魔法商店


「……あんた、一体……?」

「声の掛け方ゼロ点。モテないでしょ、キミ」


 やれやれと肩を竦めてあからさまに首を左右に振るに、(んだよ、コイツ)と、ビビっていた事が急にアホらしくなったアランは、紫水晶の瞳をスンと据わらせた。


「余計なお世話だ。悪かったなゼロ点で」


 アランは脚を投げ出して座り直すと、椅子にもたれ掛かり腕を組んだ。

 

「聞きたい事が多いだろうけど、とりあえず自己紹介からね。私はルルシュカ。キミと話がしたくてここに呼んだんだよ、アランくん」

 

 告げた覚えの無い名前を呼ばれ、自然と眉間に皺が寄る。

 

「話しって……あんたが、俺に?」

「そう。私が、キミに」

「……しょうがないから聞いてやるよ」


 こちらは用などないが、このまま帰れないのも困る。仕方なく、このまま話を継続する。

 

「そう、じゃ説明するね。ここはおまじないや魔道具・魔法薬やその素材を扱ってる魔法商店で、私はここの店主。人間キミたちの言う所の妖精で、ニンフって種族だよ。それから、キミが今いるのは妖精が暮らす世界。異世界って言ったら分かりやすいかな?」

 

 開示された情報に自然と手が額を覆う。


 ルルシュカと名乗った自称妖精の説明は、全て童話に出てくる用語で構成されており、最早何に驚けばいいのか。


 アランは混乱し過ぎて思考が停止した。


(……ヤベェ、ぜんっぜん意味分かんねぇ)


 だが、その説明がそうなのだろう。嫌でも受け入れるしかなさそうだ。


 でなければ、人間では発現しないマゼンタの瞳も、宿の部屋に帰ったはずの自身がここにいる事も説明が付かなくなる。


 ドア付近に居たはずが椅子に腰掛けていた事も、だ。


 ルルシュカは面前で繰り広げられる百面相を無表情で眺めていたが、ぱっと何かを閃いたのか無邪気な笑みに変わる。


 細い人差し指がクルリと円を描けば、アランの頬に痛みが走った。


「痛って!」


 短い悲鳴をあげたアランはたまらず右頬に手を当てる。驚きに向けた視線の先の妖精は、ひらひらと両手を見せながらクスクスと笑っている。

 

「夢じゃないよ。キミたちはそうやって確認するんでしょ?」


 どうやってかは不明だが、なるほど。頬を抓られたらしい。

 

(こいつ……)

 

 地味な痛みを残す頬をさするアランは、ルルシュカを睨みつけたが何の意味も為さない。


 怒りは思考を奪う。そう教わっていたアランは、息を吐き冷静さを取り戻すと、先ほどのルルシュカの言葉を反芻する。

 

「あんたさっき”待ちくたびれた”って言ったよな?」

「言ったよ。だってキミ、全然戻って来ないんだもの。もう夜だよ?」


待ちくたびれた。もう夜。と言う事は……。

 

「これってあんたの仕業?」


 華奢なゴールドのラインに、小さな透明の宝石が嵌め込まれた指輪をカウンターへ出す。


 昼間に冴えない女とぶつかった後、ズボンのポケットの中に入れられていた見覚えのない指輪だ。


「気づいてたんだ。流石だね」

「当たり前だ。これ何だよ?それに、あの時の女は?」

「それはキミを呼ぶための誘い水、みたいなものかな。あの時ぶつかったのは私だよ」

 

 こんなヤツとぶつかったなら絶対に忘れる訳がない。だが、アランは街中でぶつかった女を思い出せないでいる。 


 悔しくも、その状況に心当たりがあるアランは、この話題をこれ以上膨らませる事はしなかった。


「その妖精とやらが俺になんの用だよ?」 

「いいね!話が早くて助かるよ。これなんだけどさ」


 カウンターに出されたのは一部の新聞。デカデカと載せられた写真の建物に何やら見覚えはある。

 

 というか、紙面を飾っているのは、仕事をクビになった腹いせに自身が起こした事件だ。

 

