第一章 第四話 目下の草原流刑

異世界ジュメール:ローゼリエット帝国 

王歴3245年299日 12時30分 

魔法帝国大学校第一校舎


「『明日、時の鐘が鳴る』って......あれが鳴ったっていうのは伝説の中だけでしょう?ロゼ……あんた......大丈夫?」


 ラザリーは心配顔で言う。


 心配してくれるのはありがたいが、私にはわかるのだ。説明はできないけど……わかるのだ。


 私がムッとした顔をすると、ラザリーはそれに気付いて口調が優しくなる。


「笑ったらかわいいんだから、そんな顔しないー。うーん、時の鐘かー、まぁ、あんたが言うなら鳴るかもねー、あんたは天才だしねー」


 気を使われて優しくされてしまった。前から優しいやつだが、「あの日」以来一層優しい。……まぁ、そうなるのは仕方ないか。


「もうこの話はいいよ。それより、今後ラザリーはどうするんだ?私がいなくなったら、一人ぼっちじゃないか?」


 私はからかう様に言った。


 すると、ラザリーはふざけたように返す。


「私はなんとかするよー。あんたこそ明日にはサイハテの草原に流刑になっちゃうじゃんー。もっと楽しい話をした方がいいと思うのよ、あたしゃ!」


 そんな直球に流刑にされることを言うか?と思った。しかし、『楽しい話』、か……どうにもそれはできそうにない。


 黙っていた私を見かねてか、ラザリーは笑いながら話し続ける。


「東大陸の最東にあるっていうサイハテかー……。もしかしたら思ったよりいいところかもしれないよ。そういうのは行くまでわかんないものだから……」 


 ラザリーは最後まで優しいやつだ。それに社交的で明るい。戦争孤児の私と違い上級貴族たる公爵家の令嬢だ。


 私なんかと友達にならなければ、さぞ人気者だったろう。私と仲良くしたことで、今後ひどい目にあわないか心配だ。


 少し離れたところから同級生が奇異な目で私たちを見ている。その方向に少し目をやった後、私は呟く。


「今日はありがとう。もう十分楽しく話してくれたから、帰って早めに寝るよ。……明日、朝早いからさ」


 私は作り笑いをするが、ラザリーは真顔だ。


 ラザリーは少し下を向いた後、右手で上着のポケットから何かを取り出した。


 そしてその右手を私に突き出したかと思うと、手のひらをゆっくり開いて、話しはじめた。


「これだけ持っていって」


「!?」


 それは『宿命の指輪』だった。高価なことで有名な占い指輪。突然のことで驚きながらも受け取る。


「もし困ったら、それを売っていいから。ずっとライバルだから、私……ロゼのこと忘れないから……じゃあ、また」


 そう言うと、ラザリーは走っていった。


 下を向いていて表情は見えなかったが、うわずった声から容易に想像できた。


 あの指輪はいつもラザリーが左手薬指にはめていた指輪。きっとすごく大事な指輪。


 私はその指輪を大事に上着の右ポケットに入れて、走っていったラザリーの方向を見る。


「ありがとう」


 私は呟いた後、大きな帽子を下に傾け、周りに見えないようにすると、涙がこぼれそうになったが、なんとかこらえた。


 学生寮の自室に戻ると、整理した部屋の広さに驚く。


 その後、外が眠るには明るいことに気づき、窓の戸を閉じる。


 上着と靴をすぐに脱ぐと、仰向けになって顔にタオルをかけた。


 そうするとすぐに、軍靴の足音がする。ちょうど見張りの交代時間なのだろう。


 『あの日』以来、私には見張りが付くことになってしまった。


 なぜこうなってしまったのか、明日は流刑だというのに考えてしまう。


やれることはやってきたはずだ。


 私は戦争孤児で両親はいない。運よくこの帝国軍に拾われ、10歳の魔力検査を受けたところ、一番上の「最優秀級」とでた。


 戦争孤児としては異例の帝国特待生としての魔法帝国大学への入学。


 しかも、本来は、その前の魔法学校を卒業し、16歳からでなければならないところを12歳という年齢にもかかわらずだ。


 入学後も過大評価された才能を本物にするために相当な努力はしたつもりだ。


 貴族が大半を占めるこの大学校の中で、戦争孤児として蔑視されながらも、試験成績はほとんど一番上の最優秀だった。


 あの歴代最強勇者の『同行魔法使い』として選抜されるのは確実だったはずだ。そうしたら、大学校のみんなも私を認めざるをえなかっただろう。


 それに貴族の爵位を得ることもできたかもしれない。本当の意味でラザリーと対等な友達になれたかもしれない。


 それなのにあのたった一日の検査で・・・・・・。


 私はため息を吐いた後、またあの日のことを思い返す。


 卒業年度の最後に行われる黒魔術検査。これは黒魔術の素養があるかどうかを検査するものだ。


 魔術を一通り学ばなければ反応しないとのことから、わざわざ修学最後の年に行われる。


 大昔からの伝承で、『黒魔術師が世界に崩壊をもたらす』とされることから慣習的に行われるものだ。


 伝承では、黒魔術検査で反応が出る者は10000人に一人とされているが、実際はもっと少なく、今現存する魔法使いには存在しない。


 すでに伝承上のもとなっていた。私も同様に反応することはないだろうと軽く考えていた。……しかし、そのあり得ないことが起きてしまったのだ。


 10日前のことだ。何の気なしに軽い行事ごとのつもりで、黒魔術魔法検査を受けに行った。


 あの時の検査を担当していた魔法使いの顔は今でも鮮明に思い出せる。


 私の検査をした後に、その魔法使いの表情は退屈を持て余した血色の良い顔から急激に青ざめていったのだ。


 その顔を見て、私は結果を聞くまでもなく自分に黒魔術の反応がでたのを悟った。


 何かの間違いだと思い、何度か検査を行うが結果は変わらなかった。この検査の後、噂は一瞬で広まった。


 それは検査後、学生寮に帰った際のみんなの反応から明らかだった。しかし、本当に恐ろしいのはこれからだ。


『黒魔術検査の反応が出たものは以下の処分とする。


 第一、本帝国民としての帝国籍の剥奪。


 第二、本帝国に魔法帝国大学校を含む全ての教育施設の除籍。加えて、草原流刑に処される。また、その際は武器、衣類及び装飾品のみを所持し、東大陸の最東に位置するサイハテと呼ばれる地域の草原地帯にて流刑にするものとする。


 第三、本帝国にいた際に関係を持った者と絶縁を命ずる。従わなかった者は死罪とする。』


 ......だったか?馬鹿らしい......馬鹿らしいが、現実だ。


 これだけでも恐ろしいが、それに加えて私はサイハテはどんなところかはまったく知らない。


 黒魔術の素養があるからって、伝承により草原流刑?ばかげている。


 サイハテの平原から戻ってきた者はいないと伝承では言われているが、私はそこで死ぬのだろうか?これからどうしようか?


 「まぁ、考えてもしかたがない。なるようになるさ。もう寝よう」


 そうポツリと呟き、タオルを掴みながら横になった。


 ……明日、送還用馬車が来るのは4時だ。つまり、この部屋に送還兵がくるのは4時過ぎ……。


 そんなことを考えている間に、私は知らずに眠りについた。

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