渋々始めた調査と準備


 ルルシュカによって、強制的にオルビス州のダグラス地区へ飛ばされたアランは項垂れていた。


 とりあえず腹が減ったし荷物も邪魔だ。今日答えを出しても、明日答えを出しても別に変わりはしないだろう。とりあえず先に宿を見つける事にする。


 今度はそこそこのグレードの宿を探した。机の上に荷物を置いてサングラスをかけ、遅くなった朝食を食べに近くのカフェに足を運んだ。

 

 食事中ずっと、今回のお試しをするかどうか考えていた。


 あの妖精の言う事を聞く事は心底癪に障る。それなら断ればいい。だが、そう思うとせっかく訪れたチャンス――かもしれない――を逃すのは勿体なく感じる。


 だが、出された無理難題に応える為のやる気はゼロなのも事実だ。


 悶々とする気持ちを抱えたアランは、ふとここで自分が協力しない。とえば、困るのはあの妖精では無いのだろうか。と思い浮かんだ。


 もし自分が妖精側ならどうするだろうか?


 アランは今回のお試しとやらを心底面倒だと感じている。恩返しといいつつも、何故自分が二十何人か、それ以上も居る貴族から一人見つけて、問題を解決してやらねばならないのか。

 

 ならば強盗に入った方が手っ取り早い。……とは言ったものの下調べはどのみちする。

 それに720リタを一日で稼ぐのなら、貴族の屋敷よりも宝石店を襲った方がはるかに楽で早い。

 

 あの助けたという黒馬が何者かは知らないが、昨日今日とあの場に居ない事、礼の伝言をルルシュカに残した点とを鑑みるとこちらに会う気まではなさそうだ。


 という事は、こちらがゴネた所で、あの妖精が上手く依頼主を言いくるめる事は可能かもしれない。


(クソッ)

 

 ……少しだ。少しだけ調べてみて、本当に途方も無い計画であれば、蜂蜜酒ミードは適当に別の所で捌けばいい。


 アランは最後の一口を詰め込むと、コーヒーハウスへと足を運んだ。

 

 コーヒーハウスはその名の通り、コーヒーを楽しむ社交場だ。

 コーヒーを一杯頼めば無料で新聞を閲覧できる。投資家の情報交換や商談を行っている事もあるれば、くだらない噂話程度の情報を手に入れる事も出来る。


 香ばしい焙煎の香りに満ちた店内。案内されたカウンター席に座り、コーヒーの注文と、この州の貴族に関する新聞や情報を依頼すれば、週間新聞が三ヶ月分と、最近発行のゴシップ誌が3冊カウンターに積まれた。

 

 アランはコーヒーを片手に、一番上にある新聞に手を伸ばす。


 ブリデット州、ギャング団との抗争に拍車

 女優ナンシー、復帰に意欲

 新型自動車発表

 墓荒らしは違法か?死体の所有権は?未だ論争続く

 相次ぐ食品偽装に被害者続出


 ペラペラと捲る新聞に求めている情報は見当たらない。最近の情報を収集するのにもいい機会だと、アランは新聞や雑誌の気になる記事も含め目を通していった。

 

 二杯目のコーヒーを飲み終わる頃、アランは全ての紙面に目を通し終えた。


 汚職にスキャンダルにパパラッチ写真と続く中、領主の一人、ジェラルド・ハーゲンの記事がアランの中で候補に残った。


 一人娘であるイザベラの乗る車がギャングに襲われ交通事故を起こしたという記事は、先月分の新聞から掲載され何号かに渡り続報されている。

 

 被害者のイザベラは来月に結婚を控えているようだ。重症を負ったとあるが、ジェラルドからは娘は軽傷だと発表されていた。

 

 婚約者はホルバイン家の長男。ホルバイン家と言えば伯爵家の末裔まつえいで、両地こそ持っていないが現在の警察の基盤を作った事で有名な家系だ。


「随分と熱心に見られてますね」


 掛けられた声に顔が上がる。

 カウンター越しには、爽やかな笑顔の男性店員のくすんだ青い瞳とサングラス越しに目が合った。

 

