#3 サトシ

時間は無情にも前へと進み続ける


常に正確で、戻ることも狂うことも決してない


いつまでも学生のままではいさせてくれない


社会人ステージの到来


乳幼児、学生、社会人、定年後とある人生の4大ステージの中で恐らく最も長く、深く、奥行きのあるステージ


自分は同級生達が羨ましかった


就職活動をして気づいた、自分には明確にやりたいことがない


会計士、医者、調理師、俳優、プログラマー、等々、皆やりたい事が明確で、確信を持って自分の道に歩みを進めている


その点、自分は……


結果、社畜サトシが爆誕してしまった


アメリカで就職する道もあっただろう


でも日本で働く道を選んだ


日本社会を知らない日本人に日本人としての価値は薄いと考えたから


日本社会を知り、そこで実績を積み重ねてこそだ


日本人であるという不変のアイデンティティを背負って生きていく以上、

この先の人生どう転ぼうとも必須の経験であると考えたのだ


と言えば聞こえは良いが、思えば大して深く考えていなかったのだと思う


やりたい事が無い自分にそう信じ込ませたのだ


もっと良い選択肢があったのではないか、この選択が間違っていたのではないかと不安にもなる


後になって考えればこの決断がこの物語の分岐点だったのかもしれない


しかし、今あれこれ考えても仕方がない


ああだったかもしれないし、こうなるかもしれない


何も始まる前からタラレバ論は不毛だ


今すべき事はこの道を愚直に進む事


考えるのはその先だ──




日本で働いていても全てが日本で完結する事は稀だ


販売する製品を作るにしても、数十ヶ国の数百もの企業から数千もの部品を調達し、生産国でそれらを組み立て、輸入し検査しやっと日本の市場に並ぶ


最大にズームアウトして見た盤上だ


実際には調達する部品も子部品の集合体であり子部品は調達した孫部品を組み立てられてできている


その孫部品もひ孫部品の集合体であり、ひ孫部品はやしゃ孫部品の……と材料に行きつくまで延々と続く


そしてその材料もまた同様に原材料へ行きつくまで……


それら全ての工程で会社間の取引契約がある


責任や保証の範囲、輸送、条件、免責事項、決済方法、期間、等々全てを詰めた上で契約の締結後、各国の法令及び国際法に則って工程は進む


ズームインしてもキリがない


部品を作る工程一つ取っても、材料を選定する人、調達する人、輸送する人、品質管理する人がいて、デザイナー、設計者、CADオペレーターらが作った設計図を基に工場のスケジュールを確保し、機械を確保し、材料を加工し生産管理し、品質管理する


彼らの働く会社は人事や法務、財務等の部門や役員の人達も含めて構成され、彼らもまたズームインすればキリがない程の工程と業務がある


Google Mapみたいな現実だ


そして最大までズームインした所に点として存在するのが自分


社会を構成する1点に過ぎない


点が点なりに一人前の点になろうと日々もがいている


社会人ステージはクソだ


日々仕事に追われ、帰宅して安堵、メシ食って風呂入って寝る


翌日も翌々日も繰り返し、週末来たら超ハッピー、遊び倒して日曜の夜は鬱


翌週も繰り返し、翌月も繰り返し、たまに連休超ウルトラハッピー


そしてまた振り出しに戻って繰り返し


いつか仕事に慣れ、これが当たり前の日常となり、楽しめる日が来るのだろうか


社会人ステージはクソだ


だが良かった事もある


彼女ができた


その幸せが辛うじてクソ社会人ステージとのバランスを取ってくれた


クソ社会人ルーティーンを繰り返すある日、母親からLineがきた


『元気してる?』


日々に追われ過ぎて両親の事さえ忘れかけていた


ひどく懐かしく感じる


親は当然の様にこのクソ社会人ルーティーンをこなしつつ、且つ自分をここまで育ててくれたのだ


学生の頃の普通がこんなにも尊い犠牲の上にあったものだったとは


親とは本当に偉大だ、感謝してもしきれない──




久しぶりに週末両親に会いに行く事にした


母「久しぶりー!! 元気にしてた? ご飯ちゃんと食べてる? ちょっと痩せたんじゃない?」


父「よく来たな! 今の時期仕事大変だろう、ゆっくりしていきなよ」


ああこの感じ……めっちゃ懐かしい


母「せっかくだから何かとびきり美味しいものでも食べ行こうか」


サトシ「……出来ればでいいんだけどさ、久しぶりにおかんの料理食いたいかな」


母「……それでいいの?久しぶりだし豪勢に食べに行ってもいいと思ったんだけど」


サトシ「最近外食多くてさ、それに久しぶりに食べたくて」


母「サトシがそれが良いなら。そう言ってくれるのは嬉しいな」


久しぶりに両親と囲む食卓


両親以外でも食卓を囲んで自炊した料理を食べるなんて久しぶりだ


思い出話に花を咲かせつつ


走馬灯の様に幼少期の思い出が頭を巡った


やっぱ家族って良いもんだな


サトシ「そう言えばさ、何でサトシって名前にしたの?」


母「検索してみたら?今の時代何でもわかるわよ、グルグルで」


グーグルだろ! わかるさあんたが天然な事くらい、あんたの子だ


いや、待てそこじゃない


名付けの由来聞かれて検索したらとか言うかね普通……


……してみた


してみる自分も自分だ、さすがあの母親の子


──サトシの検索結果『ポケモンのトレーナー』


サトシ「え、ポケモンから名付けたの?」


父「ポケモン? ちょっと何言ってるのかわからない」


母「あら知らないの? ピカチュウでしょ? 私は好き」


めっちゃ違うっぽいな……


父「でもまあ、あれだな。生を授かる以前に人から授けられたものは言わばお前の運命そのものだ、自分で選ぶことができない授かり物。受け入れて進みなさい。そしてここから先はお前の人生そのものだ、全て自分で考え、自分の責任で、自分で決めなさい」


母「また今度検索してみたらいいじゃない、無料なんだし」


うーん、この……なんだかなぁ


1mmも話が嚙み合ってないんだよなぁ


ゆるいというかなんというか


でもほんと懐かしいなこの感じ


たまには帰省する様にしよう

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