第10話 義妹と俺と港区女子

 東京都、港区界隈には「港区女子」というヘンテコな生き物が生息している。

 港区に住んでいる女子ではない。港区に生息している女子を指す。

 彼女たちの収入源は「ギャラ飲み」だ。夜な夜な、若作りしたおじさんと2時間ほど飲んで、タクシー代という報酬を貰う。


 ちょっと裏側の話をしよう。

 ギャラ飲みには主に3つのパターンがある。

 

 まずは、ギャラ飲みアプリ。アプリ経由で依頼をするデリバリースタイル。

 続いて、胴元のお姉さんがメッセージアプリで管理してる。派遣会社スタイル。

 最後に、固定客を増やして、自分で客を取るフリーランススタイル。


 今日、俺は会社の上司(取締役)とサシ飲みをしていた。


「横島くんはいつも頑張ってるし、成果も出してて本当に助かってる」

「はぁ。ありがとうございます」

「次の人事考課次第で、昇格するんじゃないかな」


 餌をぶら下げて、会社を辞めさせないようにしているのが見え見えだ。

 そりゃぁ毎日終電ギリギリまで働く社員はありがたいだろうな。

 今日はさながら、俺の接待ってところか。


「よし、もう1軒いくか」


 飲み終わると上司に連れられて港区の会員制カラオケバーの個室に入る。


「横島君、ギャラ飲み呼ぼう」


 店の人とやり取りする上司。


「お。この子可愛いじゃん」


などと、品定めをしている。

暫くすると、個室に2人の女の子が入ってくる。どうやら派遣会社スタイルのギャラ飲みのようだ。


 ピチッとした胸の部分が開いているニット、通称、「童貞を殺すニット」を着た女子。

 K−POPアイドルみたいなスタイルの良いサクラちゃん。


 自己紹介もそこそこに乾杯をし、盛り上がってまいります。


「カラオケ点数勝負しようぜ!」


 上司のこの言葉がすべての元凶だった。

 気持ちよく流行りの歌を歌う上司。おっさん頑張るな。一生懸命Youtube聞いて覚えたんだろうな。心のなかでほくそ笑む。


 続いて、童貞殺しちゃん。うまい。酒ヤケした声が合っている。

 次は、俺の番だ。俺は、歌が上手くも下手でもない。結果ちょうど平均的な点数がでる。

 

 最後に、ニセK−POPアイドルみたいなサクラの番だ。

 サクラが歌い出す。

 オーラが半端ない。コンサートに来たような感じだ。


 歌い出すとこの世の終わりの様な音痴。なのに、この堂々とした歌いっぷり。

 なんて気持ちの良い子なんだろう。

 感動した。


 俺がどんなに上手く歌おうが、十八番の歌を歌おうが、サクラがペアでは勝てるわけもなく、連戦連敗だ。一体、何杯のイエガーマイスターを飲んだことだろうか。


 もう限界だ。

 意識が途切れそうになるが、採点対決は続く。永遠と続く地獄へと落ちた感覚に襲われる。


 上司が歌っている隙を見て、ソファの背もたれに力なく首を任る。そして、そっと目を閉じる。

 

 ――唇に柔らかい感触。

 続いて流れ込むイエガーマイスター。


 くっ! 口移しぃぃぃ。

 俺の眠気は一気に覚め、テンションが最高潮になる。

 アップテンポな歌に体が反応する。

 ――おっぱいカンナムスタイル!


 ラップすら音痴に聞こえるサクラの歌唱力。反比例するサクラのダンスの上手さ。

 ――揺れるお胸にブリンバンバンボーーン!


 と、そこで、俺の記憶はブラックアウトした。



 ***


 ハッとして起きる。とベッドの上に大の字で寝転がっていた。

 ――知らない天井だ。こんな金色のラメが入り混じった模様の天井なんて……。


 ラブなホテルだ!!


 はっきりしてきた意識の中で聞こえてきたのは、シャワーの音。

 

 誰だ? 上司か? サクラか? 童貞殺しちゃんか?


「キュキュッ」蛇口を閉める音と同時にシャワーの音が鎮まる。

 湯気の熱気と共に、バスローブに身を包むサクラが現れた!


「あ、起きた?」

 ――はい!股間も起きてますよぉぉ。


「大丈夫? 気持ち悪くない?」

「ちょっと気持ちが悪いので、気持ちよさで上塗りして下さい!」


「ふふふ。奏斗くんって面白いね」


 そう言うと、ベッドに入ってくるサクラ。

 ――サクラ、サクラ、いま咲き誇るぅぅぅ!



 ビッグバァァァン!




 いたした。




 「酒を飲めば、言葉に羽が生えて、傍若無人に飛び回る」


 古代ギリシアの歴史家ヘロトドスの言葉が心に響く。

 薄れゆく意識の中、洗面所に向かうサクラの気配。化粧を落としているのか。水道の音が心地よい。


 我は、今までにない賢者の時間を過ごし、まどろみの中に落ち、眠りについた。

 

 ――朝、激しい頭痛と吐き気で目が覚める。うんうんと唸り、苦しむ俺に、備え付けのインスタントコーヒーを淹れてくれた梨紗がいう。


  「お義兄ちゃん、二日酔い大丈夫?」


 ――梨紗?


 なぜ、はだけたバスローブ姿の梨紗がいるんだ?

 

 くそ!こいつ、歌上手いはずだろぉぉぉぉ!


「んがぁぁっぁぁぁ! またもや義妹を抱いてしまったぁぁぁぁぁ」



 

 ひどい二日酔いで今日は会社を休むことにした。

 つらそうな声で上司に電話をする。


「すいません、上司さん……地獄のような二日酔いで会社休みます」

 

 上司が言う。


 「気にするな。おれも二日酔いで休む」

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