ジャガイモを食べる人々(1885)

「確保!」


 怒号が響き渡る。人間の、ではない。牛の怒号である。


 モーモーと怒っているが、農家たちは容赦しない。数人がかりでぐいぐい引っ張って、厩舎まで連れていく。


 Aさんのところから牛が十頭逃げ出してから、村はちょっとした騒ぎになった。


 誰もが田畑をたしなむこの地域で牛が逃げたとあっては、みんながみんな、自分の畑が荒らされるのではないかと戦々恐々なのだ。


 ひとりでに住民は結集し、しょんぼりと申し訳なさそうなAさんと共に牛狩りに出る。


 それを見て、やさしいBじいちゃんが声をかけた。


「いいってことよ。その代わり、おれんとこの鶏が逃げたら捕まえてくれよ」


 その翌日、まさかBの鶏が三十羽みんな逃げてしまうとは、誰も予想していなかった。


「さすがにおかしい」


 三人ばかりの住民たちは、鶏を全て捕まえきったその夜、顔を突き合わせて話し込んだ。


「Aさんも、Bじいちゃんも、管理はしっかりしているじゃないか。それがみんな逃げてしまうなんて、誰かが逃がしたんじゃないか」


「そうだ、そうに違いない」


「聞き込みするか」


 そうして三人の即席刑事たちはついに、動物を逃がしていた犯人、中学生の悪ガキ二人を捕まえた。


 二人とも都会からやってきた子で、なんと全く悪びれない。


「動物監禁、はんたーい!」


 なんて叫んで、ゲラゲラ笑う始末だ。親もあてにならない。


 しかし、ここで負ける農家ではない。


「おまえら悪ガキどもに、現実ってもんを教えてやる」


 悪ガキたちは少し不安そうにしたが、腰に縄をつけられて、ある離れに連れていかれた。


「……こいつらか。やるのか」


 離れの出入り口の前に陣取っていたAさんが、悪ガキたちの慄然とした顔をじろりと見て言った。


 見ると、近隣の他の農家の人たちも集まってきて、誰もが中学生に厳しい目を向ける。


 不意に、子どもの一人が非常に早口で言った。


「おれの父さんは弁護士だぞ! おれに何かしたら、お前ら無事じゃ済まないからな!」


 怯えているが、農家たちは意に介さない。


 三人の中学生はそのまま離れに入れられた。


 中には美味しそうなジャガイモのにおいが立ち込めている。


 支度をしていた養豚家のCさんが、やはりじろりと彼らを見て言う。


「座りなさい」


 机の上にはところせましと茹でたジャガイモ、揚げたジャガイモが並べられ、塩や胡椒が細長い瓶に入って存在感も大きく置かれている。


 ちょうどお昼の時間だった。


 子どもの一人が言った。


「……食べていいんですか?」


 他の二人も、ごくりと唾を飲んでいる。


「まあまて。せっかちなやつだ」


 農家のAさんが、冷蔵庫からジャム瓶に入ったものをいくつも取り出してきた。


 それはバターだった。


「おれんところでとれた、ミルクから作った自家製バターだ」


 Bじいちゃんはミトンを両手にはめ、今しがた出来上がったばかりの黄色いものを持って入ってきた。


「わしのところでとれた卵を使った、自家製ジャガイモオムレツだ」


 養豚家のCさんが付け加える。


「あたしのところのポークも入っているよ!」


 農家たちは揃った。広い離れにみんなの席がある。


「では、第百九十七回、じゃがいもパーティーを始めます」


「いただきます」


 きちんと手を揃えて挨拶をした中学生二人は、もう動物たちを逃がすことはしなかった。



おしまい。

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