第8話 2人の着地点。

ゴトン‼ ゴロゴロゴロゴロ……‼

鈍い大きな音を立てて 揺らめく炎の中から 何かが 飛び出して来た。


「うわっ!え?何?お兄ちゃん 何の音?」香奈は 智の方に 飛び退き 思わず腕に しがみ付いた。

「え?何?お兄ちゃん 何ーーーーー?」香奈は パニックになっていた。

「落ち着け。香奈。」香奈の手を ギュッと握り 落ち着かせながら 智は 音の先を追った。

握り拳ほどの真っ黒な石が 部屋の隅に置いてある文机の足に 当たって止まったのが 見えた。


「石か……?なんだ?」智は 石を じっと見た。

「石?えっ?石?」香奈が 智の目線の先を 見ようとした。

智は 香奈の手を そっと下ろして 立ち上がり歩いて行った。

智は 大きな黒い石を 手に取り 戻って来た。


「なんだろう?この真っ黒な石は……黒曜石みたいだな。」智は 石を 見つめていた。

「え?今 杓皿から 出て来たよね?」香奈も 横から 覗き込んだ。

「僕にも そう見えたけど……。不思議だな。なぜ杓皿から……。」智の手のひらにある石を 2人は 繁々と見つめていた。


その時 ダンッ‼‼‼ と大きな音と共に 杓皿と 燃え残っていた護摩木が ガッシャーーーーーーン‼ ガシャ‼ カシャ‼ キーーーーーーン。コロコロコロ……と四方八方に 飛び散っていた。


「熱っっっっっ。」「おっと……。」2人の男性の声が ほぼ同時に聞こえた。


「キャーーーーーーーーーーーッ‼ 」香奈は 智に抱き付いた。

「何事⁈」智は 悲鳴を上げて抱き付いて来る香奈を 庇いながら 杓皿の置いてあった座卓を 見上げた。


杓皿のあった場所に 薄紫の着物姿に 白髪に近い胸の下まである長い髪で 綺麗な顔立ちの青年と 上下真っ黒のガッチリとしたスーツに ガッチリとしたブーツを履いた精悍な顔付きをした黒髪の背の高い青年が 2人立っていた。


「え?どう言うこと?」香奈は 目をぱちくりさせている。

「これは……。」と 智は 呟いた。

「よし。なんとか 出られたっぽいな。」頬に 飛び散った火の粉を 手で振り払いながら 黒髪の青年は 言った。

「ここが 出口だったのかは わかりませんが 出られたのは 確かですね。」小さな声だけど はっきりと聞き取れる 芯の通った声で 白髪の青年が 答えた。


白髪の青年は 智と香奈の顔を見て 小さく会釈をして「すみません。散らかしてしまいましたね。」座卓から 下りて 杓皿を拾い 燃え残っている護摩木を集めて 杓皿に入れていった。

