第19話 隠されていた力。

皆で夕ご飯を 食べ終えた後「お風呂 いつ入れよう?先に入る?それとも 練習してから?」香奈は 洗い物をしながら 智に聞いた。

「そうだな……。後に しようか。」智は 洗い終わった食器を拭き 少し考えてから 答えた。

「少し休憩してから 行こう。」漆黒は 椅子に座って 腕を組んでいた。

香奈は 洗い物を終え 手を拭いて 席に戻った。


「じゃ お茶でも 飲むか。」智は いつものように 温かいお茶を淹れた。

「どうぞ。」と 皆の前に コトッと小さな音を 立てて置いた。

「ありがとうございます。」紫苑は微笑み 頭を下げた。

「智は 茶を淹れるのが 上手いな。」漆黒は お茶を 美味しそうに飲んだ。


「この辺りに かいが たくさんいる場所あるのか?」漆黒は 湯呑を持ったまま 智と香奈に 聞いた。

「山を下りたら 割と どこにでも いると思う。」智は お茶に 口を付けた。

「最近 ちょっと かい多いよね?」香奈は 智に おずおずと聞いた。

智は 少し困った顔をして 頷いた。


「最初から たくさんは 相手に 出来ないだろうな……。人目も あるし……。ちなみに この山には いるのか?」漆黒は 智に聞いた。

「山にも いることは いるかな。ただ 精霊のあやかしも 多いから 気を付けないと……。」智は 精霊達を傷付けないか 心配そうに言った。

「そうか……。じゃあ 今夜は この山を 見回ってみるのは どうだ?」漆黒は 言った。

「いいですね。精霊達にも ご挨拶したいです。」紫苑も 微笑んで 賛同した。


「時々 入口の御神木に いることもあるけど……そう言えば 今朝の風で 吹き飛ばされて ないかな?大丈夫だといいけど……。」智は 心配した。

(脅かせたのなら すまないと 言っておいてくれ。俺が出て行くと 余計 怖がるだろうから……。)黒龍は すまなそうに言った。

「わかった。伝えておくよ。と言うか 黒龍様が 悪いみたいな 言い方に なっちゃったな……。僕こそ すまない。言い方に 気を付けるよ。」智は 素直に謝った。

(精霊達が 心配と言う意味で 言ったんだろ?気には してない。)チョーカーの黒龍は ギラッと光った。

「よし!じゃ 山を 見回ってみるか。ついでに 御神木も 見てみよう。」漆黒は 立ち上がった。

「うん。そうだな。」智は言い 皆も 立ち上がって 主屋から 外に出た。


夜の神社は 慣れていないと ある意味 不気味な静けさだった。

時折 風が吹くと さわさわと揺れる葉の音 遠くで聞こえる虫の声。

静けさの中から 音と言う音が 鮮明に聞こえて来る。

遠くの音が 1歩先から 聞こえて来るような 感覚にもなる。

今では 慣れたものの 智でさえ 最初の頃は 少し不気味に感じた。


「静かだな。」漆黒も 紫苑も 不思議と足音も 立てずに 歩いて行った。

智と香奈が歩くと 玉砂利が擦れて じゃりじゃりっと 音がしていた。

なるほど……そう言うことか 神様だからか……智は 1人で感心していた。


鳥居の前にある御神木を 皆で見上げると 御神木の上の辺りで ピカピカと小さな光が 瞬いていた。

「戻って来てるね。良かった……。」香奈は 小声で 呟いた。

皆で 静かに見守っていると「朝 怖かったね。」「風 凄かったね。」「何だったんだろう……?」「今日は ここで寝る?」ひそひそと話す 精霊達の会話が 聞こえて来た。


4人は そっと鳥居をくぐり 坂道を下りた。

「大丈夫そうだな。」漆黒は 御神木を振り返りながら 微笑んだ。

「ご挨拶は また明るい時にします。驚かせてしまいそうです……。」紫苑も 小声で言った。

漆黒と智は ほぼ 横並びで歩いていた。智の右側には 黒鉄が 智を守るように 周りを警戒して 歩いていた。

紫苑は 香奈の斜め後ろの位置で 香奈に 寄り添うように歩いていた。


「香奈さん さっきのように 僕が 香奈さんに触れていれば 香奈さんは ほぼ全て 視えるようになります。歩いている時は 手を繋ぎましょうか?そうすると 常時視える感覚も わかってくると思います。」何の迷いもない紫苑の声は ただ優しく響いていた。

