音楽室の中は真っ暗で、少し怖かった。目が慣れてくると、音楽室中の防音カーテンが閉められてたのが分かった。入り口から対角の位置にあるグランドピアノの向こうに、この暗がりでも煌めいて見える金色の長い髪が揺れてた。


「恵美、おはよう。」

「おはよう。なんでこんな暗いの。」


私たちはまるで、側に寝てる赤ちゃんでも居るかのようにヒソヒソと話した。私が内側の黒い、外側の赤い分厚い布を掴むと、真未は私に叱ってヒソヒソ言った。


「待って。開けないで。」

「なんで。」

「この雰囲気が好きだから。」

「こんな暗かったらピアノ弾けないじゃん。」

「他の人たちが来たら開けるよ。」

「そう?」


まあ、柔軟体操くらいなら視界が真っ暗でもできるし。2人してその場でピョンピョン飛んだり、肩甲骨を回したり、脚を伸ばしたりして体を起こしている間、私たちは眠いね眠いねと、緩い会話を繰り返してた。


「おはよー、って暗っ。」


部長の太い声が聞こえると、ピリッと空気が変わった気がした。そして真未はさも来たばかりですって態度で、部屋のカーテンを次から次へ、シャーッと開けてく。忽ち音楽室には昇ったばかりの朝日が差し込んで、爽やかな朝練の会場へと様変わりした。


「じゃあ、さっそく合わせよっか。楽譜だしてー。暗譜で行ける人は暗譜で。」


暗譜で歌ったのは私と真未だけ。


武満徹が作詞、作曲をした「○と△の歌」は、当たり前の知識を偉そうにひけらかす、あんまり頭が良ろしくないヤンキーの歌なのだって、前の練習で部長が言ってた。


地球ハマルイゼ

林檎ハアカイゼ

砂漠ハヒロイゼ

ピラミッドハ三角ダゼ


「ちょちょちょちょ。ごめんねストップ。」


1連目の詩を歌い終えたところで部長が止めた。


「私、言ったよね。これは世間知らずな子どもたちが、俺は天才だー!ってなってる曲なの。地球は丸いの。それが大事なの。それを知ってることは歌い手にとってスゴいことなの。林檎が赤いって知ってるのは天才的なの。もっと、なんで地球は丸くて林檎が赤いのか、その理由を考えながら歌うべきなんだよこの曲は。それ意識してもう1回行ってみよ。ワン、ツー、さん、はい。」


ちきゅーっうはっまるっいぜーーー!

りんーっごはっあかっいぜーーー!

さばーっくはっひろっいぜーーー!

ピッラミッドは三角っだぜーーー!


行進曲のように弾みながら歌うと、単純で空っぽな歌詞がかわいく見えてきた。部長もどこか嬉しそうにしてた。他の人たちも、曲調の結構な変わりざまに頷いて喜んでた。


この曲をどう演奏すべきか、もう少し考えて、それから通しで実践してみる練習を数回繰り返して、HRに遅刻するギリギリの時間に解散。私は真未と一緒に教室までダッシュした。そして、釈然としないし、納得の行く答えがでない悩みを抱えたまま、私は教室の引き戸を開けてもらった。

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