第7話 色彩の名前。

少女が 目を瞑り寝ているように 横になっていた。

何度か 瞬きを繰り返して 少女の目が パチリと開いた。


「え……?何……?ここ どこ……?」目を 真ん丸に見開き 小さなか細い声を出した。

少女は 両手を突いて 身体を起こし 上半身だけ起き上がり 斜め座りになった。


少女は 桜色のふわふわのオーガンジー生地で 膝下まであるワンピースを 着ていた。

大きな丸襟に パフスリーブの半袖 お腹と膝上辺りに 2本斜めに 切り替えが 入っていて 所々に 小さな白色のリボンが 付いていた。

ふくらはぎ部分に 白いリボンレースアップが付いた可愛い桜色の靴を 履いていた。


少女は ふわっとした前髪に ゆるくウェーブのかかった胸元まである長い髪も 綺麗な桜色だった。

髪には 太陽の光が当たり 透けるような肌 顔は どこか幼さが残り あどけない表情をしていた。

少し垂れた目には みるみるうちに 涙が溜まり 今にも 零れ落ちそうだった。


「え……。なんで……?」少女の目から ポロポロ涙が 出て来た。

「どこ?ここ……。」周りを見渡しても 真っ白な雲しか 見えない。少女以外 誰もいなかった。

「どうしよう……?……っく。ひ……っく。」少女は 1人が 不安だったのだろう。たまらず両手で 目を覆い しくしくと泣きだしてしまった。

 

「あっ。いたいたー。」その時 遠くから 声が聞こえ 少女は 顔を上げた。

遠くの方に 大きな真っ白な龍の背中に 真っ赤な服を着た少女が 乗っているのが 見えた。

「おおーーーい。」銀髪の少女は 大きく手を振っていた。

さっきまで 泣いていた桜色の服を着た少女は「え……?誰……?何?龍……?」と 目をパチパチさせていた。


真っ白な龍は 音も立てずに すぅっと雲の上に 着地して 周りの雲に 溶け込んだ。

龍は 何も言わず そのまま 目を瞑り 眠ってしまったようだ。

真っ赤な服に 銀髪の少女が 龍の背中から ひらりと降りて来た。

「大丈夫?泣いてたみたいだけど……。」少し屈んで 泣いていた少女の顔を 覗き込んだ。

少女は 自分より 5歳ぐらいは 年下に見えた。

「大丈夫……。」と言いながら 泣いていた少女は 涙を拭った。


「1人?」銀髪の少女は 泣いていた少女の前に向かい合うように 体操座りで 腰を下ろした。

「うん。ここが どこか わからなくて……。」泣いていた少女は 蚊の鳴くような声で 話した。

「私も よくわからないんだけどさ たぶん雲の上だと思う。」銀髪の少女は 泣いていた少女の顔を見ながら 話した。

「雲の上……。」泣いていた少女は 不思議そうに もう1度 周りを見渡した。


「だよね。私も 最初は なんで ここにいるんだろう?って 思っちゃった。」銀髪の少女は 少しだけ笑った。

「名前 なんて言うんですか?」泣いていた少女は 聞いた。

「それがさ 憶えてないんだよね。」銀髪の少女は 困った顔で言った。

「え?そうなんですか⁉」泣いていた少女は びっくりした声を出した。


「あなたは 憶えてる?」銀髪の少女は 聞いた。

「うん。私の名前は……えっと えっと……。え?なんで 出て来ないの……?」また目に 大粒の涙が 溜まり出した。

「ほらほら。泣くと 綺麗なピンク色のワンピースが 濡れちゃうよ?」泣いている少女に 言い聞かせるように 銀髪の少女は 言った。

「違う。違うのっ。この服 桜色なのっ。」少女は 半分泣きながら 首を振った。

「へえ。桜色なんだ。可愛いね。」銀髪の少女は にっこり笑った。


「そう。桜色……。」少女は 目に涙をいっぱい溜めたまま 服を見て 少しだけ微笑んだ。

「そっか。じゃあ 名前も わからないし 桜ちゃんにする?名前。」銀髪の少女は 笑顔で聞いた。

「……!うん。桜にする。名前が 出来て嬉しい。」桜は にっこりした後「自分の名前も わからないのに なんで色だけ わかるんだろう?」桜は 不思議そうに言った。


「確かに 不思議だね……。でも そうすると 私の名前は 赤か?うーーーん。ちょっと 微妙だな。」銀髪の少女は 自分の服を繁々と見ながら 親指と人差し指で 自分の顎を軽く持ち 考え込んだ顔をした。

