第3話 留まらない日常。

日が暮れて 周りが暗くなって来ても かいが 闇に溶け込むことはない。

むしろ 逆で かいは 夜が 更ければ更けるほど 濃くなって 輪郭も はっきりして来る。


ぼんやりとした人魂も いれば はっきりと人型を成しているかいも いる。

人魂と呼ばれるものは ぼんやりとはっきりしない輪郭が 多い。

白色や 灰色 青白い色 黒色だったり 色には 多少の違いが あるけど ぼんやりとした丸い玉ようなものが そこら中に 浮かんでいる。色の濃い方が 残っている念が 強い気がする。


真一は 特に 人型には 注意をしている。目を合わせないことは もちろんだけど 人型だとついつい相手の中身が 1人だと思いがちで 極稀に はっきりとした1人の単体も いるには いる。

でも 実際は 中身が たくさんの人で 形成されている場合の方が 多いので なかなか気が抜けない。


妖怪の類で言えば 人間と共存しやすい河童や 座敷童子は 割とよく見かける。

妖怪に分類されているが 真一にとっては 精霊に近い存在だと思っている。

人に害をなすと言うよりは 人間を助けていると感じるからだ。


河童は 川沿いに沿って 点在しているが 河童同士 仲良くしているのは 見たことが無い。

お互い 我関せずで のらりくらりと川辺で 遊んでいて 気分が良ければ 釣り人の釣り針に 魚をかけてあげたりしている。お腹が空けば 魚を取って食べているが めんどくさいと 釣り人の魚をこっそり 盗んだりすることもある。小狡い性格だが 憎めない部分もあり 真一が 見ている分には 人間に 憑りつこうとするわけでもないので 面白かった。


座敷童子がいた親戚の家は 家族の仲も良く 一緒に穏やかに 暮らしていた。

見ていると 座敷童子も にこにこ顔で幸せそうに いつも 家族の中心にいた。

真一が 見ていた限り 家族の誰も 座敷童子に 気付いていなかったと思う。


座敷童子は 真一の目を捉えると 人差し指を立てて 口元に持って行き 声を出さずに にっこりと笑って(シィーーー。)とした。真一は 微笑んで小さく頷いた。

真一が 大きくなって行くにつれ 親戚と交流することも減り そこの家にいた座敷童子が 今どうなっているかは 知らないが 家族と一緒に 笑っていたらいいなと思った。


珍しい妖怪で 真一が 見たことがあるのは 幼い頃に 家族と山間部をドライブしていた時に 木々の間を走り抜けて行く九尾の狐。憶えているのは 真っ白な狐だったことと 本当に 尻尾が 9本なのか数え切れなかったことだけだった。


真一は 街灯が まばらになって来た道を かいと目を合わせないように 斜め下を見ながら 歩く。

とは 言っても 下から にゅっと出て来るかいは 防ぎようがなく 歩く時に 声を出さないよう唇を 噛み締めるくせが 幼少期に付いた。今でも 気が付くと 唇を嚙み締めている。

直した方が 良いのか 悪いのか 真一には 判断出来なかった。真一的には ある程度の大人になっていると思っているけど 飛び出て来るかいに 悲鳴を上げない自信も なかった。


かいの中には 口で説明するのが 難しいぐらいに おどろおどろしい見た目のかいも 驚かすのを 目的に出て来るかいも いるからだ。

もちろん 毎日(ここにいるな。)と言う定番のかいもいるし(お?こいつは 初見だな。)と言うかいもいる。何度 見てても 初見でも そうそう 慣れるものでは なかった。


家に着き 見慣れた玄関の灯りを見つけると ホッとする。

真一から見ると なぜか いつも自分の家だけ ほのかにぼんやりと 光って見える。それに なぜか 真一の家の中には かいは いない。ばっちゃんの家は 神社以外の安心出来る場所でも あった。


玄関の鍵を開けながら「ただいまー。ばっちゃん。」と ばっちゃんに聞こえるように 真一は 大きめの声を出した。靴を脱ぎ きちんと揃えて 置き直した。

幼い頃に「いいかい?靴を脱いだら 爪先を玄関に向けて 揃えて置きなさい。そうすると 悪いものが 入って来ないからね。」と ばっちゃんに 教えてもらった。

隣に置いてあるばっちゃんの靴も 綺麗に爪先が 玄関を向いていた。


「真一 おかえり。ご飯 もうすぐ出来るからね。」台所から 優しくも凛とした声が 聞こえた。ばっちゃんは お味噌汁を 火にかけ温めていた。

「ばっちゃん いつもありがとう。服 着替えて来るね。」真一は 台所に 顔を出してから 自分の部屋に向かった。


毎日 繰り返される同じやりとり。

これが どれだけ幸せなことか 真一は わかっていた。


灯りが 付いていること。

暖かいご飯が あること。

寝る部屋が あること。


些細な日常が 当たり前では ないことを 真一は 知っていた。

自分が 望む望まないに限らず 一方的に強制終了されることも あるのだ。


また近いうちに 散歩がてら お墓参りに行って来るかなと 真一は 着替えながら 思った。

お墓だからと言って かいが たくさんいるわけではない。かいは 自分の居やすい場所に 居るだけだ。


最初の頃は 家の方が 家族の気配があった。月日が流れて行くうちに 納得したのか 気配が 薄れて行った。

ただ 今でも たまに 気配を感じることがある。(ん?)と思うと なぜか ばっちゃんも(ん?)と言う顔をしている。ばっちゃんは 何も言わないので 真一も それを 言葉にすることはない。


