第3章

相も変わらずぼんやりとただ毎日を過ごし続けていた私はいつしか恋愛に対して羨望することはなくなりました。高校では野球をやっていたので毎日毎日もういやというほど練習練習の日々でした。当然相樂の事を考える暇もなく、私の初恋は実らず冬を迎えるかに思われました。しかし、思いもよらぬキューピットが現れこの状況は混沌とするのです。いつも通りグラウンドでの練習を終えて、部室である体育館脇のプレハブ小屋に入ってスマホの画面をぼーっと見ていた時です。

「優介スマホの充電無い、ケータイ貸して」

そう言ってきたのは、同級生の須田でした。彼は、私が高校に入って一番初めに仲良くなった人物なのですが、これがどうにも困ったやつなのです。中学時代は不祥事ばかりで放課後は毎日のように生徒指導室に連行されていました。そんな悪友須田が私のスマホでやることはいつも決まって女の子のインスタを検索して見境なくDMをしまくるというモノでした。単なる悪ふざけなどではなく、あれは立派なテロです。けが人が大勢出ています。特に私は重症です。生徒指導室なんてぬるいところではなく、刑務所に行くべきです。今度、北海道旅行と称して須田を網走の方に誘い出し、そのまま網走刑務所に置いていく計画を立てたことがあります。そんな須田君が私たちのキューピットになったわけですが、簡単な事です。いつものように須田が私のスマホをいじっている時に偶然相樂のアカウントにDMしたのです。後は、想像に易いでしょうが、私が相樂に須田の無礼を詫びなければなりません。私と相樂の初めてのまともな会話は、

「うちの須田がごめんね」

という何とも拍子抜けなモノでした。それをきっかけに私は相樂に認知され、顔見知りになったのでした。はてさてキューピットのおかげとは言ったものの、相樂は単に無差別テロの被害者であったわけです。一応補足しておきますが、須田君は決して原理主義者ではないのでご安心を。

 こうして、終わりを迎えたかに見えた私と相樂の関係は再び歯車を回し始めます。

 その日の午後は何だか気分が浮ついていました。五限目の現国の時間もなんだか内容が頭に入って来ず、丁度その時は中島敦の「山月記」をやっていたのですが、虎になった李徴の心情などくみ取っている場合ではありませんでした。相樂の事が気がかりなのもそうですが、お昼過ぎの授業というのは無性に睡魔がやってくる。段々視界が不明瞭になって教員の声もブツブツと途切れ途切れになってゆきます。目覚めると、黒板にはいかにして李徴が虎に変貌したのか、また李徴が虎になった時分、せめて生きた証として認めた詩についての言及やらが黒板びっしりに書かれていました。

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痴恋 翠 颯太 @azukiba-

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