第2話 夕飯とクラスメイトと、今後について
あの後、リスティグ司祭と東雲の待遇について詳細を詰め、気づけば夕飯の時間になっていた。
メイドさんに案内されて(やっぱりロングスカートだった、ちくしょう)食堂につくと、他のクラスメイト達は既に食事を始めていた。俺と東雲も空いている席に着き、出された食事に手を伸ばす。
「ん! 思ったより美味しい! てか、めちゃ美味い!」
「ほ、本当だね。異世界の料理だし、もっと舌に合わないものだと思ってた」
「ゲテモノ料理もなさそうだし、これなら食文化の違いに苦労する必要はなさそうだな!」
「う、うん」
委員長はクラスの中心人物なので、食堂に入ってすぐに他のクラスメイト達に引っ張られていった。なので、東雲と俺の男二人でさみしく食事をとっている。
東雲は、思ったよりも返事を返してくれる奴だった。てっきり、俺と同じかそれ以上のコミュ障だと思っていたから、どもりながらも会話を続けてくれることに少し驚いた。話過ぎになる俺と、やや口数の少ない東雲でバランスも良く話しやすい。
「改めて、俺は矢倉幸助。よろしくな」
「えと、僕は東雲俊。さっきは、本当にありがとう」
「なーに、良いってことよ」
出された食事はパンやシチュー、ローストチキンといった所謂洋食だ。異世界物は、世界観によっては日本とかけ離れた食文化をお出しされることがあるので、一安心一安心。
「お。コースケ氏~、ご無事で御座ったか~。それに、隣にいるのはシュン氏ですかな?」
癖のない、ある意味慣れた味付けの料理に、二人で舌鼓を打っていると、低く野太い声で名を呼ばれる。
俺のことをこんな呼び方をするのは一人しかいない。同室のヒロミだ。
追放に異議を唱えたゴタゴタで逸れてしまっていたが、どうやら先に食堂へ案内されていたようだ。
「シ、シュン氏?」
「気にするな東雲、ヒロミは初対面の相手にも名前+氏で呼ぶ変人なんだ」
「変人とは人聞きの悪い」
「それで、先程シュン氏が追放される、なんて騒動があったようでしたが、お二人ともご無事でしたかな?」
「俺は問題なかったぞ。東雲も無事だ」
「う、うん、矢倉くんと委員長が庇ってくれたから」
「いやー、あのおっさんしつこかったぜ」
「お~、あのコミュ障なコースケ氏が交渉事を……。拙者感激ですぞ」
「お前は俺の母さんか」
「違いますぞ」
ヒロミは俺たちの隣に座ると、皿の上に山盛りになった料理をすさまじいスピードで、しかしお行儀よく平らげていく。
「しかし、何故に追放されかけたので?」
「え、と、僕の恩恵が【薬剤師】っていうハズレくじだったから、かな?」
「だからって、追放までする必要ねえのにな」
「むむむ、ポーションなどのアイテム類は重要だと、古事記にも書いてあるというのに。この国のお偉いさまは見る目がないですなぁ」
「でも、俺TUEEE系だと軽んじられがちじゃないか?」
「ぅ、うん、だよね。治癒魔法連打とかで何とかしているイメージ」
「ふふふ。コースケ氏、シュン氏、データが古いですぞ。今のトレンドはアイテム無双系、便利なアイテム作りまくってスローライフが主流でござる!」
「そう、なの?」
「知らん。ヒロミの流行って、当てにならないこと多いから気をつけろ」
「わ、わかった」
「何をぉ!」
まぁ実際、【薬剤師】がそんなに役立たずってイメージはないんだよな。いくら魔法があるからって、医薬品をはじめとした薬ってものが不必要になるとは思えないし。
いや、わかんないよ? もしかしたら薬が無能すぎたり、治癒魔法が万能すぎたりして、薬が出る幕が本当にないのかもしれないけどさ。
その辺りの常識とか価値観・世界観なんかも、生きていくために早いこと覚えないとな。
「そう言えば、コースケ氏はどんな恩恵を?」
「あーっと、俺は【剣聖】ってやつ」
「おぉ! 名前からしてチートスキルですな」
「うん、すごい、すごいよ!」
「いやー、ははは……」
そうなんだよなー、パッと見チートスキルなんだよなー。
でも多分、これかませ犬が持ってるスキルなんよ。主人公の踏み台になるためのスキルなんよ。「なっ、俺の【剣聖】がっ!?」って言うためのスキルなんよ。
あ゛〜、素直に喜べね〜。
