第2話 名前のない赤。

「は?どこ?ここ。」彼女は 思わず 声に出てしまった。


見渡す限り 真っ白で ふわふわな綿菓子のような雲が 辺り一面に広がっている。

上を見上げると 目も眩むような澄んだ青空が 広がっていた。周りには 自分以外 誰1人いない。


「え?どう言うこと?」彼女は 片手で 口元を覆い 何かを思い出そうとしていた。

目は 左右に キョロキョロと動いているけど 瞳に 映るものを 認識しようとしているわけでは なかった。彼女の頭の中は 周りの雲と一緒で 真っ白な 靄が かかっていて 記憶が 何ひとつない。

ここが どこなのか 自分が 誰かすらも わからなかった。


「ふっ。困ったな。」彼女は 鼻で笑いながら 頭を掻き そのまま ストンと腰を下ろして 胡坐をかいて座った。

足元は 厚底のコンバートブーツに ダボッとしたカーゴパンツ。

トップスは スタンダードカラーの襟に ショート丈のノースリーブで 前面に4つのポケット 背中の下側にも ポケットが 2つ付いていた。手には 指なし手袋をはめていた。


彼女は この服装にも 全く記憶がないが 全身真っ赤なことに びっくりした。

唯一 靴の厚底部分と靴紐だけが 黒だった。

「これは 凄いな。真っ赤だ。」彼女は 自分の全身を見て 笑ってしまった。

「クククッ。」と 笑っていると 座っていた雲が 動いた気がした。

「ん?」彼女は 座ったまま 両方の手のひらを下に向け 左右に振り 下の雲を触った。


(ふぉふぉふぉ。くすぐったいぞよ。)彼女の頭の中で 声が聞こえた。

「え?誰?」彼女は びっくりして 周りを見渡しながら 聞いた。

(こうすれば 見えるかのう?)彼女の目の前で 大きな両目が開かれ 折り畳まれていた大きな角を にょっきりと出して 彼女を落とさないように ゆっくりと顔を上げた。


彼女は「うわっ!」揺れながら 持ち上げられた。彼女は 四つん這いになって バランスを取りながら 目を見開いて 自分の顔の前にある大きな両目から 目を離せなかった。

途轍もない長い身体 尻尾なんて 遥か彼方の向こうだ。

白蛇か…?違う。よく見ると 角に 立派な髭まである。真っ白な大きな龍だ。

彼女は 大きな龍の鼻の上に 龍と向かい合う形で ちょこんと乗っていた。


「龍……?」彼女は 四つん這いの状態から 腰だけ下ろして 目の前にある大きな両目を 見据えて聞いた。

(そうじゃよ。)龍は 嬉しそうに 目を細めた。

「大きいんだな。びっくりしたよ。初めまして……。で 合ってる?」龍の鼻の上で きちんと正座をして 姿勢を正して聞いた。

(ふぉふぉふぉ。ちゃんと話すのは これが 初めてじゃよ。)龍の声は 心地良く 頭の中で 響いた。


「ん……?と言うことは 私が 誰か知ってる?」彼女は 怪訝な顔に なった。

(お主は 自分の名前を……自分が 誰か 憶えていないのじゃな?)龍は 愉快そうな顔付きになった。

「何も 憶えていない。何か 知ってる?」ついつい 前のめりになって 聞いた。

(そうじゃな……。何かは わかるが 誰かは わからんな。)龍は 目を細めた。


「何かって 何?」彼女は 首を傾げて聞いた。

(それを わしが 教えたとて 今のお主には わかるまい。時が来れば 自然にわかるじゃろう。それまで 待つがよい。)龍は 嬉しそうに笑った。

「そっか。今は 何も 憶えてないしなぁ。何から 始めようかな……。」彼女は 俯いて困った顔をしていた。


龍は 少し思案顔になった後(大丈夫じゃ。わしも ここで のんびりするのも 飽きて来たところじゃ。)何かを思い付いたように にやりと笑った。

「え?もしかして 一緒に 行ってくれるの?」彼女は パッと顔を上げて 嬉しそうに言った。

(全ては 学びだからのう。わしも まだまだじゃから 色々 学ぼうかのう。ここには 少し長居し過ぎた。今度は お主と一緒に 旅をすることにしよう。)龍は ゆっくりと頷いた。

「やったー!どこに行こう?」弾んだ声で 言った。


(行先は お主が 決めると良い。わしは お主を乗せて どこへでも 飛んで行こう。)龍の前の主は 戦の最中 忽然と姿を消した。暫く 龍は 探し回ったが どこにも見つからなかった。何年何百年と探したが 探し疲れてしまい そのまま 雲に紛れて 時に流されるまま 漂っていた。

彼女と出会い また時が 動き出した。 400年ぶりの旅路に 就けることが 龍は とても嬉しかった。


「わかった。龍様に乗るには どうしたらいい?」彼女は 意を決した顔で 聞いた。

(首の後ろに 跨るといい。龍様は 堅苦しいから はくちゃんで いいぞよ。ふぉふぉふぉ。)

