身代わりの人形
カフェの席に着き、飲み物の注文が終わってもなお、アラン達は会話らしい会話が出来ずにいたが、
「アラン、まずは昨日の銀行強盗の件、本当にありがとう。それと……ごめんね」と、グレアムの一言で、気まずかった雰囲気は一変した。
「ありがとうって……。なにがだよ? それに、なんで謝って……」
グレアムがヘイス家の人間で、銀行の運営をしていると知ったのは事件の直前だったが、アランは事件の事を知らせなかった。
それにグレアムは人質となり危険にも晒されている。
なぜ自分は感謝されているのだ?
そして、なぜ謝られているのだ?
「何でって、アランのお陰で銀行のお金も無事で、ギャング団も捕まえられたんだよ?」
それに……と、グレアムの言葉は続く。
自分が人質になり、後ろのギャングに銃口を向けるアランの顔は、それはそれは凄かった。
それは、怒り、憎しみ、葛藤に苦悩、それに焦燥。事情を知らない自分でも、強い何かがあってアランはここにいるんだと分かる程に。
「でも、君は撃たなかった。僕は知らぬ間に君の何かを邪魔してたんだろ? 謝って済む問題じゃないんだろうけど……申し訳なくて」
バツが悪そうに目を伏せるグレアム。
思ってもかなったグレアムの気持ちに、アランの感情が追いつく前に「私からもお礼を言わせて。グレアムとお父様の銀行を守ってくれてありがとう」と、エレノアは少し涙ぐみながら感謝を伝える。
(二人からしたら、そうなるのか……)
アランは呆気に取られた。
感謝される事は何もしていない。ただ憎きギャング団の計画を邪魔して、地獄に突き落としたかっただけ。
「ギャングの件に関しては、たまたまその結果になっただけだ。グレアムの謝罪の件も、後で解決させたから、もうどうでもよくて……。だから気にする事じゃない」
こういう時、どんな顔をすればいいのかアランは分からなかった。
そんなアランに、「ありがとう、君は優しいね。謝りたい事は、実はもう一つあるんだ」とグレアムは辛そうに言う。
「僕たちはね、リュカにお願いしたい事があったんだ」
「アランがそうじゃないかって……打算的な気持ちで仲良くしようとしてたの。凄く失礼で軽率だったわ。だから、二人で謝ろうって」
また深々と頭を下げる双子に、もの言えぬ罪悪感が押し寄せてくる。
それはこちらも同じだ。アランにとって双子など、あの妖精が立てた計画の駒の一つで、それ以上も以下も無かった。
なんなら、知り合うタイミングが遅ければ、アランは確実にあの時に引き金を引いていただろう。
色々な感情が次々に押し寄せて来ては、アランを困惑させる。
「こっちも、色々有って……二人の願いを叶える予定だったのを後で知った。初めの出会いが……良くなかったから、言い出し辛かったんだ」
「失礼致します。お飲み物お持ちしました」
各々にドリンクが提供されると、その空気を察してか、給仕の女はそそくさと退散していった。
「……私達の願いを、叶えてくれる予定だったの?」
「ああ。二人に会った後で、そう知らされた」
アランはルルシュカの事は伏せ、一応協力者がいる事、ジェラルドとリチャードの事を簡単に要点を摘んで説明し、その計画にヘイス家も入っていたと話した。
その話しを受け、エレノアもグレアムと一緒にどうしたらリュカに会えるかを考えていた。と話した。
「なんか僕たち、両片思い的な?」
「「それは違うだろ(でしょ)」」
グレアムの冗談に、アランとエレノアは声を揃えて否定した。
「まぁそういう訳だから、お互い様だろ。で、願いってのは、母親の目を見えるようにしたい、ってのでいいのか?」
すっかりいつもの雰囲気に戻った。
もう半分どうでも良くなっていたが、ルルシュカの計画が何なのか知りたい気持ちはまだ残っている。
「合ってる。けど、もういいんだ。母さんは別に望んでないし。……その代わりに、これからも変わらず友達でいて欲しい」
「私も同じよ。嫌、かしら……?」
友達。
アランには友人がいない。生涯で仲がよかったのはジャックだけ。
グレアムとエレノアは、初めて出来た普通の歳の近い知り合いだった。裏社会の人間でもない、ただの顔見知り。
顔を合わせたのなんて、片手で事足りる程度しかないが、それでもアランにはとても魅力的な言葉に聞こえた。
「それは別に良いけど、二人の願いも叶えたい。そういう計画なんだ……」
「……アランがいいなら、私達も嬉しいけど」
「ああ。ならエレノア達も、人助けだと思ってくれたら助かるよ」
双子は顔を見合わせて、何を確認したのか頷いた。
「なら、その願いのお礼として、僕等の経営してる会社の利益を一部譲渡したいと思ってる」
「は?」
二人のとんでもない提案にアランは絶句した。
「大体で申し訳ないんだけど、月で
しかも、もし会社が倒産などしてその権利が無くなった際には、その時点でジェラルドに支払った720リタ同額を補填する、と付け加えられる。
毎月30リタが勝手に入ってくるなんて夢みたいだ。本当にあの妖精は、家と金を用意した。それに復讐も叶えられた。
(なのに……なんで……)
アランは驚きこそしたが、飛び跳ねて喜び舞い上がる程の嬉しさはなかった。実際に飛び跳ねて喜んだ事など一度もないが。
全く嬉しくない。といえばもちろん嘘になるが、ルルシュカに当初願いを確認された時と同じ気持ちではない事は確かだ。
それよりも、双子との関係がこれきりにならない事の方が、数倍嬉しく感じていたとアランは気がついた。
『
(あの時の言葉はこれだったのか……)
双子の望みを叶えてやりたい。アランはジャック以外の人間に、何かをしてやりたい。と初めてそう思えていた。
なら、もう報酬はなくてもいいのではないか?
