第一章 第五話 草原流刑にさらされて

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 時とはいったい何なのか。


 時を告げる在り方は不変であり。


 また、その在り方はいかなる文明にも同じ終着点をもたらしてきた。


 しかし、文明の利器たる時計が指ししめす時間、その概念の出自はいまだに不明である。


 『ローゼリエット帝国語録』より抜粋

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異世界ジュメール:ローゼリエット帝国 

王歴3245年300日 3時28分 

魔法帝国大学校第一校舎


 目を覚ますと思いのほか寝つきがよく、睡眠時間としてもかなりの時間寝てしまった気がする。


 時計を見るとすでに3時28分だった。


 これはまずい……。そう思い、急いで準備をしはじめた。


 急いだかいもあり、なんとか間に合った。


 私は一呼吸すると、ラザリーから貰った指輪が上着のポケットに入ったままであることを思い出した。


 上着に手を突っ込むと、指輪はすぐに見つかった。


 今はめてみてもいいだろうか?


 サイハテへの送還中に送還兵に取られるか?


 と、考えてみたが、『黒魔術師の身に付けているものなど不吉でほしいわけがないだろう』と思い、はめてみることにした。


 ラザリーと同じように、試しに左手の薬指にはめてみると、微妙に大きかったので、中指にはめてみるとぴったりとはまった。


「きれいだ……本当に……」


 私の小さい手にさえ美しく輝く。


 この指輪の輪っか上部にある宝石部分は多くの希少な宝石が原料となっており、それらを一つにするために特殊加工したものだと聞く。


 本当にありがとう......ラザリー......。


 私は目を瞑りながら、指輪を貰った時のことを思い返した。


 そんなことを考えていたら、水を差すように送還兵が私の部屋の扉を叩いた。


「ローゼリエット・キルケー、定刻だ。手荷物を持って部屋を出ろ!!」


 大きな声だ。そんなに大きな声をだすこともないだろう。私はゆっくり手荷物を持って部屋を出た。


 部屋を出て周りを見渡す。部屋の扉の前には、送還兵と思われる者が四人いる。


 それ以外に、こんなに朝早いというのに多くの寮生が出てきて遠目で見ていた。


 外に繋がる廊下は、魔術で明るく照らされているため、その観客の表情がよく見える。


 その表情を軽く見渡すと、悲しんでいる顔はなさそうで、多いのは安堵の顔だった。


 それを見ると気が楽になった。やっと出ていけるのだ。


 この目にさらされながら寮生活していたことを考える、そうすると出ているということには少なからず嬉しさがあった。


 この大学校に実家通いしているラザリーは両親に反対され、見送りには来ない。


 だが、それでよかった。


 きっとラザリーが来ると、私は立ち止まり、みんなの前で涙を流してしまう。


 弱みをみせてしまう。私にとってそれほど辛いこともない。


 私の後ろに付いていた四人の送還兵が急かすように同時に歩き出す。


 ほぼ同時に私も歩き出し、学生寮の出口に待ち受けている送還用馬車にむかう。


 こんな時でさえ私は強がりながら堂々と歩く。


 歩きはじめると途端に周りの寮生達が置物のように感じ、なんだか気にならなかった。


 ……もしかしたら、今まで同じような経験をしすぎたのかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていると、送還用馬車のところまできていた。


 杖を含む荷物一式を送還兵が取り上げ、手錠をされる。


 次に送還用馬車の室内に乗りこむと、鍵がかけられる。


 室内を見渡すと、一応窓が付いている。


 今回は急に私を送還することになったからか、もしくは危険性があまりないと判断されたのかは知らないが、囚人用の窓なし馬車でないのはよかった。


 周りの景色が見えるのはいいことだ。


 少し出発に間があると思っていると、送還兵は掛け声をあげるとともに馬はパカパカと呑気ノンキな足音を立て動きはじめた。


 ・


 ・


 ・


 ……馬車が動き出して、しばらくたった。1時間は経っただろうか?


 座りながら見える景色は段々知らない場所になっていき、今やまったく分からない景色が続いている。


 そうして欠伸なんかしていると、馬車はどうも橋を渡りはじめたのか、景色がいきなり遠のき、建物が遠くに見え、水面がわずかに見える。


 少し時間が経っても、その景色は続いて、すぐにはその景色は変わらない。


 ……もしかしたら大きな橋を渡っているのか?


 そこで、ラザリーが昔話してくれた家の話を思い出した。『魔法帝国大学校から家への帰り道は最後に川を渡り、一面花畑になるとそこが家だ。』と、確か言っていた。


 なんだか気になり軽く窓を覗くと、ちらちら黄色いものが見える。よく見えないのでさらに深くのぞき込むと、一面に咲く黄色い花畑が目に飛び込む。


「きれいだ…...」


 思わず声に出る。今日が晴天だから、より美しく見えるのだろうか?


 あまりにも美しい。


 ラザリーの家はそう、黄色い花が続いた先にあるはず。


 興味があったのに気をつかってない振りをしたラザリーの家の話。


 私が行きたいといったら、ラザリーはきっと迎えてくれただろう。


 しかし、ラザリーの両親の気持ちは違うだろう、そう思ったのだ。


 そんなことを考えながら外の景色を見ていると、なぜか緊張してきた。


 その緊張感は続き、しばらく窓を見続けると、豪華絢爛な建物が目の前に現れた。


 その壮大さに私は軽く口を開く。


 あまりに寮内から出ず学生生活を送ってきたせいで、もの知らずになってしまっている。


 しかし、そんな私でさえこの建物が庶民の家ではないことはわかった。


 ラザリーの家と思われる家はまさに絵本に出てくるお姫様の城で、その周りには黄色い花が一面植えられていて輝いて見えた。


「あなたの髪のように美しい黄色い花が植えられていて……」

「ため口で話さないと怒るから……」

「またそうやって強がってさー……」


 ラザリーの言葉が頭に巡る。


 思い出の中にラザリーだけが輝く。


 黄色い花が離れていく。


 ラザリーの家が、思い出が離れていく。


 愚かにも外にいる馬車の送還兵に「待ってほしい」と口から出かけたが、なんとか踏みとどまれた。


 あの黄色い花の名は『クロトニー』、確か花言葉は『楽しい話』だったか……。


 ラザリーは公爵家の令嬢。私はどうあってももう会えない身の上。


 私は室内の椅子に腰を下ろす。私は目を閉じ祈り、呟く。


「ラザリー公爵閣下、お元気で。どうか私のことなどお忘れ下さい。あなたの未来に幸あらんことを……」


 今まで経験したことがないほどに思い出がグルグルと頭を巡り、ただただ同じことを繰り返し祈る。


 私も忘れていこう。私が関わってラザリーにいい事なんてまずない。


 しばらく祈り続けていると、馬車が段差で大きく揺れ、私は驚き目を開ける。


 そうすると、窓から入る日光があまりに眩しく思わず目を閉じる。


 馬車の室内でしばらく目を慣らしてから窓を覗くと、黄色い花と城はもう見えなくなっていた。

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