双子との再会


 ルルシュカの仕事の手伝いをした後、シルフからは報告書を、ルルシュカからは家具の購入費分を受け取ったアランは、家の引き渡しを一週間後に控えていた。

 

 ロバートの勧めでインテリアコーディネーターを紹介してもらい、今日がその紹介者との約束の日だ。

 

 置くものはベッド位しかない。あと強いて言えば簡易的なデスクセットだろうか。

 

 別に寝れれば何でも良かったが、『何でもいいなら、絶対オススメだよ。ダリルさんのお礼だ。僕が雇うから、アラン君は気兼ねなく付き合ってもらいな』とのロバートの好意に、そこまで言うならとアランは承諾した。


 待ち合わせはロバートの店。なんだかすっかり常連の気分だ。行き慣れた店に足を運べば、そこには双子が居た。

 

「君、前にエレノアを助けてくれた……」

「あなた、あの時の……」


 サングラスをしていないにも関わらず、双子はアランが分かった様だ。二人はサファイアの瞳をまんまるに見開き、二人揃って恐ろしい物でも見たように口に手を当て震えている。


「「今日は宜しくお願いします」」


 直角におられた腰に、アランは呆然と双子を眺める。

 

 人違いじゃないかと、事務所の影で様子を見守っていたロバートに視線を寄越すも、ロバートは嬉しそうにグッと親指を立てるだけ。その仕草は意味不明だが、どうやら雇ったのはこの双子のどちらかで間違いないらしい。

 

 ここで初対面のフリをすべきか否かアランは迷った。

 どうしたものかと頭を掻いていると、夜空の星にも負けない煌めきで双子はアランを見つめ、こちらからの言葉を待っているのに気がつく。

 

 面倒臭くなったアランは盛大にため息を吐いた。

 

「……どーも。つか、あんたらロバートと知り合いなんだ?」


 首の後ろを右手で摩りながら、アランは一言挨拶をした。そう言えば前にも店に来ていたのを思い出した。


「ええ。いつも私達の仕事でお世話になってるの。改めまして、エレノアよ。アラン、よね。ロバートさんから聞いてるわ。それにしても凄い綺麗な瞳ね。よく言われるでしょ?」

 

 花が開花するように顔を綻ばせたエレノアに対して、何とも言えない態度のアランは気まずそうに頬を掻いた。ルルシュカに言われたが、気持ちはそんなに簡単には切り替わらない。


 やはり初対面という事にしておけば良かったか。


「アランだ。普段はサングラス掛けてるからあんま言われねーよ」

 

 差し出された手にそっぽを向きながら、華奢な手に軽く手を重ねる。


「僕はグレアム。今日はエレノアがお世話になります。僕はロバートさんに用事があってここまで一緒に来たんだ」

「て事は、あんたがコーディネーターか」

「そうよ。今日は宜しくね」

「今日はいい家具が見つかるといいね。あ! アランはさ、首都で毎月開催される巨大マーケットって知ってる? 月初にいつもやってるんだけど、良かったら次のマーケット一緒に行かない?」

「グレアムだけズルいわ!」

「エレノアはその日仕事だろ」


 エレノアはむぅ……と不機嫌に顔を歪める。

 

 首都で初月、巨大マーケット。


 グレアムの話は、アンティークジュエリーを中心としたマーケットの事で間違いないだろう。知ってはいたが、行った事はなく興味もあるし、接点が増えるに越した事もない。


 グレアムからの提案に「前から興味あったんだ」と承諾した。


 凄く嫌がられるかと身構えていたグレアムだったが、好感触の反応に「いいの?!」とつい声が大きくなる。


「行かねーの?」

「行くよ! 行く行く! ありがとう!」

 

 待ち合わせの場所を決めてると、グレアムは「もう楽しみだ」と上機嫌になる。

 

 三人で事務所に入ると応接室の席に座り、グレアムは「楽しんできてね!」とロバートと外へ出て行った。


 エレノアは持って来ていたカタログブックを鞄から取り出すが、アランは置かれていた今朝配達されたばかりの新聞が気になり手を伸ばした。


「これだけ読みたい」

「良いわよ。その記事、衝撃的よね」


『人気ファッションデザイナー逮捕』


 盗掘された遺体を頻繁に購入。自宅や別邸には、遺体を使って創り上げた「記念品」多数。

 州当局が発見した事により発覚。


 紙面を飾る見出しと写真。なんの根拠もなく、突然州当局は捜査しない。どうやら、ダリルがをして、マーシャ・ロスは逮捕されたらしい。


 流石は紅茶王、という所だろう。金も権力も貴族並みにある彼なら、犯人が見つかればその後の処理は容易い事の様だ。


「ふーん……。サンキュ、それで?」

「出かける前に、好みを聞いておきたいの」

「……そーいうの、よくわかんねーし」

「ちゃんと提案するから大丈夫よ」


 エレノアはアランの好みを絞り、予算を聞いて希望に合う家具屋を頭の中でピックアップしていた。

 

