#6 アポカリプス

中国に端を発した新型ウィルスの発生は世界を一変させた


それらの話題は人々の会話で活発に踊り、メディアを覆い、人類の日常を包み込んでいった


鋭利な角度でせわしなく上下するチャートライン


異常なまでに直線的に駆け上がるチャートライン


絶望を確信したかの様に直滑降するチャートライン


チャートは価値を可視化した指標


今が思う未来を映した人類の心理


この先どうなってしまうのか、どう転ぶのか、何が起こるのか


全ての指標は人類の不安と迷いを如実に表していた


噂や憶測が飛び交い、ウィルスと共に人類が人類自身を疑心暗鬼に追い込む


今日に生きる人類が直接経験した事のない事態


残る記録と口伝の記憶に残る昔話だったはずの事象


世界は豊かになり、飢餓は撲滅し、医療は発達し伸びる寿命


脅威には対処できるのだと、現代の誰もが高を括っていたのだろう


想定はいつか必ず超えられる時が来る


新たな脅威が過去から学んだ想定を超えて引き起こした未曾有の惨事


サトシ「あぶなかった……」


あと2日ずれていたら今頃帰国できずに足止めされたままだっただろう


得体の知れぬ新たな脅威に過剰に反応せざるを得ない各国は外界からの封鎖を急いだ


距離は国々を断つに止まらず、徐々に人々の距離をも遠ざける




リコと別れてしまった


揉めに揉めた旅からの帰国後もギクシャクしたまま関係は回復出来なかった


彼氏が連休に自分を差し置いて旅に出た時の女心は?


リコはどう感じ、どう思い、どう考えたのだろう?


結局自分にはそれをわかってあげられなかったのだ


何かを訴え続けたリコと旅行を強行した自分


恋人よりも自分を選んだ、そう映ったのかもしれない


もしかしたら浮気を疑ったのかもしれない


日常に戻った今、空虚なリコの埋めていた枠


困窮していく世界と自分




極寒の季節が和らぎ、桜舞い日本中をピンク色に染める頃、会社では新入社員の入社シーズンを迎えていた


うちの会社はお堅い類だと思う


年配者が若者にゆる絡みする事はない


威厳を持って、距離を保って


上司がそうであれば部下達もそれに倣う


やがてそれは慣習となり社風となりて脈々と受け継がれていく


サトシ「ぶっちゃけ取っ付き難いよね」


新入社員「いえ、大丈夫です。早く慣れる様がんばります」


サトシ「……」


仕事は結果


結果から逆算し、コミットした目標にまい進する


仕事は共同戦線


チームワークが大事、円滑なコミュニケーションが効率を生む


だからこそのチームビルディング


慣習だからではなく結果の為の行動をすべきだ


個を繋ぐ潤滑的な役割だって必要だ


それが慣習から外れようとも


年の近い自分は積極的に新入社員と絡んだ


打ち解けられる様、出来るだけ業務以外のネタで


するべきはなる早で馴染める様にサポートする事


それ以外は自分で超えるべき壁だ


サトシ「最近ハマってる事ある?週末とか何してるの?」


似通ったスーツを纏った社畜でも中身は千差万別


プライベートを知れば個性が分かる、知らねば分からないのが社畜


意外だったのは、共通して全員アニメを見ていた事


アニメの違いこそあれど、皆一様にアニメが好きだった──


自分はアニメが苦手だ


お気楽アニメの様に自由奔放な学生時代を送り、そのツケを社会人になって払う事になった


現実社会に中々馴染めなかった


現実と乖離したアニメというエンタメを脳が拒否するのだと思う


まあ何が好きか、自分の時間を何に費やすかなんて人それぞれだ


サトシ「何かおすすめのアニメある?」


サトシ「マジ? おもしろそう!」


サトシ「めっちゃ見たい! 今度見ようかな!」


実際は全く見ていないし興味もない


だがゆるい絡みも必要だ、大事なのは目的を見失わない事


チームビルディング──




新型ウィルスの脅威は日に日に深刻度を増していった


解像度が増し、適切な対策が為される一方、人間の不安心は過度な恐怖心を生み、それに輪を掛けてメディアが煽る


駆られた社会ではリモートワークが増え、SNSでは #WAH(Work at Home)のタグが躍った


外出の機会はめっきり減り、いわゆる『おうち時間』が増えていった


同僚「サトシさんのとこどうですか?」


サトシ「いやぁ……これだけ状況が破綻すると参考にできる過去もないというか」


同僚「ですよね……経験のない状況にどう動いてどう備えるか。こっちも右往左往してます、どこも一緒ですね」


同僚「新しく入った子らはどうですか? 戦力になりそうです?」


サトシ「まだその段階ではないですね……今必死にそうなろうとしてる最中。早く馴染める様に出来るだけサポートするようにしてます」


サトシ「そう言えば、先日おうち時間何してるのか聞いたらアニメ見てるんだって、全員。全員ですよ!」


同僚「あるあるですね……てか、サトシさん見ないんですか?」


サトシ「見ないんですよね……全く」


同僚「珍しいですね……昔と違って最近のアニメ凄いですよ!」


サトシ「……そうなんですね」


サトシ「何かおすすめのアニメありますか?」


サトシ「おもしろそうですね!」


サトシ「めっちゃ見たいです! 今度見ようかな!」


きっと自分は図らずともゆるい人間なのだ、チームビルディングなどただの自己弁護だ




過剰なおうち時間は、やりたくてもできていなかった願望を食らい尽くして暇つぶしを生む


貯まっていた海外ドラマをひとしきり見終えた頃、ふと思い出した様に勧められたとあるアニメを見た


ただ持て余した時間を埋める為だけに

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