第17話 2人の日常。

「じゃ 夜まで 時間あるし 僕は 神社で 仕事して来るよ。漆黒は どうする?」智は 漆黒に聞いた。

「基本 俺は 智と一緒に 行くから。」漆黒は ぶっきらぼうに言った。

「了解。」智は 俯いて微笑んだ。


「香奈は 主屋の掃除してから 勉強しよっかな?お兄ちゃん 手伝いがいる時は 呼んでね。」香奈は 智に言った。智は「わかった。」と 香奈に 頷いた。

「僕も 基本 香奈さんと 一緒に行動します。香奈さん お邪魔では ないですか?」紫苑は 香奈に聞いた。

「大丈夫です。ただ……お風呂とトイレ 後 着替える時は 1人にして 頂けますか?」香奈は 少し頬を赤らめて聞いた。

「もちろんです。プライバシーは 尊重します。」紫苑は 微笑んだ。


智と漆黒は 主屋を出て 神社へと 歩いて行った。

参拝者も ちらほらと来ていた。

参拝が終わった 参拝者とすれ違う時は 智は 軽く会釈をして「お疲れ様でした。」と 声をかけた。


「そう言えば 智は 浄衣は 着ないのか?」漆黒は 智に聞いた。

「うん。神事が ある時時は 着るけどね。神社にいる時は 雑務の方が 多いからなぁ。作務衣を着ることが 多いな。」智は 言った。

神主の普段着とされている白衣と袴でさえ 智が 身に付けることは ほとんどない。

掃除や 雑事が多いので 智は 作務衣を 好んで着ていた。

先代が ほぼ作務衣で 過ごしていたのもあって 智も 作務衣でいることが 多かった。

「あとさ やっぱ楽なんだよ。作業しやすいしな。」智は 笑って言った。


「漆黒は その服装大丈夫か?かっこいいけど 動き難そうだな。」智は 漆黒を見て 苦笑いをした。

「いや。気が付いたら この服装だった。ただ なんだろ……?重さも 感じないし……大丈夫そうだけど……。見たことない服だな。」漆黒は 自分の服装を見ながら 答えた。

「紫苑の服装は 着物だし 神様っぽいけど 漆黒は 洋装なんだな。洋装の神様って 日本の神様で いたっけかなぁ……?」智は 思い出そうとしていた。

「それな。確かに いないよな……。」漆黒も 不思議そうな顔をしていた。


「まあ そのうちに 何か 思い出すだろ。」智は 手水舎の斜め向かい側の拝殿寄りにある 小さな社務所の裏側の扉を 鍵で開けた。

「だと いいけどな。」漆黒も 智の後ろに付いて 社務所へ 入って行った。

社務所は 基本的に 無人の授与所になっていて 代金も 外からは 取り出せないように なっている木箱に 入れるようにしてあった。

智は 少なくなったお守りや 護摩木を 補充して行った。


「お札は 智が 書いてるのか?」漆黒は 綺麗な和紙に包まれた 木で出来たお札を 見て言った。

「そうだよ。授与されたら 新しいのを 書いてる。」智も お札を見た。

「ご利益あるのか?」漆黒は 真面目な顔で 聞いた。

「ふっ。あると思うぞ?黒龍様のいる神社だからな。ん?今 そっちにいるから いたになるのか?」智が 悩んでいると(今まで通り 書いた後 御祈祷すればいい。ほんの少し力を 入れておいてやる。)黒龍の声が 聞こえた。


「な?あるだろ?」智は 漆黒に にやりとした。

「人間は それに気付くのか?」漆黒は 護摩木を 眺めながら聞いた。

「気付く人もいるだろうし ただ純粋に ご利益だと思って買う人も いるだろうし 人それぞれだよ。」智も 護摩木が 置いてある場所を見た。

昨日 回収したばかりだったが 3本ほど 護摩木が 置かれていた。

智は 陳列台の下の小さな引き出しを開けて 巾着を1つ取り出し そっと護摩木を入れた。


昨日の夜に焚いた 業の強い護摩木を 智は 他人が見るのも 良くないと思っていた。

純粋な願いが 書かれた護摩木も 他人が見ると 効果が薄れてしまうような 気がしていた。

無人の為 他人の書いた護摩木を見るような 罰当たりなことを する人がいないとは 言い切れないからだった。

だから 護摩木が 置いてあるのを 見かけたら 智は すぐ 回収するようにしている。

余程のことがなければ 智は お昼ぐらいと閉門前に 1日に2回は 例え1本でも 回収していた。


「なあ?人間って 神様のこと 信じてるのか?」漆黒は 智が 護摩木を 巾着に入れるのを 見ていた。

「それこそ 人によるけど……僕の考えでは 無宗教の人が 多いと思う。でも 初詣や お宮参りとか きちんとされている人が 多いな。それに 辛いことや 苦しいことがあると 神頼みしたり 受験の合格や 安産とかも 祈願される人が多いな。不思議だけど……ね。ただ 見えないものこそ 信じ切るのは 難しいんだと思うよ。」智は 少し寂しそうに言った。


