カラスのいる麦畑(1890)


 風が、麦畑の頭を爽やかに撫でていく。


 夕暮れが、近付いていた。


――やばい、やばい、やばいよ。


 麦畑はヒソヒソと話す。


――連中、また来やがった!


 連中、とはカラスのことだ。


 もう空の向こうから、あの羽をパタパタと規則的に動かして迫ってきている。


――えーん、助けてよ


 小さな麦までもが泣き始めた。


――この子だけは!


 大きな麦が小さな麦に覆い被さる。


 彼らは、カラスの大群が大の苦手なのだ。


 あのツヤツヤの、黒い羽の隙間から、歓迎されない落とし物をするせいだ。


 ついに、一群は麦畑の頭の上に差し掛かる。


――最悪だ!


 不意に、麦が叫ぶ。


――やられたか


 一度あの被害に遭えば、雨の日を待つしかなくなる。


――野郎ども、農道を飛びやがれ!


 威勢のいい麦が、空に向かって叫ぶ。


 今日も、麦たちの警報は鳴り響く。


――ふーっ、みんな無事か?


 その返事には、すすり泣きがこだましていた。


 それを聞いていたお月様は見るにみかねて、そっとアドバイスをした。


「なんの足しにもならないかもしれんがね、東洋にはねえ、『実るほど、頭を垂れる、稲穂かな』という言葉があるよ」


――なるほど


 麦たちは風にうなずいてみせたが、意味はよく分かっていない。


 しかしお月様はその返事にすっかり満足して、もう向こう側の太陽と、大声で話をしている。


――つまりだ、頭を下げてなんとかするってことだな


 わりあい頭の良い麦が言った。誰も偉大なお月様に質問を挟む勇気がない。


 次の日、黒の軍団はまたもや、農道を通ることなくまばらに広がって、こちらにやってきた。


 麦たちはヒヤヒヤしながら、こう号令をかける。


――みんな、いくぞ


――おうよ。


――頭を垂れる


――麦たちでーす!


 この試みが上手く行ったかどうかは、天体たちが知っている。



おしまい!

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