香奈は 手を繋ぐことに照れて 一瞬 躊躇しそうになった。けれど 香奈を 見つめる澄んだ紫苑の瞳には 何の曇りも 見えなかった。

紫苑を見上げ「はい。」と答え 香奈は安心して 紫苑に そっと手を 差し出した。


2人は 手を繋ぎ 歩き出した。智と漆黒は 香奈達より 3メートル程 先を歩いていた。

香奈は 紫苑と繋いだ手から 少しピリピリと 静電気のような感覚が 伝わって来るのに 気付いた。

これが 紫苑の……神様の力なのかなと 香奈は 思った。

ゆっくりと 視界が クリアになり 遥か彼方の音も 鮮明に 聞こえて来た。

全身が 鳥肌が立つような 全ての感覚が はっきりして来たのが 香奈にも わかった。


「紫苑さん これ……。」香奈は 入って来る情報の多さに 恐怖を 感じるほどだった。

「大丈夫ですよ。僕が 付いています。」紫苑は 優しく微笑み 繋いだ手に 力を込めた。

紫苑の表情を見て 香奈は 少し気を緩めた。

「こんなに 凄いんですね……。全てが はっきりすると言うか……。」香奈は キョロキョロと 周りを見渡した。


その時 香奈の視界の端で シュッっと 何かが 木の後ろに隠れ 周りの空気が 重くなった。

「これ……って……。」香奈の声は 震えていた。

「いますね……。」紫苑は 木の方向を じっと見た。

「まずは 何が相手か 見極めないと……ですね。」紫苑は 香奈に言った。

「何でしょう?でも 何か良くない……気を 感じます。」香奈も 木を じっと見つめて言った。


「不成仏霊……ですね。」紫苑は 木から 目を逸らさずに 答えた。

「かなり 昔の男の子……かな?お母さんを 探してる。それで 上がれなくなっちゃったんだ。ずっと お母さんを 探し続けてるような 気がする……。」香奈は 寂しそうな顔になっていた。

「そうですね……。この子の服装からしても お母様も もう亡くなっているでしょう……。どうしたいか お話しに行きましょうか?」紫苑は ゆっくりと木に 向かって歩き出した。


「お話……通じるんですか?」香奈は びっくりして聞いた。

「話してみないと わかりません。彼を 納得させて 上に上げるのが 1番ですが 悪霊化していたら 消すしかないですね。」紫苑は 有無を言わせない きっぱりとした口調だった。

何も 言葉が 出て来ないまま 霊と話したことない香奈は 怖くなり 不安を感じた。

紫苑は「大丈夫ですよ。私が 話します。」にっこりと微笑み 香奈に言った。


「どうしたの?ここで 何してるの?」紫苑は 優しい声で聞いた。

紫苑の問いかけに 少年は ビクッとした。裸足に ぼろぼろの着物を 細い腰紐で結び まるで白黒写真のように 視える少年だった。 

輪郭も ぼやけていて 少年は 空中でふわふわと 浮いているようだった。

紫苑は 腰を落として 少年に 目線を合わせて 静かに微笑んでいた。

「おっ母を 探しとーと……。」少年は おずおずと答えた。


「お母さんは きっと上で 待ってるよ。」紫苑の声は 優しいメロディのようだった。

「上って どこと?」少年は 泣きそうな声で 答えた。

「天界……天国に いるよ。」紫苑は 少年の肩に そっと手をかけた。

「おっ母……おっ母は 死んどーと?」少年の目から ポロポロと涙が こぼれた。

香奈から 視ても 少年は ほんの5~6歳ぐらいの子供だった。


「おっ母は ここで 待っちょり言うた。だから おらは ここに おるけん。」少年は 紫苑の言葉を 信じたくないようだった。

「おっ母は 水を汲みに 行っただけたい。」少年は 涙を拭った。

「武士 もう 待っちょらんで ええ。おっ母は 上におるたい。そのお兄さんの言うこと 聞きんさい。おっ母のところば 連れてってくれるけん。」香奈は 自分の口から 出ている声に びっくりした。