「じゃぁ行きましょうか」

「店はいいのか?」

「今日は奥に人がいるから平気よ」


 エレノアは事務所に顔を出すと、最近復帰した事務員に声を掛けて店を出た。


 家具屋は全部で三件回ると言うエレノア。一軒目はここから十五分程行ったところにあるらしい。

 

「スリは見つかったか?」


 普通ならまずはこの話題だろうな。とアランは話題を振った。

 まぁ、自分はここにいるのだが。


 出かける際にかけたサングラス越しに、横に並ぶエレノアを見遣ると、彼女は一瞬目を大きく見開いていた。

 

「捕まってないわ。時計を盗られたから被害届けは出したけど。たぶん捕まらないでしょうね」


 まさかアランからその話を振るなんて。とエレノアは驚いたが、話題として振るのはおかしくはないか。と内心で納得していた。


 エレノアは心の中で疑いの目をアランに向ける。目の前の麗人はリュカで、亡霊ファントムだろうか?それとも亡霊とはまた別人だろうか……、と。


「なんで捕まらないと思うんだ?」

 

 彼女の時計は国外に売られるだろう。盗品はすべからくそうだ。


 ジョシュアがあの時計をどうするかは不明だが、その辺りに売りに行くとは考え辛い。

 ブローカーに売られ、国外へ内々で持ち出される。余程の事が無ければこの国であの時計が見つかる事はない。

 

「お兄様が買ってくれた大切な物だったけど……。私、絶対に犯人は亡霊ファントムかその仲間だと思うの! だから見つからないと思ってる。でも、亡霊と知らぬ間に出逢ってたって考えると、むしろ時計をしていて良かったって思えるわ!」


 エレノアは犯人が男という事以外覚えておらず、盗品がはっきりしている時計の被害届けしか出せなかったと続けたが、エレノアはどこか興奮気に自論を披露した。


「亡霊?」

「知らないの?!」

「新聞で記事を読んだ事はある」


 嘘ではない。いつも週間新聞はチェックしているし、たまに派手にやらかした事件が乗れば簡単には目を通している。


「私も! 亡霊の事件は必ずチェックしてるの」

「ふーん? 追ってどーすんだ? 捕まえるとか?」

「違うわ。どんな人物なのか知りたいっていう好奇心……かしら」


 そう話すエレノアの瞳は、まるで憧れの人物の事を話しているように、色々な感情が混ざり合っていた。

 

「なんだそれ。知ってどーすんだよ?」

「どうって……。どうもしないけど。でも少し前から、亡霊かその仲間の人にお願いしたい事が出来たの。それに、もし良い人だったら足を洗う手伝いもしたいし、出来たら友達になってもらうのもいいかなって」

「はぁ?」


 エレノアのぶっ飛んだ発言に、アランは意味が分からず辟易する。

 どうやらエレノアが亡霊のファンだと言う事はわかったが……。


 お願したい事とは何だろうか?もしかして、そのお願いとやらが、妖精の立てた計画に関係しているのだろうか?


 だが亡霊とのあだ名のつく事件は、強盗が中心だ。


「お願いってなんだよ? なんか盗みたいものでもあるのか?」

「まさか! 違うわよ。お母様の目を治してってお願いするのよ」

 

 エレノアはそれから、ジェラルド邸で起きた事を簡単にアランに説明し、リュカの事を覚えていない点から、彼が亡霊と関係があると睨んでいるという。

 

 何故知っているのか。エレノアの恐ろしい情報網に、何者なのかと恐々戦線したものの、確かに目が悪いならリュカの話しは飛びつきたくなる内容だ。と納得した。


 あの妖精が言った『撒き餌』とはこの事か。

 

 当たり前だがこの双子の事をあらかじめ知っていたのか……。

 実はシルフの情報収集能力が一番凄いんじゃないかと、アランは思い始めていた。


「あんた……そんな話信じてんのか?」


 妖精との繋がりがある自分の事は棚に上げて、アランは頭がおかしい相手を見るかのように、渋い視線をエレノアに向ける。


「ちょっと、そんな目で見ないでくれる?! 私は信じるわよ。事実、目撃者もいるんだもの」


 金欲しさに嘘の情報を掴まされたとは考えないのだろうか?とは思うが、まぁエレノアの情報網なら、真偽はすぐに確認出来そうだ。

 

