第12話 義兄と私とタイムスリップ

 んんー! 爽やかな朝。

 先週も、まんまとお義兄ちゃんをハメてやったわ!

 

「梨紗子お嬢様、朝食の用意ができております」


 使用人のミヨさんの声がする。

 

「はーい。ミヨさん」


 ――え? リサコ? ミヨさん? 誰?

 布団の横に着物と腰紐と帯が畳まれて置いてある。


 取り敢えず、これを着なきゃ。

 でも、着物の着方なんて――。


 あれ? わかるわ。

 部屋をでると、長い中廊下。大きい屋敷だけど、部屋の間取りが頭に浮かぶ。


 台所を過ぎて茶の間に向かうと家族が揃っていた。

 

「梨紗子お義姉様、随分とゆっくりお休みだったのね。養女のくせに。はやく座ってくれないかしら」


 義妹の美賀子みかこが冷たい視線で私を見る。


「あ、うん」


 汚いものを見るように、私を見つめ義母が言う。


「『うん』って何なのですか? しっかりとした言葉遣いをお使いなさい。仮にも二条家の者なのですよ」


 ――誰だ! こんのババァ!

「ピシャッ」

「熱っ」


 美賀子が私にお茶を掛ける。


「ああ、みっともないったら、ありゃしませんわ」


 義父には私が見えていないのか、無視を決め込み新聞を読んでいる。

 新聞の日付『大正三年三月』という文字が目に入る。


「美賀子! やめなさい」

奏彦かなひこお兄様……でも」


 ――はぁん。奏斗お義兄ちゃん! 和装も素敵。

 朝食を終え、庭の木蓮の木陰に座る。


「私、タイムスリップしたの……かな? なんか大正時代っぽいし」


 剪定をした木蓮からこぼれる木漏れ日がキラキラとして穏やかな気持ちになる。


「今月中には花を付けそうだね」


 視線を落とすと、お義兄ちゃんが優しい笑顔で立っている。


「美賀子が生まれるまでは、お父様もお母様も、梨紗子に優しかったのにな。

 私も、あの態度は非道だと思っているよ。梨紗子、なんだかすまないな」


「ほんと! 頭にきちゃう。ぶっ飛ばしてやろうかな」


「ぶっ飛……あははは。梨紗子、今日はなんだか気が強いな。

 でも安心したよ。いつもみたいにこの木蓮の下で泣いているのかと思っていたから」


 この世界でも、お義兄ちゃんは優しい笑顔だなあ。

 しかし、楽しい時間を引き裂く声が掛けられる。

 

「梨紗子。ちょっと来なさい」


 私を呼ぶ義父に屋敷の洋間へと連れて行かれた。


「小言でも言われるのかな……」


 ***

 

「梨紗子、縁談だ。明日はしっかりとした身支度をして、西園寺公爵邸に行きなさい」


 二条家の分家である義父は、貴族院議員の中でも肩身が狭い思いをしている。

 このまま任期を終えると、次にまた貴族院議員になれるかわからない。

 そこで、力のある西園寺家に私が嫁ぐことで、地位を盤石なものにしたいらしい。

 

「……いや、絶対に嫌よ」


「何だと? なんのためにお前を養女にしたと思っているんだ。私に歯向かうとはどういう了見だ」

 

「これは奏彦のためでもあるのだ。無理やりでも嫁いでもらうからな」

 ――お義兄ちゃんのため……そう言われるとなぁ。


 ***


 次の日、私は持っている中で一番上等な着物と帯で身を包み西園寺家の迎えの車に乗る。

 お義兄ちゃんが見送りに来る。

 私は車を飛び出し、お義兄ちゃんに抱きついた。


「私、お義兄ちゃんのお嫁さんになりたかった」


 止まらない涙はお義兄ちゃんの着物の胸を濡らし続ける。

 そっと抱きしめてくれたお義兄ちゃんの腕も震えていたのかもしれない。


 ――嫌だ。離れたくない。


 しかし、西園寺家に嫁ぐ運命だと受け入れ、車に戻るしかなかった。

 車の窓から、見えなくなるまでお義兄ちゃんの姿を目に焼き付けておこう。

 

 西園寺邸に到着する。

 ――でっか! 二条家の8倍の大きさはあるわね。


 さすが公爵家。門を通り抜け、広い玄関を入ると、大きく、艶のある木製の扉を開ける。

 豪華なシャンデリア、豪華な装飾のテーブルが置かれた洋間の先の窓に立つ、若そうで、スラリとした高身長の男性が背を向けている。


 ――わあ、絵になるな。



「お前が、二条家の梨紗子か」


 そう言って、若い公爵が振り向く。


 

 ――ぶっさ!



 無理無理無理無理。絶対無理。


 なに格好つけて「お前が、二条家の梨紗子か」じゃねぇよ! ボケェェェ!


 引き攣る顔を我慢して、自己紹介と、しばしの歓談。

 夕食を2人きりで食べた。


「梨紗子は可愛い顔をしているね」

「公爵様は随分と独特なお顔の作りをなさっているのですね」

「それは、私を愚弄しているのか?」


 公爵の顔が恍惚としている。


 ――まさか……ドM?


「はい、とっても不快ですわ」

「なんだと! はぁはぁ。他には?」


 ――おいおい、嬉しそうな顔するんじゃねぇ、変態!

 苦痛の食事は永遠の時間を感じる。

 ――万華鏡写輪眼の使い手かよぉぉ。月詠発動しちゃってるの?

 

 食事を終えると、湯浴みをする。

 広い浴室。猫足のバスタブが可愛くてキュンとする。


 浴室から出て、襦袢のまま、客間の布団で横になると、公爵が入ってきた。


 「さあ、梨紗子。今夜は寝かせないよ」


 そういうと、私に覆いかぶさる公爵。


「誰が寝るかぁぁ!お前が近くにいると寝られないわ!」


 私の膝は公爵の子爵の部分を蹴り上げていた。

 恍惚の表情とともに股間を押さえ悶える公爵がいう。


「梨紗子様ぁ、もっと」


「ウチの親父を貴族院議員に推薦しておきなよ!」


 かーーーっ、ペッ! 公爵の額にこびりつく私の唾。


「はいぃ。悦んで推薦しておきますぅ」

 

 私はそのまま送りの車で二条家に帰った。


 初日で出戻りした私にお義兄ちゃん以外の家族が卒倒したが、後日、西園寺公爵の推薦を受けた義父は大喜び。


 私の仕事は月に一度、公爵の家に行き、罵声を浴びせるというものになった。


 西園寺公爵が頭の上がらない私を無碍むげに扱うことができない、義父、義母、義妹の顔といったら「ざまぁ」でしかない。


 ***


 次の朝、気持ちよく目覚めると、現在の自宅。

 ――私とお義兄ちゃん、前世から繋がってたんだね。


 

 さて、今週はどんな手でハメてやろうかな。

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