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「いつデジャビュに襲われるか分からないのが怖いです。特にそれが授業中だったら、とか思うと・・・。」

「あー。まー、そうだよねー。強いデジャビュはコーヒーの時以降にもあったの?」

「そうですね。今朝、通学路でありました。」


私はアスファルトの上に寝たくなったことを話した。


「ふーん。スカーレットのデジャビュね。」

「何かあるんですか?」

「ううん。ただ、もし私が小説家だとしたら、エミちゃんのデジャビュには絶対に何かしらの意味を込めて書くと思ったの。」

「意味、ですか。」

「でも残念ながらこの世界は文学じゃなくて現実だもんね。特に意味なく起きる物事なんて、きっと山ほどあるよね。」

「それは、そうです。」

「参考までにそのパン屋さんのお店の名前を聞いてもいい?」

「えっと、確かハドソンって名前でした。」

「赤い車のナンバーは覚えてる?」

「えっと、確か、221Bでした。」

「ふひっ。」


由加さんは、誰もいない店内を見まわしてから、口に人差し指を当てて、ヒソヒソ声で続けた。呆れを含んだ、しかし心から愉快そうな表情。


「これからエミちゃんが見るものは全部、他言無用ね。」

「はい。」


由加さんはレジ裏の階段から地下に潜ってった。戻ってきたら由加さんは、胸の下から頭のてっぺんまで積み上がった新聞を両手に抱えてた。


「なんですかその新聞!?」

「しぃーっ。」

「あ、はい、すみません。」


由加さんは100部以上ありそうな新聞を、音を立てないで机の上に置いた。埃すらたたなかった。


「これ、ぜんぶ朝日新聞の明日の朝刊。」

「はい?」


紅麹サプリの健康被害の記事が載った1番上の新聞を避けると、その下にあった新聞も朝日新聞の2024年4月9日の朝刊だった。その下も。その下も、紅麹のこと。でも、14番目の新聞は緋色に燃え上がる夜の街の空撮写真が1面を飾ってた。


[飲酒運転が引き起こした、未曾有の大火災]


「それで、火事が起きてない世界線の新聞には、ほら。」


地方版に同じ交通事故のことが小さく載ってた。ハドソンの店主は死亡。運転手は運転上過失致死の疑いで現行犯逮捕され、命に別状は無いとのこと。他の新聞も確認してみたものの、ハドソンさんは100%、交通事故によって死亡してる。


「由加さん。」

「どうしたのワタスン君。」

「早く行きましょう。」


事故の発生時刻は今から1時間後。まだ何かしら手が打てるはず。


「エミちゃんは、ハドスンさんを助けにいくんだね。」

「それはそうですよ!由加さんも来てください!」

「私はお店の片付けがあるから行けないよ。代わりにこれあげる。」


由加さんが投げて寄越したのは車の鍵。ピストルのキーホルダーがくっついてた。


「あの、私まだ高校にね・・・」


由加さんは既に影も形も消えてた。地下に潜って行ったのかも。私は銃付きの鍵を握って庭の外を出た。

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