依頼主への報告


 ルルシュカの店を訪れたアランは、ヘイス家での事を報告した。


 すっかり見慣れた店内と、座り慣れた備え付けの椅子。アランはカウンターで頬杖をついて、つまらなそうに顔を歪める。

  

「ぜーんぶ、あんたの計画通りだったな」


 ハンカチに包まれた使用済みの人形を受けとるルルシュカは、意地悪い笑みを浮かべてハンカチを開く。


「なかなかにいい計画だったでしょ」

「あんたから見ればな……。それも後処理が必要なのか?」

「そうだよ。このシリーズは特別だからね」

 

 ルルシュカは、前回同様に後始末をテキパキと始めた。


「特別?」

「前買ったアンティークジュエリーあったでしょ。それが使われてるんだ。こういったモノにはね、沢山のが詰まってるんだよ」 


 ルルシュカは、カウンターに指輪と耳飾りを一つずつ置く。


 「ちょっと失礼するよ」と言えば、アランの目の前を白い手が横切った。


「見えるかな?」


 何度か瞬きを繰り返したアランは、意味が分からず眉間に皺を寄せたが、ルルシュカが並べた指輪をジッと見ていると、ぼんやりと指輪の周りに漂うオーラの様な物が見えるのが分かった。


「こっちが、黄色? 白? なんか雰囲気だ。で、こっちは黒ってか灰色? で、どんよりしてて、気分が悪くなる感じがする」


 それぞれに指をさしてアランが感想を伝えれば、ルルシュカは目を細めてその様子を見つめていた。


「そうそう。それぞれに元々の持ち主の気分がそのまま移ってるんだよ」


 おまじないは、魔力ではなくその物に宿る力を、利用し効果を発揮させる。人形に入っている紙には力を変換する為の魔法円が描かれる。


 物に込められた力を利用して発動する魔法は、未熟な魔術師でも実力以上の力が使える優れものだ。

 

 反面、その力を使わせてもらう事から、きちんと処理を施さないと呪い返しに遭ってしまうのだとルルシュカは説明した。


 難しい事はよく分からなかったが、アンティークマーケットに行った際に、ルルシュカはこのを見て、何を買うかを選んでいたのだというのは理解した。

 

 おもむろに、アランは左耳のシルバーピアスを外す。


 ピアスはぼんやりと淡いピンクをベースに、気を纏っている様に見えるが、すぐにオーラは見えなくなってしまった。


「時間切れだね。まぁそういう事だ。だから感謝の気持ちをきちんと伝えて、丁寧に葬送してあげる。それが後処理」

「ふーん……」


 関心するアランだったが、「そーいえば、なんだよあのすげー光! こっちの視力が無くなる所だったんだぞ!」と、思い出した怒りをルルシュカにぶつけた。


 苦言を言われたルルシュカは「あー……。言ってなかったっけ?」と、すっとぼけた顔をしており、アランは一発お見舞いする機会もなく、あの時の怒りを一言でサラリと終わらされた。

 

「それで? キミは毎月30リタ程度が無条件で入ってくる権利を得た訳だ」

(鴨がネギを背負ってって古い言葉。あれ本当なんだな)

 

 昔教わった人間の言葉。そんな上手い話がと思っていたが、あるものだなとしみじみ実感する。


「まぁ……」

「それにしても、嬉しそうに報告するじゃない」

「……そうか?」

「初めてここに来た時とは全然違うよ」


 ヘイス家での出来事を話していた時のアランは、頬が緩み、口角が上がっていた。

 本人は無自覚なのだろうが。

 

「あんたが言うなら、そうなんだろうな」

「なにそれ。そうだ、銀行口座は作れた?」

「……作ったぜ」


 ヘイス家が運営元という事もあり、アランは特別に口座開設をして貰えた。毎月の報酬はその口座に入る予定で、既に今月分は支払われている。


「そう。それじゃ、20リタね」

「……」


 忘れてなかったか……。


 アランは感情を無くした顔で、ルルシュカに人形の代金を支払った。

 まだライフルを売った金がある。今月の生活はなんとかなるだろう。


「丁度だね。まいどどーも。そういえば、鋏は返却しなくて良かった?」

「あ……」

「ま、私は別にいいけど」


 まだあと一回分はある。使い切ったらどこかで持ってこればいいだろう。とアランはぼんやり考えていた。


「自分の家と毎月のお金も手に入れたし、復讐も達成出来た。なんなら友人が居なかったキミに、双子の兄妹のおまけも付いて、万々歳な結果になったね」


 「良かったよかった」と、人形の処理を終えたルルシュカはカウンター越しにアランを見遣る。


「これで依頼主も大喜びだろう」


 そう締めくくるルルシュカに「ふと最近思うんだ……」とアランはポツリと溢す。


「もしかしたら俺は路地裏の隅で倒れていて、これは死ぬ間際に見てる夢なんじゃないかって……」


 突然アランが吐露した不安に、ルルシュカはマゼンタの瞳を大きく見開いたが、すぐに目を細めてお腹を抱え大声で笑い始めた。

 