「そう言うヒロミは、どんな恩恵だったんだ?」
「む、拙者は【力士】という恩恵でござる」
「わ、お相撲さんだ」
「前衛職、
「みたいですぞ。ただ、前例や似たケースの少ない恩恵のようで、あまり詳しいことはわかっていないようですな」
「じゃあ、もしかしたら隠れた強スキル、かも?」
「だと、よいですな~」
「語尾、ござるからごわすに変えるか?」
「変えるわけないですぞ」
ヒロミは、そのふくよかな体型に似合った恩恵を得たようだ。ただ、柔和で優しい性格のこいつが戦闘なんてできるのかと、少し不安になる。
いや、そんなことを言い始めたら俺も、ていうかクラスメイト全員、戦えるわけがないんだけどな。こちとら数時間前まで日本でぬくぬく暮らしていた高校生、いきなり戦えって言われて殺し合いなんてできるわけない。
……まぁ、その辺りは召喚した側も考えているだろ、多分。戦ったこともないケツの青いガキが、どうこう考えたところで大したことはわからんし、向こうに丸投げするとしよう。
「……二人とも、かっこいい恩恵だなぁ」
「あー、まぁな。でも、東雲の【薬剤師】だって重要そうな恩恵だろ」
「拙者たちは、おそらく最前線で殴り合いですからなぁ。シュン氏の薬にお世話になることも多そうですぞ」
「えー、そ、そうかな……。えへへ」
(こいつ、かなりチョロいな。悪い奴に騙されそう)
(失礼ですが、同感ですぞ)
(こいつ直接脳内に!?)
締まらない顔をしているクラスメイトを二人で心配しつつ、卓上の料理に手を伸ばす。
東雲の例を考えると、他にハズレスキルを引いた生徒とかいるのか? あぁいや、食堂にはパッと見全員いるみたいだし、そもそも誰かがシュンみたいに追い出されそうになったら、その時点で騒ぎになっているか。
うーん、ますます東雲がザマァ系なろう主人公説が濃厚に……。
「そ、そういえば、他の人たちはどんな恩恵をもらっているのかな?」
「確かに気になるな。勇者とか聖女とかいるのかね」
「お二人は食堂に集まるのが遅かったので、知らないのですな。拙者、皆さんに色々と聞いて回ってきましたぞ~」
「おー、流石コミュ強」
「わ、気になるっ」
「ふふん、では教えて進ぜましょう!」
ヒロミは皿の上の料理をペロッと平らげると、集めた情報をつらつらと語りだした。
話を聞く感じ、どうやら恩恵は
……存外、ありふれた名前の恩恵が多いんだな。それなのに、東雲の【薬剤師】だけがピンポイントで追放されかけたのか。
「中でも突出していそうなのは、ダイキ氏の【勇者】とセナ氏の【聖女】、ですかなぁ」
「あー、サッカー部のイケメンと、胸のおっきいギャルだっけ?」
「い、言い方……」
「あぁ、いやさ。なんというか、ああいう陽キャっぽい人たち苦手なんだよ」
「むむ、人を外見や雰囲気だけで判断するのは、あまりよろしくありませんぞ。ダイキ氏は明るく人に好かれる方ですし、セナ氏は面倒見が良く人を思いやれる方です」
「ごめんて、悪かったって……」
まぁなんというか、お決まりの流れだよな。クラスの一軍連中が主役級のチートスキルもらうの。もれなく全員ザマァされるまでがセットだけど。
女子に関してはヒロインルートもあり得るから、一概にやられ役とは言えないけどな。おっぱいギャル、えーと
「じゃあ、その二人が主軸になって活動する感じになるのかな」
「だろーな」
「他人事ではありませんぞコースケ氏。【剣聖】も名前からしてかなり強力。コースケ氏もメインメンバーに含まれる可能性は十分にありますぞ」
「た、確かに……!」
「え゛、じゃあ俺これから、勇者やら聖女やらと一緒に行動しないといけないわけ? 無理だぞ? 一言も喋れずに気まずさで死んじゃうぞ?」
「お二人とも優しい方ですから大丈夫ですぞ」
「うん、矢倉くん、ちょっと失礼だよ」
「ぐぬ……、す、すまん」
ヒロミと東雲に窘められつつ、ふと疑問が浮かぶ。
……なんで俺なんかに、【剣聖】というあからさまなチートスキルが与えられたのだろうか。
普通こういう、レベルの高いチートは、クラスの一軍連中に与えられるものだ。なのに、何故か俺みたいなクラスの隅っこで大人しくしている奴に与えられている。
なんでだ? はっ、もしかして俺には隠れた陽キャの才能が……!?