「神様は そのお願いを 全部聞いてやるのか?大変だな……。」漆黒は 口元に手をやり 考えた。

「それこそ 叶える叶えないは そっちの領域だろう?」智は 笑った。

「そっか。俺が 神様か……。」漆黒も 苦笑した。

「僕は 神様も 気まぐれで 良いと思うよ。叶えてあげたいと思うお願いを 聞いてあげれば いいんじゃない?」智は 笑顔で言った。

「そうか……。ただ 叶え方すら 全く覚えてないわ……。」漆黒は がっくりと項垂れた。

「まっ 昨日の今日だし おいおいで……。」智は 漆黒の肩を ポンポンと叩き 励ました。


「そう言えば ここ絵馬は 置いてないな……。」漆黒は 陳列台を 眺めて言った。

「昔は 置いてたみたい。昨日の護摩木みたいに 恨みや 妬みの言葉を 書いていく人も いるから 知らない人が その絵馬を 見かけてしまうと やっぱり 悪い気が 入るって……それは 良くないから 止めたって 先代が 言ってた。」智は ほとんどの補充を 終えていた。

「人間は 面白いな……。自分のために 願うんじゃなくて 他人を不幸にしようと願うやつも いるんだな。そんな労力を使うなら 自分のために その労力を 使えばいいのに……なんか 勿体ないな。」漆黒は 残念そうな顔をしていた。

「本当 それな。」智も うんうんと頷いた。


智の神社では 数種類のお守りと3種類のお札 黒色の地に 銀色で龍が 書かれたお守り鈴と 護摩木を揃えていた。

1番授与されるのは お守り鈴で かっこいいとコアなファンが たくさんいるらしい。

智も このお守り鈴の色合いは とても気に入っていて 自分の鍵に 付けているくらいだった。 

智は 補充が終わると 陳列台に 軽くはたきをかけてから はたきを 元の位置に戻した.

そして また 引き出しを開けて 別の巾着を取り出し 木箱の鍵を開けて 代金を取り出して 巾着に入れた。

智は 先程の護摩木を入れた巾着と 代金を入れた巾着を2つ 手首にかけて 社務所の鍵を閉めた。


今度は 本殿に行き 鍵を開けて 中に入った。

智は 御神体の前に置いてある 黒に金色の縁取りがされた供物台に 代金を入れた巾着を そっと置き 護摩木は 巾着から 出して置いた。

奥から 座布団を2枚持って来て 片方の座布団に 漆黒に 座るよう手で合図した。

智は お経を唱えた。漆黒は その横で 神妙な顔で お経を聞いていた。


聞こえて来る智の声は 心地良いリズムで 漆黒は 聞いているうちに うとうとして来ていた。

智は ちらりと横目で 漆黒を見て 微笑んだまま お経を唱えていた。

智が お経を唱え終わると 漆黒は 目を開けた。

「あーーー……。寝てたな。たぶん……。」漆黒は 欠伸をして 笑いながら言った。

「いいんだよ。それで。こっちは 神様や 亡くなった方が 気持ち良くなるように お経を 唱えてるんだから。」智も 笑った。


「いつも こうやってんのか?」漆黒は 聞いた。

「そうだな。授与されたものは 全て神様に 1度お供えしてる。護摩木は ある程度 溜めておいてから 焚くよ。願い事の護摩木なら 昼間 人が少ない時に お経を唱えながら 外で焚いてる。業の強い護摩木は 昨夜みたいにしてるよ。」智は 護摩木を手に取り 立ち上がって 棚に 護摩木を収めた。