「ふーん……。まぁそう言う事にしてやるよ。あんたの母親、目が悪いのか?」

「悪いんじゃなくて……見えないの。先天的な視覚障害なんですって。でも、もし叶うなら私、どうしてもお母様に見せたい絵があるの」

「絵って、絵画のことか?」

「そう、絵画。オリヴァー・ファーガスっていう、有名な画家が描いた絵よ。ルベライトの乙女って聞いた事ない?彼の代表作の一つなのよ」


 昔何度かジャックに、社会勉強だと連れられて美術館へ行った記憶があるが、ルベライトの乙女も、その話題も聞いた事はない。


 物知りなジャックが知らないとは考えられなかったが、アランの記憶にはそれらしい物はない。

 だが、オリヴァーという名は、何処かで聞いた事がある。気がする。

 

「ルベライトの乙女は知らねーけど、オリヴァーって名前は……聞いた事がある気がする……」

「アランはまだ彼女に逢っていないのね。きっと一目で恋に落ちるわ。当時子供の女の私でもそうだったもの。オリヴァーは、ファーガス家がグンゼ州で領地運営もしてるから、そっちで聞いた事があったのかも。とは言っても、十年以上だったかしら? 随分前に亡くなってるけど」

「ふーん」

 

 グンゼなら元々住んでいたエリアだ。それなら聞いた事があるのも納得できる。

 

「そういえば、アランはずっとこの街に住んでるの?」

「いや、前はグンゼ州にいた。少し前にこっちに来たんだけど、家を買えるタイミングがたまたま出来たんだ。この地区がここら辺では一番首都に近いだろ」


 リュカが勤めていた賭博場はグンゼにある。エレノアは頭の中で、少しづつアランがリュカであると確証を強めていた。

 

「確かにそうね。でも、それなら仕事はどうしたの?」


 心なしかエレノアの表情は興味津々にも見えるが、仕事など聞かれても困る。アランは無職だ。それに生活の為とはいえ、今更ダルい仕事をするというのも考えられない。

 

「……考え中。やりたい事がないんだ」

「とば……じゃなくて。そうなのね。やりたい事かぁ。確かにそれは難しいわよね。ねぇ! モデルとかはどう?」

 

 賭博場ではもう働なかいのか?エレノアはそう聞きたかったが、突然そんな事を聞かれたら警戒されるに決まっている。

 アランは顔がいい。男性にしては少し背が低く小柄ではあるが、それでも体つきも申し分ない。


「モデル?」

「そう、ファッションモデル。私もやってるのよ。自分の店もだし、他のブランドからも声を掛けて貰える事もあるわ。アランなら結構色んなジャンルの洋服を着こなせると思うんだけど」

「服は好きだけど、モデルは興味ねーな」


 今までの生活の事もあってか、あまり目立つのは避けたいという心理がアランにはあった。

 賭博場で初めて人生で目立つと言う事を体感し、チヤホヤはされたが結果は良くなかったからだ。


 それにしてもエレノアは自分で事業をしているのか。やはり上流階級か貴族なのだろうなとぼんやりと考える。


(仕事ねぇ……)

 

「ヒモにでもなるかな」

「ヒモって……。なら、どんな女性ひとがタイプなの?」


 エレノアの質問を「さぁな」とはぐらかし、意地悪く笑ったアランに、その笑顔は反則じゃない!?とエレノアは手で口元を覆った。

 

 私生活は全く持って未知ではあるが、数多くの女の子をたぶらかして来ていたのかもしれない。

 彼なら有言実行出来てしまいそうだが、性格が悪い可能性は否定出来ないと、出会った当初のアランをエレノアは思い出した。

 

 あっという間に到着した家具屋。

 エレノアは雑談を切り上げ、アランにおススメの家具を紹介していく。


 それから順調に三件回ると、アランは考えた事もない事に力を使い、すっかり疲れ切っていた。

 

 一番初めに訪れた店の雰囲気も良かったからと、その店で家具を購入する事にする。一週間後の引き渡しの日に搬入に持って来てくれると言うので、予約を入れて目的は完了。


 アランはエレノアと分かれると、寂しくなった手持ちを増やす為、ピアス片手に昼で賑わう大通りへと足を運んだ。


 

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