「コースケ氏、また何か変なこと考えていますな」
「……もしかして矢倉くんって、結構残念な人?」
「シュン氏、大正解ですぞ」
「おいこら、失礼にもほどがあるだろ」
「だって矢倉くん、思ってること全部顔に出るもん」
「ちなみに、拙者ほど交流があれば、余裕で読み取れますぞ」
「えっ、マジ? 初めて聞いたんだけど」
「初めて言いましたからな。拙者、自覚がなかったことにビックリですぞ」
その後、三人でギャアギャアと騒ぎながら、出された料理を美味しくいただいた。ちなみにヒロミは、俺たちの三倍以上飯を食っていた。いくら大食いのヒロミでも、明らかに食い過ぎである。
ーーーーー
「ん、コースケ氏どちらへ?」
「小便、あぁいや、大便するだけだ。寝てていいぞ」
「承知」
夕飯を食べたあと、各々の部屋へと戻り、時刻は深夜。時計がないので正確な時間は分からないが、夜空で光る月のような星の位置からして大体深夜だとわかる。……あぁいや、この星が地球のように自転しているのかも、そもそも球状なのかも分からないが、そういうものだと思っておこう。
床についたは良いものの、碌に眠れず便意を催した俺は、一人トイレへと向かった。
「ふぃ〜、漏れるとこだった」
城内の便所、魔法によるものなのかボットン式ではなく水洗式だった、で用をたし一人暗い廊下を歩く。
「異世界転移。異世界転移ねぇ……」
まるで創作のような現実を、噛み締めるように呟く。
そう、異世界転移だ。今まで小説や漫画、アニメの中で嫌というほど見てきた、あの異世界転移だ。
第三者として、部外者として、文字通り次元の違う場所から見ていた時は面白がっていた。なんなら、羨ましくもあった。自分もあんな出来事が起きたらな、あんな事態に巻き込まれたらな、なんて妄想は飽きるほどした覚えがある。
ただ、現実となるとそうはいかない。頭の中の冷静な部分が、様々な不安を掻き立てる。
向こうの時間の流れってどうなってんだ? 止まっている、わけないよなぁ。時間の流れが遅かったりすると助かるけど、帰るのが遅れると歳の問題とか出てくるだろうし。両親は心配しているだろうし、事件かなんかとして処理されるのかな。神隠し的な。
俺の詰めの甘い頭で考えても、これだけの心配事が出てくるんだ。実際はもっと問題があるんだろうなぁ。
「……まずいなぁ、夜になるとどうしてもナイーブになっちまう」
昼間はそれどころじゃなかったから、深く考えることはなかった。でも、夜はどうしたって暇だ。スペースの空いた頭の中に、不安や心配が入り込んでくる。
魔王の封印を復元して、大陸中の問題を解決して、治安の回復もして。そんなの、一体何年かかるんだ。そもそも、本当に帰れる保証はあるのか、あの大人たちの言うことを信じられるのか。ならいっそ、自分たちで帰還方法の確立を。あぁいや、それこそどれだけ時間がかかることか。
それに、それだけ時間をかけてまで帰還して、それでどうなるんだ。あと数年もすれば俺たちは二十歳だ。数年で解決すればいいが、もっと時間がかかったら? そしたら帰る頃には、俺たちは三十や四十、もっと高齢になってて、それでも日本じゃ高校すら卒業していないわけで。うん、俺みたいなガキでもわかる、まともな人生を送れるわけがない。
なら、日本に帰らずにこっちの世界に永住を。……いや、向こうの世界にだって両親や知り合い、また会いたい人がいるんだ。俺はそんなに多くない、それこそ家族や親族程度のものだけど、クラスメイトのみんなはもっと多いだろうし。やっぱり、帰還を捨てることはできない。
「あぁ、くそ。考えても意味ないってのに」
そうだ。こんなことを考えても大した意味はない。推測が多分に含まれているし、俺みたいなそこらの子供が真剣に悩んだところで、詰めの甘い結論が生まれるだけだ。いや、結論が出ればマシか。下手すると考えが堂々巡りしかねない。そもそも、ここで何か結論を出したとて、どうせ時間がたったらまたうじうじ考え出すんだ。だから、今ここで一人で悩み続けることに意味はない。
分かっていても、暇な頭は暗い考えを止めてくれない。この先に対する不安が、頭の中を支配する。
「別のこと、うん、別のことを考えよう。例えば……」
トイレから部屋に戻り、ベッドで眠るヒロミを見やる。異世界転移なんて大事があったにもかかわらず、ぐーすかと寝息を立てている。よく眠れるなこいつ。度胸があるというかなんというか、肝が据わってるんだよな。