金が入らないのは困るが、それとこれとはなんだか別な気がしてきた。
これからも友人なのに、報酬を貰うのか?
過ぎる疑問に、違うアランが脳内でストップを掛ける。
妖精との出会いで、すっかり感覚が麻痺しているが、普通に考えて盲目は治るものではないんだぞ、と。
それはそうだ。奇跡に対して、きっとこの二人はその対価を一生懸命に考えたんだろう。
俺はそれを無碍にするのか?
あの守銭奴も言っていただろ。『何かするのに、相手から何も貰わないのは施しと一緒だからね』と。
俯いて何も言わないアランに、双子は不安になっていた。
「……アラン?」
「もしかして、気に障った?」
二人の言葉にハッとする。
「悪い……。気にしないでくれ。二人がそう決めたなら、それでいいけど720リタまでは無くていい」
顔を見合わせる双子は、暗かった面持ちが嘘のように晴れやかに切り替わる。
「なら、それは会社の成績次第で相談させてよ。ありがとう! アラン」
「そうね。アラン、ありがとう!」
これでいい。エレノアも言っていたではないか。足を洗う手伝いをして、仲良くなれたらいいと。グレアムだって、俺がなんだって良いと言ってくれた。
気まずさから頼めていなかったランチを改めて注文した。
場は和気あいあいとした雰囲気が続いたが、アランの中に渦巻くモヤモヤがすぐに晴れる事はなかった。
◇◇◇
双子と別れアランが家に戻ると、バルコニーには相変わらず黒猫が居た。
何かを咥えている様子に気づき窓を開けると、部屋の中に入り机の上に乗る。
小さな口には薄い封筒が咥えられており、アランはそれに見覚えがあった。
「もうそんな時期か……。にしても、なんでお前が?」
今日はアランの誕生日らしい。最近は色々あってスッカリ忘れていた。
手紙を受け取ると猫は「にゃっ」と短く鳴き、アランの手に頬を寄せる。
毎年何かしらの手段で届くバースデーカードは、子供が書いたのかと思う程の、下手くそなメッセージが書かれている。
「二十歳の誕生日おめでとう、アラン。今年は、君が……、僕の?名前を、読んでくれる、のを……楽しみにしているよ――君の最高の友人トーマスより」
相変わらずの拙い字だ。いくつか怪しい字があるが、おそらく内容は合っているだろう。
毎年届く差し出し人不明のカード。アランは誰が送っているのか、全く見当がついていない。
トーマスなどと言う知り合いはアランにはいないのだ。
毎年届くカードには、必ず最後に"最高の友人"と描かれており、幼い頃は、いつか会いに来てくれると信じていた。
だが、最高の友人は、一向に会いに来もしない薄情者だった。
それが凄く恨めしくて、毎年届くカードを怒りに任せて破り捨てていた時期もあったが、今ではただただ誕生日を知らせてくれるカードとしか思っていない。
「お前はこの差し出し人を見たのか?」
相手は猫だ。返事は返っては来ない。
今ならこのカードの差し出し人が誰なのか、アランには探す手段がある。だが、今日の双子の話から、アランは一つ決意した事があった。
カードを机の端に置き、引き出しから鋏と残りのセットを取り出す。紙と糸はあと二回分残っている。
紙に探したい物の名前を書いて糸で結ぶ。苦労して覚えた呪文を唱えて鋏を撫でると、赤い糸の端を切り離した。
蝶になったそれは部屋のドアに止まる。正直どこに出るのか全く想像は付かない。
ゆっくりとドアを開けた先には、見た事もない隣国の景色が広がっていた。
◇◇◇
あれから急激に距離が近づいた双子とアラン。
二人はアランに時間があると分かると、自分の行っている仕事場に連れていったり、呼ばれた食事会に誘ったりとアランに様々な経験して欲しいと、毎日の様にアランを連れ回していた。
約束の劇も観に行き、アランが賭博場で働いていた事から、一緒に賭博場に行って荒稼ぎをしてみたり、双子にカードマジックを披露し、グレアムは大興奮で喜んでくれた。
あの気まずかったランチから十日後。
旅行に出かけていた母親が帰ってくると、アランは双子に改めて招待を受け、ヘイス家を訪れていた。
