星月夜(1889)

 同棲して四年になる彼女にプロポーズをしようと決めたのは、白い飯がウエディングドレスを連想させたせいだ。


 通信制の高校を卒業してそのまま入社した職場で、私は彼女、Aに出会った。


 その頃の私といったら、まだ二十歳そこそこで、高卒をもらうまでに五年も費やした劣等感もあり、反発はトゲのように鋭く、誰彼構わず人を刺していたところがある。


 上には上がいて、なんとAは、そんな私よりもずっと細く長い針で、社内の誰もを刺し貫いていた。


 誰よりもパンクで、誰よりもロックで、自己主張という針で自らの身を守っていたのだ。


 私がAに惚れたのは、そこなのだ。


 劣等感を持つ私は、同じトゲ性質のAになら自分を分かってもらえると思ったし、Aのことも理解できると思った。


 私はAに胸を刺されながら日々、にじり寄り、ついには抱きしめることに成功した。アドレナリンが出ていたのか、くすぐったいくらいで、何の痛みも感じなかった。


 Aが少し笑いながら、取り澄まして言う。


「あんた、ちょっと変わってんじゃないの」


 私はAに、口の端が緩むのをこらえられずに言う。


「変わってて良かった」


 それから私たちカップルはすぐに同棲をはじめ、あの日、白い飯がウエディングドレスに見えたわけだ。


 そう考え始めたら、もう私は止まらない。


 寝ているAの、左手薬指に紐を巻き付けてサイズを計り、宝石店に駆けこんだ。


 そして、夜、私たちは、町を見渡せる展望台で二人きりになった。


 この町は私たちを引き合わせ、住まいをくれ、糧をくれる、大きくはないが素敵な場所だ。


「結婚してほしい」


 片膝をついて、大粒のダイヤモンドをそっと差し出す。


 あの時の、Aの困惑した表情を忘れることはないだろう。


「実は、言いにくいんだけど。なんていうか」


 ああ、断られるのだ。


 なんて馬鹿だったんだろうか、これでAと一緒にいられる日々も終わりなわけだ。


 私がこんな、決定的な一歩さえ踏み出さなければ、まだ、Aと一緒にいられただろうか。


 Aは肩から下げているカバンをごそごそやりはじめ、私と似たような箱をとりだした。中身まで同じだった。


「婚約指輪、二つになっちゃったね」


 どちらが先に言ったとも分からない台詞を口の端に乗せながら、私とAはひしと抱き合った。


 眼下には、夜の街並みが控えめな光を放っているはずだ。


 でも、ちくしょう。涙でよく見えないぜ。



おしまい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る