「あー、うん。東雲のことでも考えるか」
正確には、元最弱系チート主人公についてだ。
東雲一人だけ追放されかけたところを見るに、アイツの恩恵【薬剤師】に何かあると考えていいだろう。落ちこぼれという理由で酷い目に合った後に覚醒して、いびってきた奴らに復讐する。何度も読んだことのある話だ、俺は詳しいんだ。現実がそうなるなんて確証はないけど、とりあえずそうだってことにしておこう。
そんで【剣聖】みたいないかにもなチートスキルを持っている奴らは、大体その主人公のことをなめ腐って痛い目に合うかませ役や踏み台になるんだ。
このままだと、俺はそのかませ役になってしまう。どうにか対策を打たなくては。
「まぁとりあえず、東雲に酷いことをしなければ、復讐されることはないだろ。見て見ぬ振りなんかもしなければ、なおよしだ」
そう、主な対策は簡単で、復讐されてしまうような理由を消せば良い。
東雲を嘲ったり虐めたり、そういった恨みを買うような行動をしなければ良い。友好関係を築き、たとえ俺TUEEEになっても助けたいと思われるような存在になれれば最高だ。
「問題は、戦闘力のインフレについて行けるか、だよなぁ」
そう。web小説サイトに投稿されがちなこういった作品は、必ずといって良いほど戦闘力がインフレする。なぜなら、戦闘力をどんどん高めていかないと、チート主人公と張り合える相手が生まれないからだ。主人公が活躍するために、主人公のチートでないと倒せないほどの敵を次々と生み出すのだ。
そういったインフレした敵は、主人公やそのヒロインたちしか倒せないような別格の強さを得ていることが多い。噛ませ役にしかなれないようなクラスメイトは、ボコされるか隅で見ているのがオチだ。最悪の場合命まで奪われる。
「別にモブになるのは構わないんだけど、ボコされて死ぬのは勘弁だよなぁ」
そう、別に脇役になる分には良いのだ。
いやそりゃ、出来ることなら主人公になってみたいし、女の子にもチヤホヤされたい。ハーレムなんて作れたら最高だ。俺にそんな器量があるわけないのだが、妄想するだけなら自由だろう。
だが、なれないものは仕方がない。そもそも、自分は主人公なんて器ではないのだ。身の程を弁えて、脇役に落ち着いて、それなりの幸せを享受するのも悪くはない。そう思える程度には、自分を客観視できているつもりだ。
只々、死にたくない。生きていたい。
こんなわけのわからない現象に巻き込まれて、異邦の地でひっそりとくたばるなんて、真っ平ごめんだ。追っているラノベやウェブ小説の完結を見届けたいし、花のキャンパスライフも送ってみたい。欲を言えば、誰かを好きになって、恋愛をして、結婚して家庭を持ってみたい。まだまだ、やり残したことが五万とあるのだ。
俺の理想の最期は、病床に伏しつつも、家族に見守られながらの大往生だ。老衰以外の方法で死にたいとは思わん。少なくとも75までは生きてやる。
「そのためにも、インフレした敵に一方的にやられないくらいには、強くならなくちゃな……」
そう、死なないためには強さがいる。ここは異世界だ。日本みたいに法や治安組織が、安全を保障してくれるわけではない。この国も、衛兵や騎士によって街中の治安は維持されているのだろうが、それも今後戦うことになる敵相手には無力だろう。
自分の身は、自分で守るしかないのだ。幸いにも、俺には優秀なチートが与えられているらしい。その力に驕らず鍛え続ければ、それなりの実力は手に入るはずだ。そうすれば、化け物じみた敵に狙われても生き延びられる、……はずだ。
「……なんも分からん状態で、あれこれ悩んでも無駄か。とっとと寝よ」
そう小さく呟いて、ベッドに横になる。城の客室ということもあって、高級品を使っているのだろう。現実のマットレスと遜色ない、フカフカの感触が出迎えてくれた。暖かい羽毛の布団をかぶり、瞼を閉じると、急に疲労が襲ってくる。どうやら、異世界転移という異常事態を受け、俺の身体は想像以上に疲れていたらしい。
結局この日は、ろくに眠ることができなかった。
クラス転移で強スキルもらったけど、絶対に踏み台フラグなので努力します 笹団子β @Raiden116
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