私が 話してた?何 話したかさえ 憶えていない……。私の声だった。でも 私じゃない……今の何……?香奈は 口を両手で 押さえて 震えていた。


紫苑は もう片方の手で 震えている香奈の手を そっと握った。

「そのままで いい。」紫苑の声は 香奈の頭の中に 直接響いた。

「おっ母……?おっ母と?」少年は 香奈を見上げた。

「おっ母たい。おっ母のとこ 来んね?」香奈は 優しく少年を 抱きしめた。

「おっ母。おっ母……‼ 」少年も 香奈に縋り付き 声をあげて わんわん泣いた。


紫苑は そんな2人を 優しく見つめていた。

少年の泣き声が 落ち着くのを待ち 袂から 扇子を取り出した。

少年を 扇子で 下から そっと扇ぎ「お母さんと お行き。」紫苑は 優しい声で 少年に言った。

香奈の中から 優しい笑顔のお母さんが 出て来て 少年を抱きしめたまま 天界へと 上がって行った。

やがて 2人は 小さな光となって 夜空に消えて行った。


香奈は そのまま気を失い 身体から 力が抜けて 崩れ落ちた。

紫苑は 香奈を抱き止め「よく 頑張った……。」と 耳元で囁いた。

「そうか……。君は 霊媒体質だったんだね……。よくやった。本当に よくやったよ……。」紫苑は 独り言のように囁き 香奈の頭を 優しく撫でていた。


智は 漆黒に この山について 説明しながら 歩いていた。

気が付くと 少し後ろを歩いていたはずの香奈と紫苑の気配が 消えていた。

「あれ……?香奈達は?」智は 後ろを振り向き 眉をひそめた。

「いないな……。でも 紫苑が付いてるから 大丈夫だろ?」漆黒は 気にも 留めていなかった。

「え?でも……」智が 言いかけたところで 遠くから ガサガサと音が 聞こえた。


紫苑に支えられて 真っ青な顔をした香奈が 山から道へ 出て来た。

「どうした⁈ 大丈夫かっ⁈ 」智は 慌てて 香奈に 駆け寄った。

「少し休憩すれば 元に戻ると思います。」声も出せないほど フラフラな香奈に代わって 紫苑が 答えた。

「何が あった?」凄い剣幕で聞く智に 返事をせず 「私は 香奈さんを連れて帰ります。智さん達は どうされますか?まだ 練習されますか?」紫苑は 感情を込めずに 淡々と話した。


智は 一瞬漆黒を見て すぐ紫苑に 視線を戻し「練習は また今度だ。一緒に帰る。」と 答えた。

「わかりました。では 一緒に戻りましょう。」紫苑は 香奈を支えたまま 4人で 主屋に戻り ひとまず 香奈を ベッドに寝かせた。

3人で 台所に行き 智は 自分を 落ち着かせるために 温かいお茶を淹れた。

智は テーブルに 皆のお茶を置き 自分の席に着いた。


智は お茶を一口飲み「それで?何が あった?」鋭い目付きで 紫苑を見た。

紫苑は 悪びれる様子もなく 優しい笑みを 智に向けた。

「香奈さんは 凄いですね。智さん 知っていましたか?」紫苑は 目を細めて 智に聞いた。

「何を?」智は 訝しげな表情を 浮かべていた。

「香奈さんは 霊媒体質です。」紫苑は 智を じっと見つめた。

「え……?」智は 言葉を失い 何かを思い出すように 空を見つめた。


漆黒は 腕を組み黙って 2人のやりとりを見ていた。

「僕の知る限りでは 香奈が そんな素振りを 見せたことはない……。」智は 少し考えた後 答えた。

「なるほど……。そう言うことでしたら 僕が 力を貸したのも 影響しているかも 知れませんが……あの感じだと 香奈さんは 元々その素質を 持っていたんだと思います。」紫苑は さっきの出来事を 智に きちんと説明して話した。