挨拶をした双子の母親は、とても礼儀正しく優しい人だった。双子同様に綺麗なブロンドの髪をしていたが、サングラスをかけており瞳の色は伺えない。
最近の双子の手紙や話は全てアランの事が書いてあり、会えるのを楽しみにしていた。と綺麗に笑ったのが印象的だった。
部屋には椅子に座る双子の母のエマ・ヘイスが、双子に手を取られ静かにその時を待っている。
エレノアとグレアムに小さく声を掛け、良いと言うまでこちらから離れて、背を向けるようにと指示をする。
二人は不安そうな表情を浮かべてエマから離れると、ゆっくりと距離を取り出入り口の方へ体を向けた。
(こんなの見せらんねーよな……)
その手には、ふざけた顔の人形が握られている。
ちゃんと出来るだろうか……。気持ちを落ち着かせるように深呼吸した。
「背中、失礼します」
「ええ、どうぞ」
ルーシーの背にぬいぐるみを充てると両手で覆う。
ルルシュカに習った呪文――めちゃくちゃ練習した――を殆ど声にならない程の小さな声で唱えた。
「――――――」
指輪の石がチカリと光ると、緑色の光が手の隙間から溢れ出し、雷の様な強烈な閃光が室内全体をカッと照らすと一瞬で消えた。
呪いを受けた時とは反応が違うらしい。その説明を受けていなかったアランは、急な閃光に視界をやられ、人形を鷲掴むとその場に蹲った。
「「お母様?!アラン?!」」
部屋の異変に心配になった双子は、アランの合図も待たずに部屋を振り返ったが、エマは変わらずその場に静かに座っている。
「……俺はいいから、エマさんはどうだ?」
その言葉に、双子はお互いに顔を見合わせゴクリと唾を飲んだ。
「あら?もう終わったのかしら?」
「……そうみたい。お母様、部屋は暗くしてあるわ。目を開けてみて」
ゆっくりと、エマの瞼が上げられると、そのまま大きく見開かれたサファイアの瞳は、優しく伏せられる。
「私の双子ちゃんは、私の想像の百倍でも足りないくらいに大きくなっていたのね」
「「お母様……」」
途端にわんわんと泣き出す双子に、「あなた達、今年でもう二十三になるでしょ。そんな事ではアランさんに笑われてしまうわよ」と、エマは優しく微笑みかけると、二人の頭を撫で付ける。
なんて、感動の場面を繰り広げるヘイス家の面々を他所に、アランはようやく戻って来た視力に何度か瞬きを繰り返しながら妖精への怒りを湧き上がせた。
(あんのクソ妖精……。最後の最後でやってくれるじゃねーか)
妖精に勝てるはずもないが、絶対一発殴る。と何度目かの決意をする。
「凄いわ、アランさん。目が見えなくて困った事はあまり無かったのだけれども、まさかこんな日が来るなんて……夢のようだわ。それになんだか……、最近ずっと痛かった腰の痛みも綺麗になくなったみたい」
良かった。とりあえず上手く行ったらしい。
人形を確認すれば、刺繍されていた目は消えて、腰の辺りの布はボロ切れの様に荒れていた。
ふっと薄暗い部屋でも影が落ちるのが分かり、人形をとっさに背に隠す。顔を上げればエマが膝を折りアランの前にしゃがんでいた。
「アランさん。とても貴重な体験を頂き、本当にありがとうございます。改めて、お礼を申し上げさせて頂きます」
「お身体に異常は無いですか?」
「異常どころか、何だか生まれ変わったって思える程に調子がいいわ」
アランは差し出された右手にやんわりと手を重ねて握ると、そのまま手を引かれルーシーに抱きしめられた。
暖かい温もりと、優しい百合の香りにアランは懐かしい安心感を思い出した。
それからスッと離される距離と手に、温もりも離れていく。
「グレアムとエレノアがね、大好きな絵を見せてくれるっていうのよ。アランさんもまだ見た事がないと聞いたの。だから、是非ご一緒して下さらないかしら?」
「母様! その提案最高だよ! アラン、絶対一緒に行こうね」
「来週から首都の美術館に七年ぶりに戻ってくるのよ! アランも楽しみにしててちょうだい!」
アランはそれに了承すると約束を交わした。
ヘイス家を訪れた四日後、ルルシュカからの連絡で、アランはすぐに店を訪れた。
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