アイリス(1889)

 日本のある山に住んでいる青鬼たちは、もう一週間も会議に会議を重ねていた。

「どうするんだ」

「この種目は……」

「選手は……」

 がなり声が響く議題は、相撲の会についてだ。


 前回の相撲の会では隣の山に負けてしまい、勝者の証である黄金の金棒を奪われた。


 長老鬼が、ずり上がった縞々のパンツを直しながら言った。

「相撲はなあ、うん。太郎、やってくれんか。お前は小さいけど、馬力っちゅうもんがあるからな」

 十歳ばかりにも見える太郎は、びっくりして返した。

「そんな、僕なんてすばしっこいだけで、とてもそんな大事なお役目は果たせません」


 しかし、二十名もいる顔ぶれは、太郎がいいと言って聞かない。

 相撲はこれまで、力の強い、大きな鬼がつとめてきた。

 それにも関わらず、この山は相撲に勝ったことがない。

 体が大きい鬼たちはたくさんいるが、心のやさしい彼らは、押されるとよろめいてしまうし、そもそも相手を怖がっている。


 見上げるような、とびきり大きな鬼が言う。

「太郎がやってくれたら、いいなあ。俺、相撲は怖いもの」


 太郎は、こうして相撲をとるはめになった。


 当日、相手方の鬼たちはやる気十分、しこを踏んで、杉の木に体当たりなんかしている。

(うひゃあ、これは怖いぞ)

 太郎は怖気づきそうになったが、ここで逃げるわけにはいかない。


「はっけよい」

 太郎はうんと踏ん張ると、ギッと相手を睨みつけた。

「のこった!」

 相手の赤鬼は見るも恐ろしい顔つきをしていたが、その実、格下の太郎の目線に怯えきっていた。

(こいつ、こんなに小さいのに代表になるなんて、きっと恐ろしい奴に違いない! 目玉はぐりぐりしているし、細い手足には何か仕掛けがあるんだろう。トゲが出るのかもしれない。なんだか、ああ、怖い!)

 だから、太郎が足にぐっと力を込めて挑んできたときにはもう縮み上がる思いで、たいして押されてもいないのに、何歩も後退してしまった。


「勝者! 太郎!」


 軍配が太郎に上がり、山の仲間たちはこれでもかと歓声を上げる。


 青いアイリスにも似た鬼たちは、勝利の証の黄金の金棒をみんなで囲んで持ち、わいわいがやがやと楽しそうに岐路についた。

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