はくちゃん?」不思議そうな顔をした。

(わしが 白龍だからじゃよ。)白龍は ウィンクをした。案外 お茶目な性格らしい。

はくちゃんね。了解。私のことは……。困ったね。」彼女は 返事に困り 白龍の首に跨った。


(名前が わかったら 呼ぶぞよ。それまでは お主でいいか?)白龍は 微笑んでいた。

「うん。それで お願いします。ありがとう。はくちゃん。」彼女は 清々しい気持ちになった。


はくちゃん 何も わからないから とりあえず状況が 知りたいな。まず この辺りの雲の上 ぐるっと一周してくれる?何か 見つかるかもしれないし。」彼女は 白龍に頼んだ。

(自力で 飛ぶのは 久しぶりじゃよ。ずっと 雲と一緒に 流されておったからな。ふぉふぉふぉ。)白龍は 首を持ち上げ ゆったりと空へ 舞い上がった。

(おお。大丈夫そうじゃな。飛び方を まだ覚えていたようじゃ。わしも まだまだ 捨てたもんじゃないのう。ふぉふぉふぉ。)白龍は 優雅に飛んでいた。


雲の上のさらに上で 暖かい太陽の光を浴びて 気持ちいい風に乗り 彼女は 雲の上を見渡した。

「空の上は 気持ちいいんだね。」彼女は 風になびく銀髪の前下がりのショートボブの髪を 押さえながら言った。

(そうじゃな。わしも すっかり忘れておったよ。気持ちいいのう。)白龍は 気持ち良さそうに 目を細めた。


「あっ。そうだ。ちょっと 疑問に思ったんだけど はくちゃん 私って どうやって はくちゃんの前に 現れたの?」銀髪の少女は 聞いた。

(それがのう わしも 寝ておったからのう。気付いたら お主が 鼻の上に乗っておったんじゃ。だから いつ現れたかは わしにも わからんのう。)白龍は 申し訳なさそうに言った。

「そっかぁ。私も また何か 思い出すかもしれないし 焦ってもしょうがないか。」銀髪の少女は 寂しそうに 小さく笑った。


「え?ってか 雲の上いたってことは…私 死んでるとかじゃないよね?」銀髪の少女は 何かを思い出したかのように びっくりした顔で 白龍に聞いた。

(ふぉふぉふぉ。わしは 雲の上にいたが 生きておるぞよ?お主も そうだと思うぞ?ふぉふぉふぉ。)白龍は 楽しそうに笑った。

「あはは。そうだよね?ただ 空の上を飛んでるって 実感したら なんで飛べるの?死んでるの?って思っちゃった。」銀髪の少女は 恥ずかしそうに笑った。


(飛べるのは 龍族のわしと一緒に いるからじゃよ。すべての龍が 飛べるわけじゃないがな。水龍や岩龍 木龍 地龍のように 川や土地を守っている龍は 別じゃがの。金龍 銀龍 雷龍 黒龍 青龍 雨龍 雲龍とか 飛べる龍は 多いのう。)白龍は 過去を思い出すように ゆっくりと話した。


「凄いね。龍族は そんなに たくさんいらっしゃるんだ?はくちゃんは みんなと会ったこと あるの?」銀髪の少女は 聞いた。

(龍の種類は もっともっと たくさんあってのう。わしの知らない種類の龍も おるじゃろうし そもそも龍は 群れる種族じゃないからのう。見かけた龍は たくさんおるが 実際 話したことあるのは 黒龍と青龍ぐらいかのう。)白龍は 目を細め 遠くを思いやった。


黒龍と青龍も 白龍のように 主がいた。

主同志が 仲間で 同じ戦に出ていた。白龍の主と一緒で 黒龍と青龍の主も 忽然と姿を消した。

青龍は(元にいた場所に 戻る)と言い 東へ 飛んで行った。

黒龍は 白龍と同じく 長い間 主を探していたが 見つけられず(思い当たる場所で 待つことにする)と 白龍に言い残して 去って行った。

それ以来 白龍は 黒龍と青龍には 会っていない。


白龍と銀髪の少女は ゆっくりと雲の上を 旋回したが 何も見つからなかった。

「この近辺には 何も ないね……。はくちゃん 今度は この雲の上を もっと大きく 端から端まで ぐるっと周ってもらってもいい?」

(もちろんじゃ。勘を取り戻すのにも もっと飛びたかったところじゃよ。)白龍は 嬉しそうに言った。


「私が いたこの大きな雲の上を 全部 見てみたい。もしかしたら 他にも誰か いるかもしれないから。」

銀髪の少女は 未だに 何をしていいのか わからなかった。

何を探しているのか 誰かを見つけたいのか わからないまま 白龍と一緒に 雲の上を飛んでいた。


白龍と銀髪の少女は あてもなく 空を飛び続けていると 遠くの方から しくしくと小さな泣き声が 聞こえて来た。

「ん……?はくちゃんも 聞こえる?」銀髪の少女は 耳を澄ませた。

(誰か 泣いておるのう……。)白龍は 悲しそうに言った。


はくちゃん 行こう……!」銀髪の少女の目に 力が 戻ったように見えた。


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