「違うのっ。赤じゃない。あなたの服の色は くれない色なの。」桜は 首を左右に ブンブンと 振りながら言った。

「凄いね……。本当に 色は はっきり識別が 出来るんだね。桜は 凄いね。私は 何も 憶えてないや……。」銀髪の少女は 頭を掻きながら 悲しそうな顔で 俯いた。


「じゃあ……じゃあ あなたの名前 くれないにしませんか?」桜は 励ますように 慌てて明るい声を 出した。

くれない……?くれないか……。うん!いいね。くれないにしよう。」紅は 嬉しそうに 顔を上げて 微笑んだ。

「はい。いいと思います。くれないさん。」桜も にっこり微笑んだ。

「呼び捨てで いいよ。桜。」くれないは 人差し指を立てて 左右に振った。

「……んと わかりました。くれないちゃん。」桜は 困り顔で コクコクと頷いた。


「桜に会えて 良かった。名前が 出来たよ。」くれないは 桜に 微笑みながら 白龍に向かって「はくちゃん 私の名前 くれないに 決まったよ。こっちは 桜。」と 桜を 指差した。

白龍は ゆっくりと目を開け(ふぉふぉふぉ。決まったかの。くれないと桜じゃな?よろしくのう。)白龍も 微笑んだように 見えた。

「こちらは 白龍のはくちゃんだよ。」くれないは 桜に 白龍を 紹介した。

白龍は 雲と一体化しているものの 開いた目の大きさだけで 身体の大きさが 想像出来る程 充分大きかった。


桜は 少しびっくりした顔になって「大きいんですね……。」と 白龍を見つめた。

(そんなに 見つめられると照れるのう。わしのことは はくちゃんと呼んでくれのう。ふぉふぉふぉ。)白龍は 嬉しそうに言った。

「何気に はくちゃんって呼び名 気に入ってんじゃん。」くれないは ケラケラ笑った。


(昔にのう 皆から 白龍様と呼ばれておっての。わしは こそばゆかったんじゃよ。)白龍は 照れているようだった。

(真面目に 拝んでくれる者達に おどけたことは 言えんかった……。くれないと桜じゃから 言えるんじゃよ。ふぉふぉふぉ。)白龍は 遠くを見るような 目で答えた。


はくちゃん これから よろしくお願いします。」桜は 大きな声で言った。

桜は 背筋をピンと伸ばし 正座に座り直して 両手を突き お辞儀をした。

くれないは そんな桜を 微笑ましく見ていた。

さっきまで あんなに不安そうで 泣いていた桜は 案外 しっかり者なのかもしれないと くれないは 思った。


「さて 名前も 決まったところで これから どうしようかな……?」くれないは 思案した後「途中で 降りたから 残りぐるっと周っちゃう?」と 桜と白龍を 見ながら言った。

「周るって……何?」桜は きょとんとした顔で 聞いた。


「あっ。そっか。さっきまで はくちゃんと 雲の上を 何かないか 見て周ってたの。そしたら 桜の声が 聞こえたから 降りて来たんだ。」くれないは 説明した。

「うんうん。」桜は 頷きながら 聞いていた。

「まだ 全部 見てないから 残りを 周って見ようかなと。」と言いながら くれないは 白龍を見た。

(行先は 2人で 決めるんじゃ。ふぉふぉふぉ。決まったら 起こしてくれのう。)白龍は また目を瞑ったが 今度は 寝たふりなのが バレバレだった。


桜は ハッとした顔になり「くれないちゃん それがいいと思います。桜みたいな人が 他にも いるかもしれません。」桜は 姿勢を 正したまま言った。

「そうだねぇ……。他にも 泣いている子が いるかも しれないねぇ。」くれないは にやりとして言った。

くれないちゃん ちょっと意地悪です。」桜の顔は 真っ赤になって 頬をぷくっと膨らませた。

「ごめん。ごめん。桜は 可愛いからさ つい。」くれないは 桜にウィンクをして見せた。

「よし。じゃあ 残りも ぐるっと周っちゃおう。」くれないは すくっと立ち上がると 桜に 手を差し伸べた。


桜は 差し出された紅の手に 一瞬 戸惑ったものの すぐに 嬉しそうな顔に変わり くれないの手を ぎゅっと掴んで 立ち上がった。

「行こう。くれないちゃん。」そう言って笑う桜の表情は とびっきりの笑顔だった。


はくちゃん 決まったよ。続き周ってくれる?」くれないは 桜と手を繋いだまま 白龍に 声をかけた。

(じゃ 行こうかのう。)白龍は 2人が 乗りやすいように 顔を 少し持ち上げた。

くれないは 桜を先に乗せて 桜の後ろに乗った。


白龍は また音も立てずに そのまま すぅっと飛び立った。

桜の髪が ふわりと 宙に舞った。

「わぁ 高いーーー。」桜は 弾んだ声を出した。

「ね。高いし 気持ちいいよねぇ……。」くれないは 目を細めて 遠くを眺めた。


くれないは 果てしなく続く雲海を 見ながら この雲海を 飛び終わってしまったら 次は 何をすれば 良いのだろう?と 思いを巡らせていた。


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