにやりと笑みを浮かべた。


「そうか。でも、別に彼女が作りたくないわけじゃないんだよな?」

「そうだけど」


 俺がそう答えると、親父はにやりと笑う。嫌な笑みだ。思わず蹴りを放つ足に力がこもるが、それを父は受け流してくれた。


「それなら、オレの友達がお前とのお見合いを希望しているんだ。会ってみないか?」


 お見合いって……。今の時代、ずいぶんと聞きなれない言葉になっただろうお見合い。

 昔なら当然のようにあったのだろうが、今ではそもそもセクハラという言葉で処理されてしまうようなその単語は、そのうち死語になるのではないかというほど。

 まさか、それを親父の口から、それも俺が対象にされるとは思っていなかったので、返答に窮する。


 お見合いに対して、あまりいいイメージはない。先ほども話したが、積極的に彼女を作りたいとかそういった気持ちがあるわけではない。


 それに、彼女を作る、といっても大事なのは作ってからの関係だろう。

 彼女に時間を割くようになれば、それだけ自分のやれることが減るわけで……あれなからやと考えてしまうあたり、俺ってあんまり恋愛が向いていないんだろうなぁ、と改めて思ってしまう。


「……断るっていうのはできるか?」

「いやぁ……できれば、会ってやってほしいんだけど……オレの大事な友人だしさ」


 そこまでお願いされてしまうと、俺としてもなんとなくで断るのは悪い気がしてきてしまう。

 俺がすぐに了承しないのを見てか、親父はがくりと肩を落とす。


「無理にお願いしても悪いよな……。まあ、その友人からも仕事の紹介とかしてもらってるしなぁ。仕事なくなっちゃうかもなぁ……仕事なくなったら、優人の授業料も払えないかもなぁ……」


 ……おいこら。

 脅すように言ってきた父に強い蹴りを放つと、親父がよろめきながら後退して、笑顔を浮かべる。


「お見合い、してくれるか?」


 ……その笑顔はもう脅しなんだよ。

 もちろん俺は断る……ことはできなかった。

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