「商売を始めようか悩んでるところ」

「それは興味深いお話しですね。その記事に関する情報があります」

「頼む」


 内ポケットからリタ札を一枚取り出すと店員へ渡す。

 

「ありがとうございます!イザベラ伯爵令嬢を襲ったのは、ここ近年で悪名を好き放題とどろかせている、ファウラーギャング団なんです。記事にはなってないのですが、ジェラルド卿は長年続けていた麻薬の取り引きから手を引いたって話でして。その報復行為だって言われてます」


 店員の口から出てきた名前に、アランの目つきは鋭くなる。


「ソースは?」

「市民提供です」


 差し出された写真に写る二台の車。辛うじて見える同乗者に見知った顔があった。 


 アランが写真に手を伸ばすと、すかさず男の手が引かれる。


「金額不そ――って、ぇえ!?」

「……確かに、リチャードだな」


 引いたはずの証拠の写真はアランが持っており、しっかりと同乗者の顔を確認している。


「サンキュ」

「それは勘弁してくださいよぉ」


 返却された写真を渋々回収する男は、顔をしかめてアランに報酬を強請る。からかう様に笑うアランが札を三枚出せば、店員の顔はパッと明るくなった。


「イザベラの容体は?」

「重度の大火傷を負ってるようです」

「助かるよ。ごちそーさん」


 アランは札をカウンターに置くと店を出た。


 散々迷ったがリチャード絡みなら話は別だ。しかも結婚相手はホルバイン家。となると、ジェラルドの今までの悪事を揉み消す取引も有り得そうだ。


 イザベラとやらを結婚式に出してやれば、ファウラーギャング団は裏切り者のジェラルドへの報復は失敗に終わり、ジェラルドの悪事も闇に消える。

 割を食うのはファウラーギャング団のみ。


 面倒だと思ったが、確かにあの妖精の言う通り簡単なお試しになりそうだ。

 アランは足取り軽くジェラルドの屋敷へと向かった。

 

 ◇◇◇

 

 ガヤガヤと騒がしいパブの店内。バーカウンターには空になったグラスがいくつも並ぶ。


 コーヒーハウスを出て、ジェラルドの屋敷に潜り込みんだアランは、屋敷の人事やポイントとなる人物のスケジュールを把握し、その中から二人ピックアップした。


 偶然を装い声を掛けた一人目のターゲットは簡単に引っかかった。アランはその人物が戻るのをカウンター席で待っている。

 

 手洗いから戻って来た金髪に碧眼の少女は、覚束ない足取りだが、アランを見るなり嬉しそうに駆け寄り席に越しかける。


「お待たせぇ」

「悪い男に連れ去られたんじゃないかと心配したよ」


 ご機嫌で隣に座る少女に、アランは思ってもいない事を心配そうに眉根を下げて口にする。

 少女の頬に手を添えるオプションも追加して。


「それってぇ、あなたの事かしらぁ?」

「さぁ、どうかな」


 きゃっきゃっとはしゃぐ少女は、アランの骨ばった手に自身の手を添える。その姿にそろそろ辟易してきたアランは、スルリと手を離し頬杖をつくと席を立つ前の話題を振り直す。

 

「それで?」

「なぁにぃ?」

「さっきの続き、話してくれないの?」


 二人の間には甘い雰囲気が漂う。アランの子犬の様な悲しそうな表情に、隣の少女はキュンとハートを鷲掴みにされている。

 

「もぅしょうがないなぁ。あの噂の事ならぁ、本当よぉ」


 上気した頬をへにゃりと緩ませ、少女はアランが求めていた情報を口にした。

 

「それ、言っちゃっていいやつ?」


 催促したのは自分だが、茶化す様な口振りで悪戯っ子の様に紫水晶の瞳を細めて笑った。


「内緒に決まってるじゃない。あなただから話したの」


 潤んだ瞳、うすら笑みを浮かべる艶やかな赤い唇。

 昨日勤めていた屋敷を辞めたばかりの彼女は、三日後に新しい職場に紹介状を持って行くんだと、一杯目の乾杯で無邪気に話していた姿が嘘の様だ。

 