「面白い事を言うねキミ。でも、もしこれがキミの見ている夢の中なら、私はキミが目を覚さないようにしないといけないね。キミが目覚めた瞬間、私はボンって、消えてなくなっちゃう」


 にゃはは。と茶化すもアランの表情は晴れない。


「なんだよ……。まあ、キミは今の生活を気に入ってるって事だ。以前はそんな事考えもしなかったでしょ?」

「ガキだった頃は、これが夢ならどんなにいいかって思ってたよ」

「……。残念だけどキミがどう考えようとも、これが現実だよ」


 人形を手に店の奥に姿を消した妖精を、アランは感情の読めない表情でただ見ていた。

 

 すぐに戻ってきたルルシュカは、そんなアランを見て「さ、私がキミに出来る事はこれで終わり。これでお別れだ」と珍しく優しい声音。


「は?」


 いつもの様にくるりと人差し指が動くと、アランの中指にあったはずの指輪は、ルルシュカの中指に移動していた。

 

「初めは冗談じゃないと思っていたけど、久しぶりにこういうのも悪くなかったかな……。生活の基盤が整ったんだ。これからは双子の言う通り足を洗って、好きな事を見つけて、面白おかしく生きる事だね」


 パチン。と指が鳴る。


「まっ――」


 気がつくとアランは家に居た。

 急展開に付いていけず、呆然と自室に立ち尽くす。


 言いたい事だけ言って別れた、最後まで自分勝手な妖精。出会いはアランの願いを叶える為だった。

 ならば、願いが叶った今、別れは初めから分かりきっていた事だ。


 それなのに、それを受け入れられずにいたアランは、そもそもルルシュカとの出会いが夢だったのではないか?と状況を受け入れられずにいる。

 

 部屋を見渡すも、ここはダリルから譲り受けた部屋で、エレノアと選んだ家具が置かれている。

 机には残っている探し物のセットもあった。


 バルコニーから入って来た黒猫が、机の上に乗り鳴いた。


 猫の足元には封筒が置かれており、隅には『アランへ』と、こちらの字で書かれている。

 

 中にはマゼンタの紐と、四つの小さな宝石が等間隔で編み込まれた――アクセサリーだろうか?――それが二本と手紙が入っている。


『最後に幸運のフィタをサービスしてあげるね。双子ちゃんは近々誕生日を迎えるけど、どうせキミは知らないだろうし、プレゼントなんて選べないでしょ? だから私からの餞別だよ。使い方は次に書いておくね』


「……なんだよ、これ」


 封筒には、フィタの使い方が書かれたメモが同封されている。


 カードには宛名同様に見慣れたこの国の字で説明が記されており、字にはルルシュカが字を書く際の癖が現れていた。


 ◇◇◇


 アランを送った翌日、ルルシュカの店には客の姿があった。


 来店していたのは、馬の耳が特徴的な美しい黒髪に金の瞳をした妖精のプーカ。アランの願いを叶えて欲しいと依頼した張本人だ。


 カウンターにはティーセットが二人分並ぶ。


「報告は以上だよ。これでキミの恩返しも完了だね」

「ああ。ありがとう。彼は幸せになったかな?」

「きっとね」


 ルルシュカはアランの様子をシルフから聞いてはいたが、それを伝える事はしなかった。

 

「そうか。ねぇ、気になってたんだけど、アラン、なんでにいるの?」


 アランは〈魔法のある世界〉の人間ではないのだろうか?プーカはアランに会った時に、不思議に思っていた事をルルシュカへ確認する。

 

 魔術師は皆紫の瞳をしている。というのが妖精達の認識にあるからだ。

 

「アランもプーカと同じ、インサニアの悲劇の被害者なんだよ」


 インサニアの悲劇。それは〈魔法のある世界〉で起きた凄惨な事件の事だ。

 