「お前 熱くないのか?」黒髪の青年も 聞きながら 乗っていた座卓から 下りた。

「先程 僕達が 飛び込んだ炎の池と 一緒ですよ。熱くなかったでしょう?」白髪の青年は 答えた。

「でも 俺 さっき 火の粉被って 熱かったぞ?」黒髪の青年は 手で 頬をなぞった。


智と香奈は 呆然と2人のやりとりを 聞いていた。

「それは 熱いと思ったからですよ。炎の池は 熱いと思いましたか?」白髪の青年は 黒髪の青年に言った。

「いや。絶対 熱くないと 言い聞かせて 触ったから……。」黒髪の青年は 答えた。

「それと 一緒ですよ。」白髪の青年は にっこりと微笑んだ。


「お兄ちゃん この人達って……。」香奈は 智に抱き付いたまま 2人を凝視したまま 小さな声で聞いた。

「うーーーん。炎の池から 来たって言うのが 気になるが……な。」智も 2人を見つめたまま 小さな声で答えた。

「だよねぇ……。」香奈は 相槌を打った。


白髪の青年は 燃えて粉々になった 護摩木の燃えかすですら スッスッと手で撫でて 何事も無かったように 綺麗にして 杓皿を 元の場所に戻した。

そして 着物の裾を揃えて 杓皿を中心に 綺麗な佇まいで 音も立てずに 智の左斜め横 香奈の座っていた場所の正面に 正座をした。

それを見ていた黒髪の青年は 智の正面に あぐらをかいて座った。


2人の様子を見ていた香奈は 智から離れ 部屋の隅に置いてあった 予備の座布団を2つ取って戻って来た。

座布団を 黒髪の青年と白髪の青年に 勧めた。2人の青年は それぞれ座布団を敷いて その上に座った。

香奈は 静かに 元の位置に戻り 座った。


智も 手に持っていた石を 横にそっと置き 香奈に引っ張られて よれた作務衣を直して きちんと背筋を伸ばして 正座をした。

杓皿を置いた座卓中心に 4人が 向かい合う形で座り 奇妙な静けさが 漂っていた。


最初に 口を開いたのは 黒髪の青年だった。

「急に 邪魔して悪かった。」黒髪の青年は 頭を下げた。

「いえいえ。頭を お上げになって下さい。」智も お辞儀を返しながら「どちらから ここに いらっしゃったんですか?」智は 2人を 見比べながら 聞いた。

「逆に ここは どこだ?」黒髪の青年は 聞いた。

それを諫めるように 白髪の青年が「護摩木を 焚いていたと言うことは ここは 神社でしょう。」智の顔を 見ながら答えた。


それと同時に 白髪の青年は 護摩木……?神社……?なぜ わかったのだろう?懐かしいような 不思議な気持ちがした。

智は 一瞬 訝しげな顔をした 白髪の青年に向かって 小さく頷いた。


「神社か!その護摩木とやらを 焚いていた炎が 向こうの炎の池と 繋がっていたのか?」黒髪の青年は びっくりした声で 言った。

「そうみたいですね。」白髪の青年は 黒髪の青年を見た。


白髪の青年は 居住まいを正し 智と香奈に きちんと視線を 合わせた。

「ちゃんと 自己紹介をしたいところですが 実は 僕達は 自分達が 誰なのか 全く憶えていません。そして どこにいたのかさえ よくわかっていません。」智と香奈に 言った。

「そうだったのですね。」智は 頷きながら「では どのようなところから 来られたのか 伺っても よろしいですか?」と 聞いた。


今度は 黒髪の青年が 口を開き「そこは 真っ暗闇だったんだ。何も 見えなくて 何もなくて あいつを ずっと探してたんだ。」慌てた声で 早口で話した。

白髪の青年は 小さな声で「あいつは 誰かは わからないのですが この方が とても会いたい人が いるようです。」黒髪の青年の足りない言葉を 補完してくれたようだ。


「そのまま そこに 突っ立っているわけにも いかないし あいつを探したかった。途中で 出会ったんだ。」黒髪の青年は 白髪の青年を見た。

「それから また2人で 歩き続けた。小さな灯りが 遠くに見えて 一緒に そこを目指した。着いてみたら その灯りは 炎の池だったんだ。」黒髪の青年は 早口で 言った。


「炎の池ですか?」智は 少し怪訝な顔をしながら もう1度 聞いた。

「そうだ。遠くから見えた灯りは 炎の池だった。触っても 全く熱くなかったから 他に行けそうな場所も 何も無かったし 一緒に 飛び込んだんだ。」黒髪の青年は また 早口で答えた。

「飛び込んだ先に 繋がっていたのが ここです。」杓皿に 手を向けながら 白髪の青年が しっかりとした声で ゆっくりと話して付け足した。


「なるほど そう言うことだったのですね。では こちらの石には 見覚えがありますか?」智は 横に置いていた石を手に取り 2人に見えるように 少し腕を上げた。

「あっ。それは 俺が投げた石だ。」びっくりした顔で 黒髪の青年が言った。

「飛び込もうと思った時に 深さを確かめたかったんだ。調度 足元にあったから……。」黒髪の青年は 苦笑いをした。


「こちらの石は 黒曜石だと思います。溶岩が固まって出来た火山岩だと言う文献を 見たことがあります。それに 炎の池とおっしゃられている。その様な場所から いらっしゃったのですか?」黒髪の青年と白髪の青年の顔を見ながら 智は ゆっくりと話した。

「空は 何も見えず 真っ暗闇でした。火山かどうかは わかりませんが 岩山は たくさんありました。草木も生えておらず 先程の様な石も たくさん転がった荒涼とした大地でした。そして 僕達以外には 他に誰にも 会っておりません。」白髪の青年は 記憶を辿るように 淡々と答えた。


「……そうですか。そのような場所に 心当たりが無いことも ないのですが……。お2人の姿と その場所が 余りにも違い過ぎて 安易にお答え出来ません。私も 少し文献を調べたいので もし そちら様がよろしければ 夜も 更けていますし 今日は もうお休みに なられませんか?主屋に 寝床と衾を 用意致しますよ。」智は 微笑みながら 言った。