「実際目にしてどうだった?嫌いだったんだろ、そのお嬢様」

「ふふ。ザマァ見ろって感じだったわ。元の姿を見る影もなくなってた。もうは人じゃないわ」


 その酷い有様を思い出したのか、「本当いい気味!」と、甲高い声を上げて笑う彼女は上機嫌だ。

 

 自分を虐げていた勤め先の貴族、ジェラルド・ハーゲン伯爵の一人娘、イザベラ。

 彼女のお気に入りの執事との蜜事がバレた結果、少女はイザベラからの虐めにあっていたらしい。

 狙っている男を目の前に、その話を恥じらいもなく口にする少女に、アランは内心で笑いが止まらなかった。

 

「ねぇ。もぉそろそろ、お喋りも終わりにしましょー」


 擦り寄ってくる少女の肩に手を添え、「ここの店のオーナーと知り合いなんだ。挨拶してくるから待っててよ」と耳元で告げれば、熱の籠った声が返ってくる。


 満足気にアランは席を立つと、近くにいた店員に声を掛け、そのまま連れ立ってバックヤードへと姿を消した。


 整った顔立ち。美しくスマートな所作。話題も豊富な上に気遣いも完璧。こんな男性に声を掛けられた自分はなんて運がいいんだろう。


 夜な夜なコッソリと読んでいた、ロマンス小説の主人公にでもなったかの様な錯覚に落ちいった少女は、これからあの男と……などと、この先の妄想が止まらない。


 そんな少女を他所にアランは「会計はあの女から貰ってくれ」と店員に金を握らせる。 


 自身と半日もデート出来たのだ。飲み代でも足りないくらいだろう。案内させた裏口から店を出た。

 

 薄暗い路地裏に佇み、煙草ケースとジッポを取り出し火を付ける。

 胸白の毛が特徴的な黒猫が、ご機嫌に尻尾をあげて路地裏を歩いていく。

 

 アランはクビになって追い出された日も、似たような猫がいたな。と、どうでも良い事を思い出しながら煙を吐き出した。


「今日知り合った男と寝ようなんて、とんだアバズレだな。まぁ、股が緩いヤツは口も緩くて助かるけど」


 煙草をくわえ、今度は青灰色あおはいろのスタッドピアスを取り出す。

 

 右耳のピアスホールへ差し込めば、たちまち黒い髪は黄金色に。紫の瞳は青へと色を変え、容姿も百人並みのそれに変わる。

 紫目の色男は、世闇に上がる煙と共に姿を消した。

  

「裏も取れた事だし……」

 

 明日もう一人のターゲットと接触ができれば、あの妖精の提示してきた計画がようやく決行出来るだろう。


(なーにが”ぜーんぶ教えてお膳立てしたらつまらないでしょ”だ。あのクソ妖精め)


 なぜ自身が謎解きをしなければいけないのか。人をおちょくるのを楽しんでいるとしか思えない妖精にやはり苛立ちを覚える。

 

(……マジ、ダルすぎ)


 アランは、ゆっくりとした足取りで帰路についた。


――――

 

 翌日、アランは宿でをしていた。


 フルメイクを施すと、黒のロングヘアウィッグを被る。上品なワンピースに袖を通し薄い上着を羽織り、ヒールを履けばたちまち美女が誕生する。


 柔らかい女性の声で、「今日も完璧」と、満足気に笑う美女が鏡に映しだされる。


 性別問わず様々な声音を操るアランは、誰がどうみても綺麗なお姉さんだ。


 腕時計で時間を確認すれば、そろそろ本日のターゲットが買い物に出かける時間になる。


 用意していた薬品をショルダーバッグに詰め込むと、レースで出来たショートグローブを片手にアランは上機嫌で街へと繰り出した。

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