第8話 義妹と俺とワインバー

 最近ワインにハマっている。きっかけは、上司に連れて行ってもらったワインバー。

 ワインは苦手だった。「ワインはまずい」という先入観は安いワインばかり飲んでたからだ。


 じゃあ、高いワインは美味しいのか。それはニアリーイコールで、そのブドウ品種に適した熟成具合、ワインに合わせる料理によっても変わる。らしい。これは最近俺がワインの事を教わっているソムリエが言ってたことだ。


 ここは、以前上司につれてきてもらったワインバー。

 ここのソムリエが親切丁寧に教えてくれる。


「横島さんもソムリエ、いや、ワインエキスパート取ればいいじゃないですか。」


 その一言でやる気が溢れてしまったのだ。

 今日もこのワインバーに足を運ぶ。隣には俺と同じくワインに最近興味をもった女性、リエが座り、次のワインと、その小噺を待っている。


 これがこのワインバーの営業戦略であることはわかっている。でも、いいんだ。こちらのほうが、家で安酒を呷るより、俺の糧になる。


 ワインやシャンパーニュの製造方法の説明は、いかにもソムリエみたいで格好が良い。ぶどうの収穫を「ヴァンダンジュ」。

 アルコール発酵初期に行う「ピジャージュ」、種や果皮を撹拌させる、いわゆる櫂入れだ。

 シャンパーニュの澱を勢いよく発射させる「デゴルジュマン」。

 試飲やテイスティングを意味する「デギュスタシオン」。


 それらの専門用語を知っているだけでワイン通になった気がする。


 そんなソムリエの講釈のあとは、お楽しみ、色々なワインのデギュスタシオンである。

 今回は、ボルドー地方のワインの飲み比べ。ジロンド側を挟んで右岸と左岸の土壌の違い、シロン川の霧がうんたらかんたら。


 ギブアッーーープ!


 しかし、同じフランスの同じ赤ワインでも、品種や地方によって様々な表情を見せるワインに舌鼓。饒舌に輪をかける。


「横島さんは彼女いないんですか?」


 もうワイン談義は十分だ。こういう話しがちょうどいい。


「え?俺は」

「わたしも知りたい。彼女さんいるんですか?」


 ――童貞を義妹に奪われ、ワンナイトも全部義妹……。


「いないっちゃ、いないですね」

「あー。その言い方! 取っ替え引っ替えしてる人の言い方じゃないですか」

「わたしをデギュスタシオンしてみます?」

 ――キター! こういうの、こういうの!


「シャブリの在庫はありますか?」


「はい。ございます。」

 ――ナイスソムリエェェェェル!尺八、八尺、ぽぽぽぽぽーーー!


 貴女のお胸ヴァンダンジュ! わたしのアソコはオー・ブリオン!

 


 

 忙しいワイン農場のベテラン農夫たちを超えるスピードでラブなホテルに駆け込む。

 やさしくピジャージュすると、リエも俺のボトルをルミアージュ。



 

 ああ。そろそろデゴルジュマンしてしまいそうだ!




 いたした。

 


  「一本のワインボトルの中には、全ての書物にある以上の哲学が存在している。」


 ルイ・パスツールの言葉が心に響く。


 薄れゆく意識の中、洗面所に向かうリエの気配。化粧を落としているのか。水道の音が心地よい。

 

 我は、今までにない賢者の時間を過ごし、まどろみの中に落ち、眠りについた。

 

 ――朝、ワインの澱が舞わないほどに、そっと布団をめくると、シャンプーの良いアロームが漂い。同じ趣味の運命の出会いだ。

 ワイングラスに口を付けるように、そっとキスをしようと顔を覗き込むと、すやすや眠る梨紗の顔。


 ――梨紗?


 なぜ、生まれたままの格好の梨紗がいるんだ?

 くそ!なんだか可愛く見えてきたぉぉぉぉ!


「んがぁぁっぁぁぁ! またもや義妹を抱いてしまったぁぁぁぁぁ」

 

 

 翌週ワインバーに行くと、ソムリエが言う。


「どうしました?ブショネに当たったみたいな顔してますよ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る