第4話 何もない大地。

どこだ?

どこに行った?

あいつは どこだ?

さっきまで この手にあいつを抱いていたはずだ。


皆と 脱出する時に 2人で抱き合って飛んだ。


飛んだ……。

飛んで……どうなったんだ?


あいつは どこにいる?

あいつを 呼ばないと。


あいつを……。

あいつの名前を……。


あいつの名前は……?

あいつの名前は……何だった……?


俺は あいつと一緒だった。

この手に 抱いていたんだ!

ずっと一緒に いたんだ!

なぜ あいつが ここにいない?


ここは どこだ?

なんで こんなに 真っ暗なんだ?


俺の光を見つけないと!

俺の大切な光のあいつを……探さないと……!


俺は いつも あいつを 探し続けている気がする。

俺が……あいつを探すのは これで何度目だ?


自ら あいつを手放したことなど ただの1度もない。

なぜ俺は いつもあいつを 探し続けているんだ?


俺は…俺は……誰だ?


あいつは…あいつは………どこだ?



彼は 息を切らしながら パニックに陥っていた。

真っ暗闇の中で 病的なほど 爛々とした目で 周りを見渡し 必死になって あいつを探していた。

彼は 自分の名前さえわからず あいつの名前を呼びたくても あいつの名前も 出て来なかった。

「どこだ?ここは……。あいつは どこにいる?」彼は 頬を伝う汗を 手の甲で拭った。

やけに 蒸し暑く感じる。よく見ると 蒸気か霧か わからないが 彼の周りには 靄が かかっていた。


足元には ゴツゴツとした黒い岩が 転がっている。ぱっと見 歩きやすそうには 見えない。

彼は 暗闇に 多少目が 慣れてきたのか 遠くに 低い岩山が 連なっているのが 見えた。

どこに行くか 目印もない。彼は ここに来るまで 何をしていたのかさえ 全く憶えていなかった。


あいつと一緒に飛んだことだけが 彼の唯一 憶えていることだった。

でも あいつが ここにいないことは 彼の直観で 感じていた。

「俺が あいつを 探さないといけない……。」彼は そう言うと 何もない荒涼とした大地を 歩き出した。


周りを見渡しても 大小の真っ黒な岩や 岩山があるだけで 木も 草も 1本も 生えていなかった。

普段の生活で 耳にする鳥の声や 木々の葉の揺れる音 川のせせらぎ 風の音も 何もない。

静まり返った闇の中で 彼が 踏みしめる砂利の音が じゃりっじゃりっと響いた。

彼以外 生きているものの気配が ない。彼の服でさえ 闇に溶け込むように 全身真っ黒だった。


上着は コーティと言われるジャケットに 似ていた。かっちりとした黒色の詰襟に 正面には 銀色のダブルボタンが 並んでいて 前は 腰の辺りの短めの丈 後ろは 燕尾服のように長くなっていた。

下は 足にぴったりとフィットした 黒色の長いパンツをはいていて 膝まであるごついミリタリーブーツを履いていた。


彼は 半分 這うように 小高い岩山を登り 上から 見下ろした。さっきまでいた場所と同じで 真っ暗な荒涼とした大地が 広がっていた。

「ふぅ……。」と 大きくひと息付き 彼は 何かに取り憑かれたかのように 歩きを止めず そのまま まっすぐ前を目指して 何個かの岩山を 登り下りした。


少しだけ 開けて来て 平地になり 歩きやすくなったものの 足元には 大小様々な黒い岩や 石が たくさん転がっていた。

彼は 転ばないよう気を付けながら 歩いていると 右横の暗闇から「すみません。」小さいけれど 芯のある声が 聞こえた。彼は びっくりして 振り向いた。


そこには 綺麗な白髪の長い髪で 薄紫の着物に 金と銀色の格子柄の帯 銀色の三日月の帯留めに 黒と銀色で編み込まれた帯紐 着物と同じ薄紫の羽織を着て 紫と灰色の鼻緒の雪駄を履いた華奢な青年が 立っていた。

彼は 目を見張って足を止め 白髪の青年を見たまま そこに 突っ立っていた。白髪の青年は「ここは どこでしょうか?」と 聞いた。


彼は 我に返ると「俺も わからないんだ。君は どうして ここにいる?」と 逆に聞いた。

「何も わかりません。気が付いたら ここにいたので……。」白髪の青年は マッシュショートな黒髪で 服装も ほぼ黒一色 自分よりも 20cmは 背の高い彼を 見上げて答えた。

黒髪の彼は 白髪の青年の顔を見て 自分より 2~3歳ほど 年下だと思った。


「一緒か……。俺も 気付いたら ここにいた。それより あいつを 見かけていないか?」彼は 一縷の望みに 賭けて聞いた。

「あいつって 誰ですか?」白髪の青年は きょとんとした顔をしている。

「……だよな。忘れてくれ。」彼は 腰に両手を当て 残念そうに 首を 横に振った。


「探している人が いるんですね。」白髪の青年は 悲しそうな顔をした。

「そうだ……。」彼の頬は 少しだけ赤くなった。白髪の青年には『あいつ』が 誰だかわからないけれど 彼の大切な人なんだなと感じた。


「見つかるといいですね。」白髪の青年は 微笑んだ。

「だと……いいがな。」彼は 少し考え込んだ顔をしている。


彼は 思い出したように「自分の名前が わかるか?」と 聞いた。

白髪の青年は 両手をお腹の前で組み 目を瞑り 首を 横に振りながら「それも わからないんです。」と 困った声で 答えた。

「同じだな……。」彼は 右手を口元にやり 下を向いて考えた。


「あっ。だから『あいつ』さんの名前も わからないんですね?」白髪の青年は ハッとした顔になった。

「そうだ。あいつと抱き合って 皆と飛んだんだ。そこまでは 憶えているんだが……。」彼は 悔しそうな顔になった。


「記憶が あるんですね。僕は 全くありません。気が付いたら ここにいたって感じで……。」白髪の青年は 少し考えて「皆と飛んだと言うことは もしかすると 僕も その場にいたのかも しれませんね。今 ここで あなたと 同じ場所にいるわけですから。」と 付け足した。


