第3章 インマチュア・サイレン
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春が終わりに近づいて、池になってる田んぼの匂いがする。季節変わり目の風邪にやられてる私は、1錠で24時間効く、唾液で溶かして飲むタイプの新しい風邪薬を買って、バイト上がりの帰り道を歩いてる途中で、早速箱を開けて1つ飲む。
「暴力は猿のすることなんだぞバカ!」
ピーピーと泣く男の子の声を聞いて、私の足は勝手に駆けだす。地面を踏み付け踏み潰して歯ぎしりする拍子に、薬を噛みで口の中が苦くなって、膝を抱えて田んぼの中に突き落とされちゃってる男の子をすぐ側で眺める頃には、すっかり吐きそう。私、体力なさ過ぎ。
彼を沼に突き落とした子は既に遠く。私は田んぼに仰向けに寝転んでいる男の子をぎゅっと抱き上げて助ける。白系の服が土で悲惨なことになるけど、そんなことはどうでも良いの。落ち着いてきたその子を降ろして、しゃがんで目線を会わせると、その子の眼は青色だった。
「ありがと。」
「どういたしまして。私は恵美。あなたは?」
「慎弥。」
「シンヤ君ね。ねえ、何があったのか、聞かせてくれる?」
シンヤ君はキュッと口を結んで、黙り込んで、叱られているかのように下を向く。まあ、説明してもらわなくても、何となく喧嘩なことは分かるし、別にいっか。
「シンヤ君はケガしてない?」
「うん。田んぼ嫌い。」
「うん。えっと、お家は近いの?」
「うん。」
するとシンヤ君は顔を上げて私の手を引いて、連れて行かれるのはパン屋さんの「ハドソン」。土まみれの私たちを見て、軒先まで出て来るお母さんに一通り事情を話して、洋服を洗濯してもらってる間、シャワーをもらう。
「ウチの子がごめんなさいね」
「いえ、困ってる人を見逃す訳には行かないので。」
「あら、いい子なのね」
ハドソンさん(仮称)は、私と同い年くらいに若く見える。この美人さんの命を私と真未で守り切ったことを思うと心が温まって、目の前にあるお冷やすらも途端に愛おしくなる。「半田」焼き印のあんパンが運ばれてくると、私とお母さんは2人してクスリクスリと笑う。その頃に、バターの香り漂うこの部屋に入ってくるのは、着替えを終えたシンヤ君。
「お母さん何してるの!きょう日曜だって!」
シンヤ君の声はキンキンと頭の中まで響いてくる。
「あら、そうだったかしら」
「えと、日曜とすると、何かまずいんですか?」
「このパン、土曜限定。」
「餡に土を練り混ぜてるのよ」
「えっ、土、ですか。」
「はあ、何やってるの、お母さん。もう、売れないからお姉さんが食べて。」
お母さんをちらっと見ると、何も言わないで首を縦に振った。ええっと・・・、でも土の味って、どうなの。でも例えば百味ビーンズのミミズ味苦手・・・。でも断るのもなんか・・・。と覚悟を決めて1口齧る。
「お姉さん、おいしい?」
「うん、うん、そこそこ、おいしいかも?」
「よかった。」
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