「これが何だよ」

「キミがこの屋敷に行った時、黒馬がいたと思うんだけど?」


 厩舎に繋がれていた黒馬は一頭のみ。どの馬よりも美しかったその馬は、案内役に捕まえた執事が最後に教えた……サミュエルの愛馬だったか。


「それなら逃した」

「だよね。その逃してくれた馬、実は妖精だったんだ」

「は?」

 

 突拍子もない話しに、間抜けな声が漏れ出る。

 

 そう言われれば、体躯といい、なんだか他の馬とは違う雰囲気があった……気がしてくるのが不思議だ。


 厩役もいつもは暴れ馬で手がつけられないが、あの日はいやに大人しく様子が違うと言っていたし、執事も同様に驚いていた事は覚えている。


「キミは知らぬ間に、妖精を助けてたんだよね。で、その妖精がキミに恩返ししたいんだけど出来なかったから、その役目が私に回ってきたって訳。あ!それと、その妖精から伝言ね。助けてくれてありがとう、感謝してるよ。ってさ」


 まさか誰かに感謝されるとは思ってもいなかったアランは「はぁ……そりゃ、どうも」と、ハッキリとしない返事を返す。


 話の筋は何となく分かってきたが、ここは魔法商店だとこの妖精は言った。何故その話しの流れになるのかが分からない。


「ここは魔法商店なんだよな?」

「そうだよ。うちの取り引きの対価は金銭だけじゃなくてね。相応の対価なら物物交換でもいいし、今回みたいに要望を叶えるっていうケースも珍しくない」


 言いたい事を汲み取ってか、ルルシュカは端的に説明した。


「そういう事か。なら、依頼主そいつはあんたに何を支払うんだよ」

「それには答えられないな」

 

 自分の恩返しへの対価はどんなものなのだろうか。単純に興味が湧いたアランだが、その質問にルルシュカは首を横に振った。


 妖精は噂好きの為あまり意味はないが、それでもルルシュカは、顧客の個人情報をきちんと秘匿している。


「そうかよ。で、恩返しって具体的に何してくれんの?」

「依頼主からは、キミにお金を稼がせて、宿暮らしじゃなくて、ちゃんとした家に住まわせてあげて欲しい。って聞いてる」


 全く期待していなかったアランは、その提案に素直に驚いた。 


 どんな妖精かは知らないが、あの黒馬いい奴なんだな。と過去の自分と得体の知れない妖精だと言う黒馬に感謝するも、何故自分の事情を知ってるんだ?という疑問が普通に浮かぶ。


 それを知ってか知らずか、ルルシュカはアランの疑問の答えを告げる。


「キミの事はちゃーんと調べてあるよ。例えばジャックっていう元貴族の男と苦楽を共にしてた事とか、そのジャックからスリやイカサマ、他諸々の技術を教え込まれたとか。そんな大好きだったジャックが――殺されちゃった事、とかね」


 流石は妖精、と言う事なのだろうか。情報もそうだが、しっかりとこちらの神経を逆撫でしてくれるではないか。


 ギリリとアランの奥歯が鳴るが、自然と口角は上がっていた。


「つー事はさ、俺の願いが何かも分かってるよな?」

「そうだね。リチャードに復讐する、とかかな」

「出来んの?」


 リチャードはジャックを殺した張本人で、ギャング団の一員。

 派手な行動をする割には、慎重で仕事も速い。連中を見つけるのは容易ではなく、アランが見つけられる位なら、既に警察に捕まっているだろう。


 アランの試すような視線に、ルルシュカは好戦的な視線を返す。


「もちろん出来るよ。敵討ちするなんて、案外人情味あるじゃない。それじゃ、それを含めた三つでいいの?」

「ああ。十分だ」

「そう。、キミはそれでいいんだね?」


 念を押してくる妖精に疑念が浮かぶ。何の確認なのか。金が定期的に入って、住むところも有れば良いに決まっている。


「何だよ……。リチャードの件は今更何か言うのは無しな。それに、金があれば物も、幸せだって買えるんだぜ?あんたらはどーか知らねーけど。……願いを叶える上でデメリットでもあんのか?」

 

「別に何も言うことはないよ。キミがそう言うなら、なんでしょ。ただ、デメリットと言うなら、残念ながら私がキミの願いを直接叶えてあげる事は出来ない」


 思ってもみなかった返答に、アランは拍子抜けした。

 