「……そうだったのか。僕と一緒で災難だったね。なら、彼はラウルス人の生き残りって事? それとも無関係?」

「アランはインサニアの出身だよ。プーカの言うとおり、ラウルス人の生き残りだね」


 インサニアは帝国の俗国で、周辺諸国と比べてとても小さな国で、そこに暮らすラウルス人は少数民族でもあった。

 

 それでも、上位の魔術師にはラウルス人が多く、才能溢れる若者が毎年インサニアから輩出されていた。


 そんなラウルス人の才能に嫉妬した若き皇帝は、帝国の転覆を目論んでいる。という何の根拠もない疑惑をでっち上げ、インサニアの国民全てに反逆罪の烙印を押した。

 

 少数とはいえ実力者揃いの魔術師達を亡き者にするには骨が折れると考えた皇帝は、非情な作戦を練り上げた。

 

 まず、インサニアへと魔術団を送り、数日間に渡り弱い者を虐殺させる。その話しを国外に出ていたラウルス人が聞き及び、自国インサニアへと集まるのを待つ。

 その後に禁術を使い、空から落とした光の柱がインサニアを一瞬で焼き払い更地に帰すと、勝利を収めたのだった。


 あまりにも強大な魔術は、インサニアが地図から消え、ラウルス人をほぼ全滅させた後、二十四時間に渡り世界の時空に歪みを生じさせた。


 その話しは、異世界にある妖精の世界にもすぐに広がっていき、その一方的な虐殺から、妖精達はインサニアの悲劇と呼ぶようになった。


「当時子供だったアランを、両親が隣国に逃がそうとスクロールを渡したみたいなんだ。恐らくその時に母親の血が付いたか何かで、魔法円か文字が滲んだんだろうね。行先不明で、君の様に落とされたんだと思う」


 プーカは、妖精の小道の移動の最中にその歪みに遭い、違う時間軸へと迷い込むと、十年後の〈魔法のない世界〉へと飛ばされていた。

 

 妖精探しの魔法を使ってもプーカが見つからなかったのは、時間軸がズレた為だったと、帰還後に発覚している。

 

「よく知ってるね。僕が依頼した時もなんか知ってる風だったけど?」

「うちに出入りしてる猫の妖精トムがいてね。たまたまアランの家に住んでたんだ。それから、ちょうど戦争の時期に猫王が死去したでしょ」


 皇帝の黒い噂は事件前より囁かれており、トム、ことトーマスは『葬式には行かず一緒にいる』と、アランの母親であるステラに伝えていた。


 だが、猫王の葬式に参列しないのはダメだとステラは反対。同時に、「帝国に皆で立ち向かい、無実を証明する」と息巻くステラは、国からアランを逃したいと、トーマスに相談。


 葬式後に隣国でアランを迎えて欲しい。とお願いをされたトーマスは、話し合いの末に渋々それを了承した。


 帝国から、反逆罪と通達が出た同日に葬式を終えたトーマスは、約束通りに隣国でアランを待った。

 しかし、待てど暮らせどアランは来ない。


 すぐに帝国が禁術を使ったという情報が妖精達の間で回り、ステラ達が遺体も残らずに亡くなった事を知ったトーマスは、全身の血が沸騰したかと錯覚する程の怒りを覚えたと言う。

 

 それでも、アランだけは生きていると信じ、仲間から紹介された魔法商店へ、トーマスは報酬を手に縋る気持ちで訪ねて来た。とルルシュカは説明した。

 

「なるほど、そんな事が有ったのか。という事は、僕と同じ様に見つけられなかったの?」

「そう、初めはね。でも、翌年にアランがいた国アルウェウスに居る知り合いの親族から連絡があってね。たまたまアランの事か分かったんだ」


 「その一族は狼の妖精リーガルーの祝福を受けてるんだ」と補足すると、「あー、あの!」とプーカはアランが見つかった事に合点がいった。

 

「凄い偶然だね」

「本当にね。でも戦争の事もあってか、記憶が曖昧になってて話しにならなかった。トーマスと相談して、大人になるまで待つ事にしたんだけど、その間に君が来たんだ」

「なるほど。なら、彼には余計な事だったかな」


 「それならそうと、言ってくれれば良かったのに」と続けたプーカに、ルルシュカは、「アランにとっては必要な事だったと思うから丁度よかったよ」と話した。


「彼はどうなるんだい?」

「自分で決めさせるよ。これからどっちの世界で生きて行きたいかをね」

「ありがとう、聞けてスッキリしたよ」

 

