敵討ち


 マーケットをグレアムと楽しんだ翌日、アランはまたルルシュカの店を訪れていた。


「……何しに来たの?」


 読書をしていたらしいルルシュカは、怪訝そうに眉根を寄せて、広げていた本を閉じた。


 ここに来る事は頻繁ではないが、客に出会ったのは更に少ない。

 

 妖精なので気にする事もないのだろうが、アランはこの店はあまり人気がないのかもしれない。と哀れむ視線をルルシュカに向ける。


「ちょっと、勝手に哀れまないでくれる?」

「……。呪いの件を聞きに来たんだよ」

「ああ」

 

 そういえばそろそろか。


 ルルシュカはアランの失礼な視線は無視して、バックヤードから道具を手に戻ってくる。

 出て来たのはジンジャーブレッドマンを模したような人型のぬいぐるみで、そこには何とも言えない、ゆるい顔が刺繍され間抜けな顔つきをしている。


「え? マジでこれ?」

「何が?」


 何が?ではない。


 手のひらサイズのぬいぐるみは、指で触ると柔らかいが、胸の辺りには硬い何かの感触と、紙がヨレる音が聞こえる。


 ぬいぐるみは縁取る様に周りを糸で縫い付けられ、背中には縦に布が重なり左右互い違いになるように縫い付けてあった。


「そこに、入手した相手の一部分を入れるんだよ」

「なんでもいいんだよな」

「身体の一部ならね。血の場合は何かに染み付いた状態でもいい」


 本当にこの人形が?とアランはまだ半信半疑で、間抜けな顔の人形を眺めている。

 

「そしたら?」

「煮るなり焼くなり串刺しにするなり、ご自由に。でも痛みを加えられるのは一回だけだから気をつけて」

「これで死ぬのか?」

「キミがその人形に何をするかの度合いによる。例えば腕を切り落とせば、対象の腕も落ちるけど即死はしないよね。因みに、成功すると顔が笑顔になるよ。11リタね」

 

 娼婦から病気を移されて買う薬は、10リタかそれ以上。病にもよるが、種類によっては放置すれば容易く死ぬ。

 でも死ねば遺体は高くても5リタにしかならない。

 

 凄腕のヒットマンに殺しを依頼すれば、この人形が最低でも五体は必要になるだろう。

 

 命の価値は手持ちの金で決まるが、死んだら価値など無に等しい。

 そもそも妖精に命の概念はないのだろうか……。


(まぁ……人間の誰が死のうが、生きようが、興味ないんだろうな)


「ふーん。じゃぁさ、相手が既に死んでたら?」

「体の一部を入れた時に泣き顔に変わる。生存しているなら、怒った顔に変わるよ。呪いが成功したら、必ず成功した日から一日以内にここに持って来てね」


 リンとベルがなり、風の妖精シルフが店を訪れる。

 

「あらー、グッドタイミング? お待たせー」

 

 アランはシルフから追加資料を受け取ると、スクロールも合わせて買い足し、預けていた残りの金も受け取り店を後にした。


 ◇◇◇


 銀行襲撃予定日、当日。


 開けた首都のメイン通りは、週末は歩行者天国になる。

 シルフの情報によれば、あと十分程度でこの通り沿いにあるメガバンクが襲撃に会う予定だ。

 

 もう半月も過ぎればこの国は夏季に入る。気温は心地よく、天気は快晴。風は少しあるが、この距離なら問題ない程度だろう。


「ねー。……約束と違くない?」


 そう苦情を入れる彼女の片耳には、ルルシュカ自作のイヤホンが付けられており、アランが借りている指輪に似た物がシルフの左手を彩っている。

 

 これのお陰で、彼女はアランの世界でも能力の一部が使える。

 

「何がだよ。ご希望通りに女装してやっただろ」


 一方のアランの右耳には青灰色あおはいろのピアス。今日はウィッグをポニーテールに纏めて、シャツとパンツスタイル、腰には羽織り物が巻かれ、足元は編み上げブーツで準備はバッチリだ。


 メイクも、サービスだと気合いを入れて今流行りのメイクを施してきた。

 だが、その顔はシルフが大好きなものではなく、街でよく見かける量産型をしている。


「前のがよかったー」

「うるせー。静かにしろよな。あとで買い物行くんだろ、そん時な」

「もぅ! 絶対よ!」

「へいへい」


 見た目は量産型女子だが、声は素のまま。


 アランは従業員の出入り口がある二番通り側、対側の建物の屋根の上からリチャード一行が来るのを待っていた。

 

 腕の時計を確認。もうそろそろ銀行が閉まる。そうすれば奴らが現れる。


 この日の為に、ブローカーから買い上げたセミオート式のスナイパーライフルを屋根の上で寝そべって構える。購入するのにルルシュカから引き取った財産が結構減ったが、今回ばかりは気にならなかった。どうせ事が済めばすぐ売りに出す。


 裏道に車が止まった。


 覗くスコープに映ったのは、待ち望むギャング団ではなく、――グレアムだった。


「はぁ!? 何であいつがここに?」


 アランはスコープから顔を上げてシルフへと苦言を呈す。

 

「あらぁ? アルっち知らないの? 今日襲撃される銀行はヘイス家が運営してるのよ。あのお坊ちゃんはヘイス家の次男坊で、銀行運営の勉強中なの。そんな事も知らないなんてあなた達、お友達じゃないの?」


(何でそれを今言うんだよ!?)


