#4 ハッピー

社会人の時間はとても早く進む


光陰矢の如しとはよく言ったものだ


だが実際早いのは休日の時間


平日の時間は果てしなく遅く


総じると早い


業務に追われる傍らで、副産物的に気付かされる事や考えさせられる事も多々ある


日本はとても変わった国だ


海洋によって隔絶された島国だからなのか、はたまた自分が焦点を当てているが故に解像度高く見えているだけなのか


自虐的にガラパゴスとも揶揄されるこの国がかつてGDP世界1位に君臨した時代もあった、1人当たりGDPではない、国民総生産の尺度での話だ


1億人そこそこの島国が何倍もの人口と巨大な市場を抱える国々を抑えて


それも先の大戦で壊滅状態に陥った戦後50年程の話だ


こんな事実は現実という名のファンタジーとしか思えない


きっと世界の覇権を目指した先人達の隠れたストーリーも多くあったのだろう


だが無情にもこの世界には時間軸が存在し、そしてそれはとても早く進む


現在の座標は、世界3大市場とされる北米、ヨーロッパ、中国、日本はそれらに完全に後塵を拝している


失われた20年とも揶揄される政策の失敗もあり、歴史的にも類を見ない程の逆V字チャートを描いて低迷への一途を辿った


それでいて尚、アメリカ、中国に次いでこの小国がGDP世界3位に留まっているのは紛れもなく技術力とその裾野の広さがもたらす実態経済の底堅さだろう


グローバルサプライチェーンが高度に発達した現代では、日本経済が覇権を獲った時代とは大きく異なる


膨大な開発費を無理に投じて自社開発する必要などない


技術がなければある企業から買えばよい、その企業が世界のどこにあろうとも


それらを集めて作った製品をWebやSNSを通じてブランディングする


それで良いのだ、良し悪しはネットのクチコミが決める


されど技術のある国は強い


買い手がいれば売上も価値も以前にも増して上がる


売れれば生産量も上がり製造に係る雇用も増える


何らかの理由でグローバルサプライチェーンが遮断されたとしても国内だけで完結できる


ここ日本では『海外』と一言で括るが、実際には多種多様で括れるものではない


国家も人種も宗教も法律も気候も全てが各々に違う


共通点は人間である事だけ


そしてそんな多種多様な人間達を繋いでいるのは貨幣だ


全ての価値は貨幣の比重に置き換えられ数字で表される


貨幣を投じて経済活動を行い、貨幣を稼ぎ、貨幣を費やし生活を営み、生きている


人間が創り上げた社会は貨幣を動脈として動いているのだ


学生のステージでは見えなかった盤上だ


確かに存在はしていたが気付けなかったのだ


日々の業務はクソだが新たな知見が知的好奇心を刺激する


クソの中にも少しづつ光を見出し一喜一憂しながら日々を送る


社会人の生活とはこういうものなのだろうか


社会に慣れるとはこういう事なのだろうか


そう考えが至る様になる頃には年末を迎えようとしていた


年末年始! 長期休暇!


1日、また1日と近づくにつれ心が躍る


誕生日が来るのを指折り数える幼子の様に


ハッピー過ぎて猫ミームになった気分だ




サトシ「年末どうする? どこか遊び行かない?」


リコ「んー…今年は帰省しようかなってちょっと考えてて」


サトシ「そっかそっか、残念だけどゆっくりしてきなよ。きっとご両親も心待ちにしてるよ」


リコ「ごめんね…せっかくの長期休暇なのに」


サトシ「親孝行も大事でしょ! それに家族を大事にするリコが好きだよ」


リコ「ありがとう!!私も理解があるサトシ好きだよ」


リコとの交際も半年が過ぎた


リコには本当に感謝してる


自由奔放な性格が災いし、中々社会人生活に馴染めない自分を支えてくれていたのはリコの存在だった


言葉にする以上にリコの事は想っている


リコは良家の子で、話の節々からその家柄の良さとお金持ちであるのが感じ取れた


飾らない性格で性善説の彼女はきっと良い両親の元で育ったのだろう


しかしせっかくの長期休暇


どうしようか……と考える間もなく答えは1択だった


1人旅に出よう!


既に12月も中旬、友人と予定を合わせる余裕もないしチケットの余裕もない


リコとの通話を切るやいなや返す刀で航空券販売サイトを掘り倒した──


ポチッ


『中国経由ドイツ フランクフルト行き往復航空券』──


形式ばった社会に囚われ続けたこの1年弱


何のしがみのない状態で何のしがらみのない地で謳歌できる自由


凝り固まった思考を解放できる喜び


強度な抑制が喜びを倍増させる


社会人の喜びとはこういうものなのか


ハッピー過ぎて猫ミームになった気分だ!

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