捜索開始
魔法商店から宿の部屋に戻ったアランは、過去に死体盗掘に参加した時の事を思い返していた。
盗掘された遺体の殆どは金持ちの医者や、医大が買い取り、解剖の授業や研究に利用される。もしくはオークションにかけられ、芸術家やコレクターに買い取られるかのどちらかが多い。
イヴの右手をコレクターが持っているなら、自宅に直で繋がる可能性が高い。
現在の時間を確認すると、短針は三を指そうとしている。一般的には外出している確率が高い時間だ。
アランは右耳に
教わった通りに、数年前にブロマイドで見たイヴの顔を思い出しながら、イヴ・アーデンの右手と紙に書き込み赤い糸を切った。
紙は蝶に姿を変えると、開け放たれた窓ではなくドアにとまった。途端に心臓が跳ねて煩くなる。
慎重にドアを少しだけ開き、僅かに開かれた隙間からその先を伺う。
隙間からはデスクセットとその奥にバルコニーが見える。やはりどこかの部屋の様だ。蝶が隙間を縫って部屋に滑り出ると部屋の中を進んでいくが、死角に入ったらしく姿は見えなくなってしまった。
「あーっもう! 遅刻する!」
女の声だ。ドアが開いて居ても問題は無いのか、同じドアを介して女がアランをすり抜け部屋へと入って来た。
赤い髪を顎先辺りで切り揃えた女は、三十代前半位だろうか。最新のファッションを着こなす彼女はひどく焦っている。
「ヤッバ! もうこんな時間?!」
腕時計を確認した女は、デスクの上に置かれた鞄を掴むとまたドアをすり抜けていく。どうやらこちらの姿は見えないらしい。
背後から鍵の掛かる音が聞こえた。
秒針を眺めて数分待つも、戻ってくる様子はない。タイミングが良かった事に安堵し、胸を撫で下ろすと部屋にそっと足を踏み入れる。
十畳ほどありそうなワンルームは、併設されているバルコニーから陽が部屋に入り込み、昼過ぎと言うこともあってか室内は照明が不要なほどには明るい。窓の一つは換気用に少しだけ開けられていた。
壁際には背の高い本棚が並ぶ。対面に置かれたデスクの上には洋服のデザイン画がいくつか重なり、壁にも何枚か貼られている。
(このデザイン、どこかで見たな……)
壁に貼られている一枚のデザイン画に視線が止まる。用紙の隅には『ヴァイス掲載』とメモが書き込まれている。
(と、いけね!)
再度部屋を見渡せば壁に並ぶ本棚の中段に蝶を見つけた。蝶がとまった手は、何かを下から支える様に形作られ、指や手の平には色とりどりのジュエリーが飾られている。
(ぅへぇ……。悪趣味にも程があるだろ)
恐らく、初見でこれが本物だと言われても気づかない程に状態が良かったのは、皮肉にもエンバーミングのお陰なのかもしれない。
他の段には、頭蓋骨や顔の皮を剥いで作られた仮面、×××が切り取られ額縁に入た標本など、買ったのか、はたまた自作か……。異色のコレクションが本に混じり所々に飾られ、物によってはブックエンドとして置かれ、アランはこの部屋の主のイカレようにようやく気がついた。
ガラス瓶に入れられた複数の目玉の一つと目が合うと、流石のアランも背筋がぞぞっと粟立った。
(やっべ!)
解錠される音だ、誰かが帰って来る。部屋に隠れる場所は無い。
「ぅあーー、もう! 最悪! 何処置いたっけ?!」
鍵を置く音と、女の声がドアの奥から聞こえる。
アランは大急ぎでデスクに置かれたペンを一本拝借しポケットに入れる。
窓をなるべく早く、かつ音がしない様に丁寧に開閉しバルコニーへ飛び出すと、転落防止の手摺りを軽々と乗り越えた。
飛び込える瞬間、自身が入って来たドアが僅かに開いたままだと気がつく。
足音が部屋に入り込んで来た。落下防止用の手摺りの根本を掴む手は、バルコニーに出てこない限り見つかる事はないと願いたい。
部屋はどうやら最上階の部屋らしい。足の下に見える地上はとてつもなく遠く、下の階の手摺りでさえ遥か下にある様に感じる。
幸いにも中庭タイプのアパルトマンではないようで、他の住人に発見されるリスクは少なそうだ。
(早く、出てってくれ……)
まだ一分も経ってないだろうが酷く長い時間に感じる。この後どう登るのかを忘れていたのは空き巣の経験がないからだと、どうでもいい事に意識を取られていると、「有った! もー遅刻する!」と焦る声が辛うじて聞こえる。目当ての物を見つけたらしい。
足音が遠のくと玄関の施錠の音が僅かに聞こえ、アランの腕も限界を迎えた。
「痛ってぇー」
空中で破ったスクロールにより宿の部屋へ戻ると、ベッドに倒れ込み悲鳴を上げた。
徐々に腕の痛みが引いていくと、忘れないうちに鋏にお礼を伝える。
恐らくだがあの家主、忘れ物に戻ってきた際に誰かが部屋に侵入した事を察している……気がする。
部屋の前、一旦ドアの前で止まった足音と、そこから部屋に入るまでにかかった僅かなタイムラグ。出かけ様に、部屋のドアを閉める音がしなかった事からアランはそう推理立てた。
もしかしたら、ドアの違和感から、バルコニーの鍵が空いていたのも気づかれた可能性も考えられる。
「だとしたら……結構な警戒心じゃねーか」
とりあえず、あの家主がどこの誰で、どうやってダリルに彼女が犯人なのかを提示するかを考える必要がある。
このペンの持ち主を探せば犯人は分かるが、写真機はまだ一般的な物ではないし、手に入れたとしても大型で持ち歩くのも一苦労だ。現実的ではない。
(どーすっかな)
それにしても、あの家にはイヴの右手以外にもコレクションがある。
仮にイヴの手を盗んだとして、あの家主はどうするだろう。通報する?それとも泣き寝入りするか?