 喉元まで上がった言葉を、アランは飲み込んだ。


 それを今言ったとこで事態は良くならないし、相手は所為妖精だ。指摘しても、だから?と言われて終わりだろう。


 そうこうしている間に、グレアムが乗ってきた車は彼を残して走り出し、違う一台の車が少し間を置いて銀行の前で止まる。


 アランは慌てて体勢を整え、スコープを覗き込む。


 車の搭乗者を確認すれば、左側後部座席に見知った顔を見つけた。

 車にはリチャードの他に三人。シルフの情報の通りだ。


 タイミング悪く、緩やかに吹きつけていた風が強くなるも、気にする事なくアランは照準を合わせて息を止めた。

 

 パァン!

 

 賑わう街に銃声が鳴り響き、メイン通りでは悲鳴が上がる。


 アランの撃った銃弾は、車を降りたリチャードの右肩に命中したが、致命傷を負わせる事は出来なかった。間髪入れずに銃声がもう一発鳴り響く。一行は銃を構えると、リチャードが撃たれた方向を警戒するもアランの姿は発見できないでいる。

 

 二発目はリチャードの左腰に命中したが、防弾チョッキを着ており与えられたのは衝撃だけだった。


「おい! シルフ! この風どうにかなんねーの!?」

「えー。なーに? 風?」


 シルフは左手を軽く振れば、あり得ない程の強風が街を吹き抜けていく。表通りでまた悲鳴が上がる。


 その強風に、ギャング団も動けなくなりその場にしゃがみ込む。アランも飛ばされまいと必死に屋根にしがみついた。

 

「あ! 間違えちゃった!」

(マジで妖精こいつら……)

 

 てへっ!と笑うシルフがまた手を動かせば嘘のようにピタリと風が止む。

 

 ギャング団は体勢を低く取り直すと、こちらに威嚇射撃しながら運転役の男を置いて一行は銀行の裏口へと走って行く。

 アランは追撃しようとスコープを覗き発砲するも、弾はリチャードの足元をかすめ、建物へと姿を消した。

 

「警察は?」

「ちゃーんとこっちへ向かっているわ。応援も呼んでね」


 この時間、巡回している警官がここまで到着するのには二十分程度かかる。

 概ねの時間が分かったのもシルフのお陰だった。

 

 事前にアランは巡回中の警官を捕まえ、銀行付近で喧嘩が起きていると騒ぎ立てたのが十五分程前の事。銃声も上がったのだ。確実に警察はここへ来るだろう。

 

「助かる。じゃ後でな」

「行ってらっしゃーい」

 

 アランはライフルをそのままに、スクロールを破ると銀行の裏口前へと人知れず移動した。

 

 開け放たれたままのドアからそっと中を伺い見る。中には壁際に向かって一列に並ぶ従業員と、グレアムの姿があった。

 

 ギャング団が金を鞄に詰め込み終わるのも時間の問題だ。

 

 アランは建物と建物の隙間から見えるギャング団の車の後輪を、愛用のリボルバー銃で撃ち抜いた。

 室内に起こるざわめきと「おい! 様子見て来い!」と言う指示の声が聞こえる。

 

 車のタイヤを確認しようと降車した男が通路先からアランを見つけ銃を向ける。


「おせーよ」


 アランは運転手の男の胸を撃ち抜いた。

 

 そのまま再度ハンマーを起こして、トリガーを少し引き、店内から見張り役が出てくるのを待ち構える。

 出て来た男は、ちらと姿を現すとほぼ同時に頭を撃ち抜かれその場に崩れ落ちた。

 

「何が起こってる!?」

「金は全部詰め込んだ! 逃げるぞ」

「おい! そこのお前、こっち来い!」 

 

 ものの数分で金を詰め込んだ一行の声に、アランはハンマーを起こす。

 どうやら人質を立てたようだが、どうせ知りもしない人間だ。アランには関係ない。


 真っ先に出て来たのは、両手をあげ首を腕で押さえられ、米神に銃を突き付けられている――グレアムだった。


 一緒に出て来たのはリチャードだ。肩を撃たれた痛みは無いのか、ガッチリとグレアムを盾にしている。


(んであいつ人質になってんだよ!?)

「女!? 目的は知らねーが、残念だったな」


 リチャードは、アランの姿を見て驚きこそしたが、そのままグレアムを盾に車へと後退りしていく。


 目の前にはジャックを殺した憎い男がいる。だが、ここで撃てばグレアムに当たる可能性もある。

 銃を握る手に力が入ったが、トリガーにかかる指はそれ以上進まない。


 恐怖に顔が歪むグレアムがこちらを見つめている。アランの脳裏には先日の楽しかった記憶がチラ付き、引き金を引く邪魔をしてくる。

 

(あいつが死んだって別に関係ないだろ! 撃て! 撃つんだ! 動けよ! チャンスなんだぞ!)