「確かに たくさん歩いたな。俺は 大丈夫だが 疲れていないか?」黒髪の青年は 白髪の青年を見た。

「そうですね。では そうさせて頂きましょうか。」白髪の青年は 頷いた。

「申し遅れました。私は 松織 智と申します。こちらが 妹の香奈です。どうぞ よろしくお願い致します。」智は 深々とお辞儀をした。

智に習って「香奈です。」と言いながら 香奈も お辞儀をした。


「ありがとうございます。智さん 香奈さん よろしくお願いします。」白髪の青年も お辞儀を返した。

「ありがとう。助かったよ。」黒髪の青年は 小さくお辞儀をした。


「じゃ 香奈 主屋に行って お布団を敷いて来るね。客間でいい?」香奈は 智に向かって言った。

「うん。客間で 大丈夫だよ。」智は 頷いた。

「ところで お兄ちゃん ふすまって何?」香奈は 笑いながら 聞いた。

「衾は 布団のことだよ。」智も 小さく笑いながら 答えた。

「へぇー。お布団のこと 衾って言うんだ?初めて 知ったよ。」香奈は 感心した顔をして 部屋を出て行った。


「さて 粗茶しかありませんが 熱いお茶でも 淹れましょうか。」智は 2人に向かって 微笑んだ。

2人は 智が 用意した熱いお茶を とても 美味しそうに飲んだ。

余程疲れていたのか 2人は 言葉を交わすことなく 飲み終えた。


香奈が ひょこっと襖から 顔を出し「お兄ちゃん 寝室の用意出来たよー。」と 声をかけた。

「香奈 主屋に 案内してくれるか?」智は 頼んだ。

「お茶を ありがとうございました。」白髪の青年は 智にお礼を言った。

「寝室も ありがとう。」黒髪の青年も 智にお礼を言った。

「いえいえ。どういたしまして。お粗末様でした。どうぞ ごゆっくり休んで下さいね。」智は 立ち上がって見送りながら 深々とお辞儀をした。


主屋に 2人を案内して 戻って来た香奈は 襖から 顔を出して 何か言いたげだったが「お兄ちゃん お風呂入って来るね。」とだけ 智に言い 襖を閉めて お風呂へ 行った。


智は さっき転がって来た黒曜石を 手に取り 文机の上に置いた。

文机に向かって座り 智は あらゆる文献を 読み漁った。


真っ暗闇……。

何も無い 荒涼とした大地。

岩山。黒曜石……。

転がって来た黒曜石を 手に取り眺めた。


そして 炎の池。


2人の青年の言葉を 思い返しても 智の思い当たる文献を どれだけ読んでも 智が 思い当たるふしが ひとつしかない。

そんなに 簡単な 答えなのか?

そんなに 簡単に 答えを出していいものか……?智は 思い悩んだ。


智は 頭をスッキリさせようと思い もう1杯熱いお茶を 淹れようと 立ち上がった。

2人の青年の座っていた場所に 置いたままだった湯呑が 目に入った。

2人が 美味しそうに 飲んでいたのを 智は 目の前で見ていた。

でも その湯呑は 2つとも ほんの1cmほど 減っていただけだった。

やはり そう言うことか……智は 怪訝な顔をしながら その湯呑を見て 嬉しそうに微笑んでいた。


彼らの居た場所は 智の知る限り 冥界 地獄 黄泉の国などと言われるところだろう。

でも 彼らの佇まいは それとは 正反対で 薄っすらと光のベールを纏っているかのように 身体の周りが 光っていた。

智には それが とても嬉しかった。


襖が ガラッっと開き「お兄ちゃん お風呂空いたよー。お先にね。」と言いながら 香奈が 部屋に入って来た。

「お兄ちゃん あの人達 大丈夫かな?」香奈は 心配そうに 智に聞いた。

「大丈夫だよ。ゆっくり休めば 良いだけだから。続きは 明日 ゆっくり話そう。」智は 香奈に向かって 微笑んだ。

「そっか。なら 良かった。じゃ 香奈も 主屋に 戻るね。お風呂冷めないうちに 入ってね。おやすみー。」と言いながら 部屋を出て行く 香奈の後ろ姿に「おやすみ。また明日……。」と 智は 声をかけた。


「さて 僕も お風呂に入って ゆっくり寝るか……。」智は 湯呑を片付けながら 急須と一緒に おぼんに乗せて 主屋に帰った。

智にとっては 神社が 主屋 住処が 離れみたいなものだ。


神社の外観を損なわないように 神社の裏手の少し離れた場所に 木々に囲まれて見えないように 智達の住む家が ひっそりと建てられている。

そこは まるで 神様の棲家のようで 一般の人には 立ち入り難い雰囲気を醸し出している。

そのおかげで 一般の参拝者が 入って来ることは まずない。


昔の人は 上手に建てたものだと 智は 神社と住処を行き来する度に思う。



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