「割と 忙しいんだな。人間も 好きに来て 参拝して行くから もっと 暇なのかと思ってた。」漆黒は 驚いた顔をしていた。

「仕事は 探せば どれだけでもあるぞ?暗くなるまで まだ時間があるから 草抜きするかな。」智は 本殿から出て 鍵を閉めた。

「草抜き?」漆黒は かなり嫌そうな言い方をした。

「僕と一緒に いるんだろ?何なら 手伝ってくれても いいぞ?」智は 意地悪そうに笑った。


主屋では 香奈と紫苑が 掃除をしていた。

「お兄ちゃん 洗い物してくれたから 香奈は 掃除機を かけますね。」香奈は 紫苑に言い 居間の押し入れから 掃除機を出した。

香奈は 台所と居間を 手早く掃除機を かけて行った。


「そう言えば 香奈さんは ご自分のことを 香奈と呼ばれるんですね。」紫苑は 不思議そうに聞いた。

「あっ。えっと 身内……家族といる時は 小さい頃からのくせで……香奈って 言っちゃいますね。外では 気を付けてるんですけど……。」香奈は 恥ずかしそうに話した。

「そうだったんですね。大丈夫ですよ。変とか言う意味ではなく 単純に 不思議だったものですから……。香奈さんは 気になさらず 今まで通りで 話して下さいね。」紫苑は 微笑んだ。

「あ……ありがとうございます。」香奈も 照れくさそうに笑った。


台所と居間の掃除が 終わると 香奈は 漆黒と紫苑が 寝ていた客間へと入って行った。

たぶん 紫苑が 整えたんだろうなと 香奈は 思いながら 綺麗に 整えてあった布団を 1度上げてから 掃除機をかけ また 綺麗に 布団を敷いた。

「お手間を かけます。」紫苑は 手伝いながら 言った。

「全然 大丈夫です。」香奈は にっこりと微笑んだ。


「いつもは お兄ちゃんと2人きりなので 賑やかになるのは 嬉しいです。」香奈は 紫苑に言った。

「ありがとうございます。お世話になりますね。」紫苑は 香奈に お辞儀をした。

「紫苑さん その着物 とても綺麗な色ですね。」香奈は 紫苑の着物を見た。

「そうですね。ありがとうございます。ただ 気付いたら これを着ていたので 僕の着物なのか わからないですけど……。」紫苑は 両手を 肘の高さまで上げて 自分でも 着物の色を見た。

「そうだったんですね……。でも ピッタリお似合いなので きっと 紫苑さんの着物だと思います。」香奈は 紫苑を見て 微笑んだ。


「ここが 香奈の部屋です。」香奈は ドアを開けて 中に入り 掃除機をかけ始めた。

香奈の部屋は 勉強机と椅子 小さめの本棚が2個と ベッドが 置いてあるだけのシンプルな部屋だった。

「可愛いお部屋ですね。」紫苑は 部屋を 見渡して言った。

「小さいんですが お気に入りです。」香奈の部屋の掃除は すぐに終わった。

元々 智が 小さめの書庫として 使用していた部屋を 香奈が 引っ越しが 決まった時に 空けてくれた部屋だった。


香奈は 掃除機をしまう前に「こっちが お兄ちゃんの部屋です。」と 向かい側のドアを 指差した。

「お互いプライバシーは 大事にしようと言うことで 相手がいない時は 勝手には 入りません。掃除も 各々することになってます。」香奈は 紫苑に 教えた。

「わかりました。僕も 智さんが いない時には 入らないようにしますね。」紫苑は 頷いた。

「よろしくお願いします。」香奈は お辞儀をした。


「えっと じゃあ 掃除も終わったから 勉強します。紫苑さんは どうしますか?」香奈は 聞いた。

「そうですね……お邪魔で なければ 香奈さんと一緒に お部屋に いてもいいですか?本を 読ませて頂きたいのですが……。」紫苑は 微笑んだ。

「紫苑さんが 興味ありそうな本ありました?」香奈は 少しびっくりした顔になり 紫苑と2人で 部屋に戻った。


「紫苑さん 椅子が 1個しかないので 遠慮なくベッドに 座っちゃって下さいね。」香奈は 紫苑に ベッドに 腰掛けるよう勧めた。

「本 お借りしても 大丈夫ですか?」紫苑は 1冊の本を 手に取った。

「好きな本 どれでも 読んで下さい。」香奈は にっこり微笑んで 勉強机に向かって 椅子に座った。

香奈は 通信教育の教科書を 出して読みながら マーカーで線を引き ノートに 書き込んで行った。


香奈の勉強の邪魔にならないように 紫苑は ベッドに浅く腰掛け 気配を消して そっと本を開いた。

紫苑が 借りた本の背表紙には『神様の本』と 書いてあった。


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