「そうかもしれない。君かは 憶えていないけど 複数人と一緒に 飛んだのは 確かだ。」彼の目は 輝きを増し興奮した声になった。

「僕には 何も 記憶がありません。もし あなたが良かったら ご一緒していいですか?」白髪の青年は 黒髪の彼に 頼んだ。


「いいのか?俺と一緒で……俺は その方が 助かるけど。」彼は 照れくさそうに笑った。

「ここで 1人で居ても あなたに会うまで 僕は 途方に暮れていただけなので。ご一緒出来れば 嬉しいです。」白髪の青年は 嬉しそうに笑った。


「わかった。一緒に 行こう。」彼は 白髪の青年に頷き 考えながら「俺は まず1番最初に あいつを探したいんだが あいつは……ここには いない気がするんだ……。」と 困った顔をした。

彼は 周りをぐるっと見渡して「2番目にしたいことは この場所から 出ること。ここに 居ては いけない気が する。」はっきりと 白髪の青年に 向かって言った。

「言ってる意味は わかります。ここは 人が 住める場所では ありませんね。」白髪の青年は 頷いた。


「とりあえず 進むしかないから 何個か 岩山を超えて来た。このまま まっすぐ行くつもりだが いいか?」彼は 聞いた。

「はい。大丈夫です。出口が 見つかるといいですね。」白髪の青年は 彼を見て 微笑んだ。

「何か 見つかるといいな……。」彼は 小さく頷き まっすぐ前を向いた。


2人共 不思議と疲れなかった。

時々「ここ 気を付けて。」などと 会話をしながら 真っ暗闇の中を 淡々と 歩き続けた。

昼か 夜かもわからず どれくらいの時間が 経ったのかも 全くわからなかった。


何個目かの岩山を越えた後 白髪の青年は 左手を上げ「あっ。今 あそこに 火が 灯りました。」興奮した声で 遥か彼方 左側の奥に見える小さな赤い光を 指差した。

「本当だ。とりあえず あそこまで 行ってみるか。」黒髪の彼は 嬉しそうな声になった。

何もない場所に 目印が出来ると 力が湧いて 2人の気持ちは 高揚して来た。


2人共 自然に早足になり 赤い光を 目指して歩いた。

赤い光に 近付いて見ると それは 光ではなく 黄色にオレンジ色 朱色や赤色へと 色と形を 変えながら揺らめく 綺麗な炎の池だった。


「これは 凄いな…。」

彼は ボソッと呟いた。

「ですね…。」

あまりの景色に 白髪の青年も これ以外の言葉が 出て来なかった。


怖いほど 幻想的に 炎が揺らめいているのに なぜか 怖さは 感じず……粛々と揺らめく炎に 2人は 見入ってしまうほどだった。

ただ 炎が 揺らめいている割には あまり熱さは 感じない。


すると 黒髪の彼は 躊躇なく 炎の池に 手を突っ込んだ。

「大丈夫だ。熱くない。」白髪の青年に 池から 手を出し見せて 笑った。

白髪の青年は びっくりして 目を見開いていた。

彼は「大丈夫だよ。」と 笑って言いながら 白髪の青年に もう1度 手を見せた。

彼の手を見ると 濡れているどころか 火傷すらしていなかった。


次に 彼は 足元にあった拳大の真っ黒な石を拾い 池に放り込んだ。

ポチャンと音がして 石は 沈んで行った。池の深さは ありそうな感じだ。


彼は ゆっくりと周りを見渡してから 目を瞑り 大きく息を吸い 大きく息を吐いた。

そして 意を決したように「ここに 飛び込むか?」と 言った。

「はい?????」白髪の青年の声は すっかり裏返った。


「他に行けそうなところないし この炎の池 熱くもない。」

彼は 白髪の青年の目を じっと見て 続けて言った。

「たぶん 大丈夫だ。駄目なら また ここに戻って来よう。」


白髪の青年は 軽く握りしめた左手を 口元にやり 少し考え込んだ後 ゆっくりと口を開いた。

「なるほど。やり直し出来るなら 大丈夫かも……ですね。今は 他の選択肢も 無さそうですし……。」白髪の青年も 何もない荒涼とした大地と岩山を ゆっくり見渡した。


「きっと 大丈夫だ。行こう。」彼は 炎の池を 親指で指さしながら 小さく微笑んでいる。

彼が 笑っているから 白髪の青年は なぜか安心出来た。

「わかりました。行きましょうか。」白髪の青年は 小さく頷きながら言った。


「よし!じゃあ 『いっせーのーせ』で 飛び込むか?」黒髪の彼は 言った。


この精悍な顔立ちから 『いっせーのーせ』と言う言葉が 出て来たので 白髪の青年は 笑い出しそうになるのを 堪えながら「いいですよ。では 最後の『せ』で 一緒に飛び込みましょう。」と 答えた。


「君は そちら側に立って。」と 彼は 自分の対角線上を 指差した。

小さな炎の池を囲むように 白髪の青年は 彼の対角線上に立った。


「よし。じゃあ 行こう。『いっせーのーせっ‼』」彼は 白髪の青年が 聞き取りやすいように 大きな声で言った。


2人は 同時に 揺らめく炎の池に 飛び込んだ。



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