真一のこの体質も きっとばっちゃんから 受け継いだのだろう。 

かいが 視えていることが しんどい時もある。それが 重荷に なっていないとは 真一は 嘘でも言えなかった。

ばっちゃんから 体質を受け継いだだけであって 真一を 引き取り育ててくれているばっちゃんを 責める気は 真一には これっぽっちもなかった。だから 余計に 真一から ばっちゃんに かいが視えていることを 話せなかった。


少しでも 吐き出せたら 気持ちが 楽になるのかもしれない。

でも かいの話をすると かいが 寄って来ることも 真一も わかっていた。

だから ばっちゃんも あえて話さないのだろう。長年 同じ思いをして来た真一とばっちゃんは お互い言葉に出さなくても 分かり合える 戦友のような部分もある。

真一には 人間の友達は いないけれど ばっちゃんが 側に居てくれることは 真一の心の支えに なっていることは 確かだった。


真一が 台所に行くと テーブルの上には キャベツにプチトマトと きゅうりが添えられたお皿に ハンバーグが 3個も 載っている。小鉢には ひじきの煮物 それに お味噌汁とご飯も 用意されていた。

真一は 席に着き「ばっちゃん ありがとう。美味しそう。」と 手を合わせた。

ばっちゃんと2人で 同時に「いただきます。」と 目を閉じて言った。


真一が ばっちゃんのお皿を見ると ハンバーグが 1個しか載っていなかった。

真一は 自分のお皿から ハンバーグを1個取り ばっちゃんのお皿に 移した。

「ばっちゃんも ちゃんといっぱい食べて。」真一は お味噌汁を飲んだ。

「もし 食べ切れなかったら 残りは 僕が 食べるから。」真一は ハンバーグに かぶり付いた。

いつものやりとりだった。「わかったよ。」ばっちゃんは 微笑みながら キャベツを 食べた。


ばっちゃんは いつも 真一の分を 多めによそう。でも 真一は ばっちゃんに ずっと元気でいて欲しいから ばっちゃんにも いっぱい食べて欲しいのだ。

ばっちゃん的は ハンバーグ1個でも 充分なのだけれど 真一のために 2個目のハンバーグに 少しだけ手を付ける。「もう お腹いっぱいだよ。真一 食べてくれるかい?」と 真一のお皿に ハンバーグを移した。

「ばっちゃん ちゃんと いっぱい食べた?」と 真一は 聞きながら 席を立ち ご飯のおかわりをよそった。

「うん。お腹いっぱいだよ。」ばっちゃんは お味噌汁を飲み干して言った。


真一が 夕ご飯を全部食べ終わると ばっちゃんは「お茶でも 入れようかね。」と ポットのお湯を急須に入れ 暖かいお茶を入れてくれた。

「ばっちゃん ハンバーグ美味しかった。ごちそうさまでした。」真一は ばっちゃんに向かって 手を合わせた。

「お粗末様でした。」ばっちゃんは にっこりと笑って お茶を飲んだ。


真一も ゆっくりと熱いお茶を 飲みながら あやかし達との会話を 思い出していた。

「神様 来てないの。」「心配だよ。」本当に 神様は どこに 行ったんだろう?

真一は 闇が 濃くなって来ているのは 神様が 関係している気がしてならなかった。

今まで 保たれていた均衡が 崩れて来ている感じが する。


念のため お気に入りの神社だけではなく 真一が 行ける範囲の神社を 全部周って 神様が いるか 確認してみてから 対策を考える方が 確実な気がした。

お風呂から 上がったら パソコンで調べてみようと思った。


「ばっちゃん お茶も ありがとう。洗い物 済ませちゃうね。ゆっくりしてて。」真一は ばっちゃんに声をかけ 洗い物に 取り掛かった。

「いつも 洗い物ありがとね。真一。」ばっちゃんは お茶のおかわりを入れた。

「いえいえ。こちらこそ いつも 美味しいご飯を ありがとう。」真一は 洗い物をしながら 振り向いて ばっちゃんに お礼を言った。


これも いつものやりとりだった。

お礼は 言える時に 毎回 ちゃんと言う。

言う相手が いつ いなくなるかなんて 誰にも わからないのだから……。


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