 事の顛末を聞いて満足したプーカは、懐中時計を取り出し時間を確認する。

 

「長居しすぎたみたいだ。はい、約束の報酬」と、黄金の杯をルルシュカへ差し出し、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。


 美しい細工が施された黄金の杯は、豪華絢爛で繊細な作りをしている。


 「確かに」と満足そうなルルシュカに「それにしても、ここは変わった商店だな」とプーカは楽しそうに目尻を下げた。


「ご馳走様。また機会があれば宜しく頼むよ」


 後ろ手に手を振り店を去るプーカを見送ったルルシュカは、「変わった商店、ね。面倒な依頼をうっかり受けなかったら、こうはなってなかっただろうよ」と、いなくなったプーカに向けて返事をする。


 客の居なくなった店内。カウンター下の作業台には連絡用の魔法紙が二人分置かれる。


 新しい紅茶を淹れ直せば、ドアのベルが来店を知らせる。

 

「おや。トムじゃない。いらっしゃい」

「近くを通ったんで、寄らせてもらいました。依頼の進捗はどうッスか?」


 トムはカウンター席に座ると、ルルシュカに紅茶を用意してもらう。

 特別にぬるめの温度で淹れられる紅茶は、密かにトムのお気に入りだ。

 

「もう少しで完了すると思うけど、あとはアラン次第じゃないかな。それにしても、君も義理堅いじゃない」

「ステラは僕の妹みたいなもんなんで、兄ちゃんが助けるのは当たり前ッスよ」


 ステラは有能な魔術師だった。トムはステラが幼い頃から一緒に過ごし、妖精の魔法をよく教えていた。

 

 ステラが大人になり、恋をして、結婚し家庭を持っても。変わらず近くでステラを見守っていたトムだが、死に目に立ち会う事も出来ず、二度と会う事は叶わなくなった。

 

「そうか。そういえば、いい加減にローブを黒にしないの? 魔術はもう完璧だよね?」


 魔術師は、半人前は茶色のローブを、一人前になると黒のローブを羽織る。

 妖精も魔術を修了すると、人間の様にローブを羽織る者もおり、ルルシュカの黒のローブも同じ意味を持つ。

 

「着る時期は決めてるんス。まぁ、その日が来れば、の話しっスけど」

 

 アランがもし、元の世界に戻りたい。と希望をした時には、自分がステラの代わりに魔術を教えるんだと、アランをアルウェウスで見つけてから、トムはせっせと魔術を習い始めていた。

 

「そう。何より、早く名前を呼んで貰えるといいね。トーマス」


 トムは寂しそうに「今、アランはそんなテンションじゃないっスけどね……」とこぼした。

 

 トムを見送ると同時に店を出たルルシュカは、妖精の小道を通り、遠く離れた山里までを数分で移動した。

 

 久しぶりに通る道は、相変わらずあやふやではあるが、案内役の蝶のお陰で移動はスムーズだ。


 ルルシュカはドワーフの集落の外れに住む、ガラールを訪ねた。

 ガラールは誰もが思い浮かべるドワーフに一番近い、見本のような見た目をしている。


「お待たせ」

「……おお! 十数年振りくらいか? 久しいな。それにしても思っていたより掛かったな」


 ガラールは嬉しそうにルルシュカの訪問を笑顔で迎えた。


「本当、予想外にね」


 二人は、プーカが一年足らずで見つかるだろうと気楽に考えていた為、まさか十数年掛かるとは思ってもいなかった。


 当時のガラールは、黄金の杯で蜂蜜酒を飲むのを楽しみにしていたが、プーカが行方知れずになっていた事を噂で知った。

 違う噂で、ルルシュカが詩の蜂蜜酒が欲しいらしいと知り、それなら黄金の杯を対価にしようと、彼女の訪問を心待ちにしていたのが、インサニアの悲劇の後の事。


 やっと黄金の杯と詩の蜂蜜酒を交換できたルルシュカは、上機嫌でガラールの元を去り店へと戻った。

 

(ようやくだ。キミのくだらない企みも、やっと叶う時が来たみたいだよ、オリヴァー)


 ルルシュカは、魔法紙で作った伝書鳥を、アルウェウス国のグンゼ州にあるファーガス家のタウンハウスへ飛ばした。


 

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