「は? 魔法のランプとか、願いを叶えてくれる系の、そーいう感じの物とかねーの?」


 なんともアホな質問だがアランは魔法道具の種類など知らないのだ。語彙力に関しては目を瞑って欲しい。


 少し前のめりになりながらそう店主に問うと、「魔法のランプ?」と、そのワードに首を傾げられてしまった。


 だがルルシュカは何かを閃いた様に手を打つと突然声を上げて笑い出した。


「キミよくそんな昔の話しを知ってるね! 魔法のランプはとっくに失くなって、その魔神は精霊として今も自由を謳歌してるよ。その話し、久しぶりに聞いたなぁ」


 ヒーヒーとお腹を抑えて笑う妖精に少しだけ殺意が湧くと、自然と手がジャケットの中に伸びる。


「あー可笑しい。っと、ダメダメ。うちは火気厳禁だよ」


 マゼンタの瞳を濡らしながら目尻に溜まる涙を拭うと、ルルシュカは空間に指で小さく二回円を描いた。


「なっ?!」


 釣られるように懐に伸びた手が出され、片手はお手上げの格好を取る。アランが銃を手にする事は叶わなかった。


「はー、こんなに笑ったのなんていつ振りだろ。それにキミの言った他の物もないよ。いーい? 残念ながら、そんな都合のいいモノは存在しない。キミは自分の力で願いを叶えるんだ。それが嫌ならこの話は無しになるけど、どうする?」


 なるほど。御伽噺の様に願いをサクッと叶えてくれる。という美味い話しではないらしい。


 しかし、どれだけ前かは不明だが魔法のランプは実在していた事実に、産まれる年代が違った事が悔やまれた。


「笑い過ぎだろ。こっちは知らねーんだ。取り合えずそれでいいから、いつまでも笑ってないで話し続けろよ」


 いまだに肩を震わせる妖精に、アランは低い声で注意を促す。前のめりになっていた体はすっかり背もたれへと戻されていた。

 

「ごめんごめん、悪かったよ。そう怒らないで。まずはキミに助言をしてあげるから、キミはそれに合った商品を使って助言通りに行動する。そうすれば、自ず望んだ結果が手に入るって訳だ」


 魔法商店らいしと言えばそうなのだろう。魔道具に興味が無いかと問われれば答えはNOだ。


 興味しかない、が。はいそうですか。と即答も出来ない。とりあえずこの妖精が嫌なヤツだって事は分かった。

 

「まぁ直ぐには信じられないと思うから、まずはお試しからでどう? 結果が出ればやる気も出てくるでしょ」


 カウンターに両肘をついて組んだ手に顎を乗せた妖精は、柔軟な提案を提示して来た。


 ある程度こちらが警戒するだろう事も計算されているらしい。わざわざお試しとは用意周到だ。

 

「そのお試しとやらをすると……俺はどうなんだよ」

「キミは一晩で大金持ちになれるよ。ただし、キミがちゃんと私の言う事を守れば、ね」

 

(たった一晩で……?)

 

「詳細は?乗るか降りるかの返事はその後だ」

「そう。なら、今日はもう遅いからまた明日話そうか。指輪は大切に取っておいてよね。それから、今度からノックは四回だ。忘れないでよ」


 パチンッと鳴らされた指に景色が歪むと、今日新しく借りた客室のベッドの上に腰掛けていた。

 

 中指には先程の指輪がはめられている。


 狐に摘まれるとはきっと今の状態の事だろう。実際に摘んだのは妖精だったが。


 どっと疲れた。ベットにそのまま倒れ込む。シャワーを浴びたいがもう少し横になっていたい。


 それにしても……。先ほどのふざけた妖精を思い出す。もしあれが本当だったとして、さっきの短いやり取りだけでも腹が立つのだ。


 あの性悪な妖精の言う事を聞かなければいけなくなるなど、とてつもなく不本意で癪に障る。


 だがリチャードに報復もできるというし、家も金も手に入る。そんな上手い話などアランの世界には転がってはいない。


 まだ具体的な話を聞いていないし、明日になればあの妖精がそもそも夢オチだったと言う可能性もゼロではない。


 頭の中ではずっと先ほどの妖精の声がグルグルと巡っては、苛立ちと期待、不安がアランの頭の中を占拠していた。

 

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