 次いで出て来た仲間は、アランへ銃口を向けつつリチャードへ続いていく。


 結局、アランは引き金を引けなかった。


 呼びつけていた警察が到着し、あっという間に取り囲まれたリチャード達は呆気なく捕まり、グレアムは保護された。

 

 アランは大慌てで銃を仕舞い腰の上着で隠すと、ピアスを外した。警察車両に乗り込んでいくリチャードを、ただジッとアランは見つめていた。

 

 姿が見えなくなると、ポケットから取り出したハンカチで地面に落ちる血痕を拭き取る。


「君、何してるの? 関係者?」

「……ピアスを落としてしまって」


 キリリとした女性の声で答える。上下に手を振りハンカチをピアスに変えて、警官に青灰色のピアスを見せた。


「僕の友人です。この後一緒に出かける予定があって、ここに来てもらってたんです」


 警官の背後から声をかけたのは、グレアムだった。首に赤い痕は残るが、見た感じ怪我はなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろすアランだが、グレアムの言葉の意味を計りかねていた。

 

「そうでしたか」

「従業員は中に。事情聴取は彼らにお願いします」


 警官は敬礼を行うと、転がっている死体を引き上げたり、中の従業員に話を聞いたりとテキパキと仕事をこなしていく。

 

 こちらに向き合うグレアムは、口を真一文字に強く結ぶ。その表情は、今にも泣き出してしまいそうで、サファイアの瞳は悲しみの色が滲む。


 グレアムは、先ほど自分を人質にとっていた男を殺そうとした女の顔も、特徴も覚えてはいなくて、目の前には、紫の瞳の美女がいる。


「アラン、でいいのかな……。何でここにいるのかとか、その格好はとか、どうでもいいんだけどさ……」


 グレアムの手が強く握られる。絞り出された声は震えて掠れ、目尻がジワジワと滲んでいく。


「そう、どうでもいいんだ。君が……もしかしたらジェラルド卿の屋敷を訪れたリュカでも、世間を騒がす亡霊ファムトムでも、エレノアが出会ったスリだったとしても……。誰だっていいんだけど」


 とうとう頬を濡らしたグレアムは、ギュッと瞼を強く閉じて下を向き、その言葉の続きを詰まらせた。

 一方のアランは、(流石にバレるか……)と内心で小さくため息を吐いくと頭を掻いた。


「僕は、これからも君と……仲良くしたいと思ってるんだ。……でもそれって、おかしな事なのかな?」 


 思ってもなかった突然の話に、ポカンと口が開いた。

 驚きはしたが、周りの目もある。アランはきちんと見た目通りに女性の声と話し方を意識した。

 

「急に?! 今!?」

「僕だってそう思うけど、仕方ないだろ! 今言っておかないと、君ともう会えなくなるんじゃないかって、急に、なんか……不安になって……。だから」

 

 グレアムはエレノアの調査から、紫の目の人物を探していた事を話した。その話しまではエレノアから聞いてはいなかった為、ロバートの店で改めて出会った時の双子の態度の意味を、アランは今ようやく理解する。


 アランは頭を抱えると、深い、それは深いため息を吐いた。

 エレノアの時にルルシュカの企みが分かって来たと思ったが、双子がここまで自分の事を調べていたとは……。

 

「私だって、おたくらがヘイス家の人間でも、関係ないって思ってるけど?」


(……知ったのはついさっきだけどな)

 

「やっぱり知ってたんだ。はは……。僕達、なんか変だね……」


 鼻水を啜りながら、グレアムは嬉しそうに笑った。


「話したい事はまだあると思うけど、とりあえず今日はこれで。人を待たせてる。グレアムもこれから事情聴取とか色々あるでしょ」

「そうだね……。ねぇ、明日ランチ行かない?」


 グレアムのフットワークの軽さにビビりながらも、アランにどうせ予定はない。尚も不安そうな表情のグレアムに、首都に行く際の車で話した事を思い出す。

 

「前に言ってた喜劇は見ないの? まだ、あなたにカードマジックも披露してないわ」

 

 ニヤリ。揶揄うように笑う美女に、グレアムの暗かった表情は徐々に晴れやかな晴天に変わった。

 

「それは絶対見たい! チケットも取っておく! 約束だよ」

「分かった。とりあえず昼にロバートの店の前で会いましょ」


 軽く手を振ってその場を離れたアランは、屋根に戻り放置していたスナイパーライフルを回収した。


 銀行を見下ろすと、グレアムが警察と対峙しているのが見える。アランは自分の両手の平をジッと見つめた。

 

 なぜ引き金を引けなかったのか……。


 自分の感情がが分からないアランは、多分あのムカつく妖精とのやり取りがまだ残っているからだ、と自分を納得させた。


 そうでなければ、十数年一緒に過ごしたジャックではなく、たった数回会っただけのグレアムを選ぶ訳がない。

 ライフルを背負い直すと、アランは一旦自宅へ飛び、荷物を持ち変えシルフとの待ち合わせ場所へとスクロールを破った。

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