「そうか……。そんなことが……香奈を助けてくれて ありがとう。」智は 小さな声で 紫苑にお礼を言った。

黒鉄は 智の足元に ぴったりと寄り添い 前足に顎を乗せて 寝ていた。


「紫苑 率直に 聞いてもいいか?香奈は 神怪師かみかいしやれる体力と素質が あると思うか?」智は 不安そうに聞いた。

「それを決めるのは 香奈さんです。僕達では ありません。ただ その素質を 香奈さんは 充分持っていますよ。」紫苑は きっぱりと答えた。

「そうか……。うん。確かに そうだな……。」智は 項垂れた。

「智は 心配症か?」漆黒は くすりと笑った。


その時 ガタッと音を立てて 台所のドアが開き 血の気が戻った香奈が 入って来た。

「大丈夫か⁈ 」智は 立ち上がって 香奈に手を 貸そうとした。

香奈は それを 手で制して 自分の席に座った。

「ふぅーーー……。」と 長くひと息を吐き「お兄ちゃん 大丈夫だから 心配しないで。」香奈は 力なく笑った。

「人に 身体を貸すと めっちゃしんどいんだねぇ……。なんか めっちゃ疲れたけど……なんか めっちゃ甘い物が 食べたい! 」と 香奈が言うと 皆は 思わず顔を見合わせ 声を出して笑った。


「確か 貰い物のクッキーが あったはず……取って来るよ。」智は 笑いながら 主屋から出て 拝殿に お供えしてあった クッキーの入った大きな缶を 取りに行き 戻って来た。

智は 香奈の分と 皆のおかわりのお茶を淹れて 自分の席に着いた。

「香奈さんは 凄いです。初めてなのに よく頑張りましたね。」紫苑は クッキーをひとつ手に取り 微笑んだ。

「いや 頑張るも何も 香奈 何を言ったか 何をしたか 全く憶えてないの。」香奈は クッキーをパクパク食べながら 興奮して話していた。


初めての出来事に 香奈は ハイテンションになっているようだった。

これは ひとしきり話をさせないと 香奈の興奮は 治まらないだろうと 智は 思った。

「何か 入って来たと思ったら そこからは もう記憶が プッツリ! 」香奈は ケラケラ笑いながら クッキーを 食べ続けていた。

「ゆっくり 食べろよ。」智は 苦笑した。

「香奈さん 今まで こう言うことありましたか? 」紫苑は 落ち着いた声で聞いた。

「ううん。初めて。」香奈は 首を振りながら 目を見開いていた。


「紫苑 力を あげ過ぎたんじゃねぇの? 」漆黒は 顔をしかめて聞いた。

「いえ。ほんの少ししか あげていませんよ。香奈さんは 元々霊媒体質だったんでしょう。本人も 周りも 気付かなかっただけで……。あっ。僕の力で 霊媒体質になったわけでは ありませんよ。僕は 少し力を 分けただけなので。」紫苑は 微笑んで きっぱりと言った。

「そうそう。繋いだ手が 少しピリピリしたと思ったら 視界が 凄くクリアになりました。」紫苑に対する香奈の言葉が 敬語に戻り ハイテンションが 幾分治まって来たようだった。


「お前 手繋いでたのか⁈ 」漆黒は 紫苑を バッと見た。

智は 少し複雑な表情を していた。

「そうですよ。1番効率的に 力を渡せるじゃないですか? 」紫苑は 何でそんなこと 聞くんだ? と言うような顔をしていた。

紫苑の表情を見て 智は なんだか笑ってしまい どこかホッとしている自分が いることに気付いた。


「いいなぁ。羨ましい。」漆黒の表情には 嫉妬が 含まれているようだった。

「漆黒も 智さんと手を繋げば いいじゃないですか? 」紫苑は きょとんとした顔で 言った。

「そう言う意味じゃねえ! 」漆黒は 怒ったものの 4人で顔を見合わせて 大笑いになった。

「俺も 早くあいつを 見つけないとな。」漆黒は 笑いながら言った。

「明日 近くの神社から 周ってみますか? 」紫苑は 優しい声で 漆黒に言った。

「そうしよう。とりあえず 近辺から しらみつぶしで 見て行こう。いいか? 」漆黒は 皆の顔を見た。

「はい。」と 香奈は 頷き「……明日は 行けるな。」と 智は 少し考えてから 答えた。


「じゃあ 今日は もう休みましょうか? 特に 香奈さんは 身体を ゆっくり休めて下さいね。いくら霊媒体質と言っても 1日1人もしくは 2人ぐらいのペースじゃないと 身体を壊します。基本的に これをするのは 1日に1人と 思って下さい。それと 僕と一緒の時以外は 絶対にしないで下さいね。その前に 僕も 香奈さんから 離れないように 気を付けます。いいですか? 」紫苑は 香奈の目を 正面から見つめ 目を離さずに言った。


「はい。わかりました。」香奈は 気を引き締めて こくりと頷いた。


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