#5 天変地異

リコ「ぁあん!? もう1回言ってみろコノヤロー!」


サトシ「だ、だからさっき言ったように年末ドイツ行こうかなって…」


リコ「何だとコノヤロー! 誰と行くんだバカヤロー!」


サトシ「……だからさっきも言ったけど1人だよ」


リコ「なんか怪しいぞコノヤロー! ふざけんなバカヤロー!」


サトシ「な、何かキャラ変しちゃってない?……たけし感がちょっと」


リコ「誰がたけしだコノヤロー! ダンカン バカヤロー!」


サトシ「……」


キレてる……話はよくわからないがリコがブチ切れているのは間違いない


キレ過ぎて人格まで変わってしまっている


リコ「だいたいなんで私に相談しねえんだコノヤロー!」


サトシ「だってリコ帰省するって言ってたし、そこは尊重してあげたいし。予定決めたのだってその後だよ」


リコ「決める前に言えよバカヤロー! だいたいお前はなんでいつも即レスしねえんだコノヤロー! 私からLineしねえと連絡しねえだろクソヤロー! 自発しろバカヤロー! お前はお仕置きが必要だ!」


もうかれこれ小一時間はこの調子だ


話も無限ループしてる


恐らくリコは自分に対して以前からストレスがあったのだろう


優しい彼女はそれを言わずにを溜め込んでいたのだと思う


自分は、自分に精一杯でそれに気付けなかったのだ


交わす言葉以上にもっとリコの気持ちを理解しようと努めるべきだった


もっとマメにコミュニケーションを図るべきだった


サトシ「ごめんねリコ、色々と至らなかったと思う」


リコ「ぁあん!? もう1回言ってみろコノヤロー!」


サトシ「……」


更に一時間程続いた後、最悪の後味の中通話を切った


言葉というよりほぼ感情の通話


ましてや会話の中身など皆無、デシベルでしかなかった


社会人生活にようやく慣れてきた頃、今まで支えてくれていたリコを悩みの種に変えてしまった──


だがこれはこれ、仕事もあるし年末も来る


悩みは悩みで割り切って、他は他で切り替えていかないと




年末の旅の展開を巡らせていた


こっちも事前準備進めないと、年末は目前だ


気がかりなのは通信手段


リコの事を考えると確実に確保しておきたい


ドイツから入って……4ヶ国くらい行きそうかな……


simかwifiを入手すべきだが、今回想定される移動範囲が契約区分の3エリアに跨ってしまっており、旅程全期間で3回線契約しなければならなかった


結構な出費だな……


ざっと調べた感じどの宿もwifiは飛んでそうだし、想定する移動中の交通機関でもフリーwifiがありそうだった


よし、大丈夫そうだ!


これだけカバーできるなら契約しなくて平気でしょ




せわしなく行き交う師走の社会人を横目にバックパック背負って一路空港へ


有給消化して2日早く年末休暇入り即旅立ちのわがままプラン


有給消化はKPIに含まれ70%以上の消化は義務


年末の為に残しておいたのだ


とは言え頭が未だ仕事モードから切り替わらない


業務の事を考えつつ、一抹の罪悪感を抱えつつ


チェックイン、出国審査へと進み搭乗、空の上へ


能力をいつ如何なる場所でも眠れるスキルに全振りした男の面目躍如


機内食に目もくれず即墜ちガン寝


経由地中国でのトランジットは激混みでイライラしたが、気だるい眠気を保ったまま乗り換え再搭乗からの再び即墜ちガン寝


十分な睡眠とともに目覚める頃にはフランクフルトに到着していた


今回の旅の移動手段はバスがメインだ


旅の一番のネックは移動時時間


寝台を上手く利用すれば寝てる間に移動し起床と共に目的地に到着する上、宿泊代も節約できる


能力をいつ如何なる場所でも眠れるスキルに全振りした男の面目躍如


正に旅に特化したスキルだ


早速ベルギー ブルージュ行きのバスに搭乗しこれからの旅の準備……の前にリコにLineだ!


優先順位大事


……繋がらない。電波はあるのに繋がらない……


サトシ「運転中すみません、wifi繋がらないんだけど」


運転手「はにゃ? 悪いけどサービスセンターで聞いてもらえる? 私には分からないよ」


サトシ「それが出来ないの、wifi繋がらないからかけれないの」


運転手「……いずれにしてもさ、今深夜で早朝到着だよ。サービスセンター閉まってるよ……ごめんね」


またリコが爆発しそうで焦燥感がヤバい


が、無理なものを引きずっていても仕方がない、切り替え大事


一通り準備を終える頃、ブルージュ到着


最高だ!


水の都と称される世界遺産の街


時間が止まったかの様な雰囲気、静かに流れる水路、絵画の様な空と建物


時が経つのも忘れて1日中散策に明け暮れた


宿へ戻るやいなやリコへLineをかけた──


一方的に罵倒する彼女と聞き手から抜け出せずにひたすら謝罪と弁明に追われる自分


もはや何で謝罪してるのかなんて分からない、ただ機嫌を戻して欲しかった


旅を中止すれば良かったの?


せっかくの長期休暇を棒に振れば満足だった?


旅先に来て尚、先日の悪夢を繰り返し気が滅入ってしまった


……考えても仕方がない、今は旅を楽しむ事を考えよう


翌朝早起きしてハッピー! 1日中散策し倒して帰り道リコを想って鬱


繰り返される昨日と同じ展開


ヤギに罵倒され謝る猫の様に、これじゃ猫ミームだ……


次第にLineの回数も減っていき、リコを避ける様になってしまった


リコの事は好きだ、大切に思っている


しかし特別な今を楽しむ事を諦められない


まだ旅は続くんだ──


オランダ ナールデン到着


星型要塞に囲われた町、中世の戦乱期を想起させる奇怪な街並みに思いを馳せる


寝台バスに乗り込み熟睡、そして夜明けと共に迎える新章


ルクセンブルク到着


現存する4つの公国の1つ、貴族が統治する国


やっぱり旅は最高だ!


巡るめく展開する旅の物語


社会という枠の中で、社会人然と生きるべく自分を律し続けたこの1年


その枠の外に別の社会を見て積み重ねる新たな知見


まだ見ぬ社会があるのだと、世界の広さを実感する


この自分の物語はいつか日本社会の枠を超えて進もう


今はそのいつかの為の今


日本社会を乗りこなせる様になるその日まで、逃げずに進み続ける


それが今すべき事だ


脳がリフレッシュすると俯瞰して現状が見える


自分の中で蠢く疑問に、気づけなかった別角度から向き合える瞬間がある


来て良かったな……リコには申し訳ないけど




旅の終焉に喪失感を抱きつつ帰国の途に


と、ほぼ時を同じくしてWeb、SNS、TV、新聞、全てのメディアが1つの話題に染まる


それは瞬く間に広がり、事の深刻度が刻一刻と増していく


そして世界中で同時に同様の展開を迎える事になる


新型ウィルスによるパンデミック発生──


発生地と目されているのは……中国、自分が経由した都市だった

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