イヴの一件から遺体所持は違法という法案が可決された。
となれば家主が警察に駆け込む事は考え難い。それに折角ならすぐにバレるのもつまらない。
あれだけの騒動になったにも関わらず返却しなかったその神経に、よく分からない苛立ちを感じる。
(いい事思いついた!)
アランは家主探しよりも先に、死体盗掘時に何度か仕事を共にした男の元を訪ねる事にした。
同日夜。
数ヶ月振りのヴェルデ領だが、殆ど変わらない街並みにアランは懐かしさを感じる事もなく、街灯が灯るストリートを舞い飛ぶ蝶を追っていた。
少し先、パブに入ろうとしている一人の男の肩に蝶がとまると、アランは駆け足で店へと向かって行った。
「ジョシュア、
中年の男、ジョシュアは一人でテーブル席に座っており、アランはカウンターで受け取った酒を片手にジョシュアの向かいに腰掛けた。
少し長い黒髪を後ろで束た、痩せ気味の中背にヘーゼルのタレ目。変わらないその姿にアランはニコリと笑いかける。
ジョシュアが本名か偽名かは知らないが、お
「名前は覚えてねーけど、その目は覚えてるぜ。三年ぶり位か? 今更俺に何の用だ?」
「突然悪いな。十八前後の女の右手が欲しいんだ。華奢で綺麗なヤツが良いんだけど」
エレノアから
「いくら払える」
「13リタでどうだ?」
死体の売値は高くても3から5リタで取り引きされる。さらに言えば女、子どもの遺体は男に比べて安価になる為アランの言い値は破格の値段だ。
「んなピンポイントの商品あるか――って言いたい所だが、お前、すげーツイてるよ。二日後、煉瓦倉庫の四番、夜中の二時だ」
「助かる。当日は代理人を寄越すよ。それと、専門の作家を紹介して欲しいんだけど、知り合いいる?」
「凄腕がいる。5リタだ」
「流石ジョシュア。頼りになる」
紹介料を支払うと、酒を一気に流し込む。時計を残して上機嫌に店を出ると路地裏でスクロールを破った。
◇◇◇
ダリルとの約束の期限まであと六日。
今日は右手の持ち主探しをしようと、青灰色のピアスを耳にしたアランは、ルルシュカに教わった人探しのお
魔法円の書かれた紙に『ペンの持ち主』と書き込んだ。拝借したペンを紙と合わせて結び、蝶々結びをして呪文を唱えて糸を切る。
蝶が現れると先日と同じ様にドアにとまった。恐る恐るドアを開くと、その先は部屋ではなかった。隙間から中の様子を伺うと、どうやらどこかのカフェの様だ。
ゆっくりと扉を開けた。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「いえ、待ち合わせで。先に来てるかもしれないので、探してもいいですか?」
「はい。どうぞ」
待ち合わせの相手を探すフリをしながら、店内を見渡して歩く。テーブル席で食事をしているカップルの女の肩に蝶が止まっている。
ドアの隙間から見えた、顎先辺りで切り揃えた赤い髪の女だ。楽しそうに会話をしながら食事を楽しんでいる。
「すみません。まだ来てないみたいだ。空いてる席、いいですか?」
「はい。お好きなお席にどうぞ」
(んで、俺が探偵の真似事しなきゃなんねーんだよ……)
近くの席についたアランは、注文を済ませてカップルの会話に聞き耳を立てる。
どうやら女はマーシャというらしい。話題は日常の下らない出来事や身内のネタ話し、仕事の愚痴など転々と変わって行く。部屋にもあったが、やはり仕事は服飾関係のようだ。
三杯目のコーヒーが飲み終わる頃には、話題はマーシャの異性関係に突入した。
(これ以上聞いていても無駄だな……)
有力な情報は名前くらいしかなかった。デザイナーにマーシャという名前、部屋で見つけたデザイン画の『ヴァイス掲載』という文字。ヴァイスは月刊のファッション誌の名前だ。
(マーシャ……。ファッション誌、掲載……)
うろ覚えだが、最近まとめて読んだ新聞のどれかに、ショーの成功を祝う記事があった気がする。
流石に雑誌のバックナンバーが置かれている店はないが、コーヒーハウスなら新聞は再度閲覧できる。
飲みかけのコーヒーをそのままに、アランはコーヒーハウスへと向かった。
(何杯飲むんだよ……)
先程とは違う香りのコーヒーに若干の嫌気を感じながら、店員へ記事の内容を伝え、該当の新聞を出してもらう。
初のファッションショー、大成功に終わる。
書かれた記事には、ご丁寧に記事の主役の写真も付いている。幸いにも犯人はそこそこの有名人だった。
流石にこの新聞を切り抜く事は出来ないが、一ページなら無くなってもすぐには気づかないだろう。
アランは店員の目を盗すんで、必要なページを頂戴した。
明日はジョシュアとの取引だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます