20

朝から雲1つ無い快晴。水もすっかり引いてるグラウンドで私たちは走り込む。フォームを整ええると、走るのが楽しくなる。どこまでも走れる・・・ってのは気のせいでも、3週くらいジョギングをして、多くの部員がむり~!って脱落していくなかで、私と部長だけ、まだまだ余裕を感じられる。


「もう1周、少しペースを上げてみようか」


そう言って走り出す部長は、言葉通り飛んでいくみたいで。そして私には彼女に追い付く羽なんて生えてない。追い付きたい。その一心でカチカチのダートの匂いを踏み付け踏み潰し、ガクガクに揺れる体幹に歯を食いしばって耐えながら、目眩がして、耳鳴りがして、全力で走ってもなお開いてく部長との距離に、私は絶望と酸苦を感じて足を止めてしまう。


「吉岡、大丈夫か!?」


走って戻ってきた部長が吐きそうな顔の私を抱き上げて、保健室まで連れてってくれた。お姫様抱っこされて通過する廊下で、初めて部長の瞳が綺麗な青色であることに気付く。


私の意識が上ってきた時には、部長は制服に着替えて私の側に座ってて。練習が終わってからずっと、私の側に付き添って、手を握りしめてくれてたらしい。


「ありがとうございます。部長。」

「うん、もう無理はするんじゃないよ」


そして部長が保健室を出ていくとき、多分、帰ろうとしてたと思うんだけど、


ジリリリリリリリリリリリリリ!


消防への通報器がサイレンを鳴らして、私たちは一緒に校庭に飛び出した。校舎に人が少ないせいで発見が遅れでもしたのか、既に4階の、赤いカーテンが閉まった部屋にまで立ち昇っている。


「真未!!」


私の足は勝手に動く。4階まで、1足に翔び上がる。そして化学繊維の体操服を全部脱いで、私は音楽室に飛び込んだ。


部屋の中は真っ赤に燃えて、真未は黒板の下に倒れてた。恐怖とアドレナリンで熱さなんて気にならなかった私は、真未を肩に担いで、自分まで焼け死んでしまわない内に脱出しようと思って。


でも、失神した人って、すっごく重い。そして私はここに来るだけで体力を使い果たしちゃって、引きずって出口まで行くにも、たった数メートルが無謀な距離に思えて仕方がない。


腕が燃え初めて、私は咄嗟に床に倒れて二の腕をフローリングに擦り付けて消す。痛くて駄目。無謀な無敵状態が解ける。このまま死ぬ。そう思うようになる。死んだら私はどうなるんだろう。どうせタイムスリップできるなら、このまま・・・。


おととい、きのうと、薬を飲み忘れてたことを思い出した。不思議なことに錠の1錠を包装から取り出して、口に入れる。どうせ死ぬなら意味ないのに。私の目の前は塞がれるみたいに、真っ暗になる。


「なんで服着てないんだ、バカ!」


部長の声。私に被されてるのはたぶん、水をビタビタに含んで重い、保健室の掛け布団。

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