第1話 とりあえず追放は阻止しようね

 せっかくの異世界転移なのに、俺、かませ役かよぉ……。


「つ、追放って、そんなの……!」

「ふん! 戦えず、益ももたらさぬ来訪者など、無価値も同然じゃろう!」


 脂ぎったおっさんに罵声を浴びせられているクラスメイト。声変わりを経ても然して低くならなかった地声に、童顔というのか、可愛さが勝る顔立ち。165に満たない低めの身長に、華奢な体躯。しかるべきメイクと服を用いれば男の娘も狙えそうなこいつは、たしか東雲俊しののめ しゅん、だったか。俺と似たような、教室の隅っこで大人しくしているタイプの男子だったはず。うん、いかにもなろう系主人公だな。


 しっかし、かませ役、かませ役かぁ……。どんな目に合うのかなぁ……。ざまぁ系って、割と容赦なく復讐してくるからなぁ。

 自尊心へし折れるとか、鼻っ面を明かされる程度ならマシな方だな。酷い作品だと欠損したり、命にかかわったり、……死ぬより酷い目に合ったりするからなぁ。


「そもそも薬など、ワシらの治癒魔法でいくらでも代用が利く、下火の業界!」

「いや、そんなこと……!」


 そう考えると、剣聖っていうのも急にしょぼく見えてきたな。棒振りが上手いだけの人間にたいそうな名前を付けすぎなんだよ。強力な個人より、大量の民兵の方が強いに決まってんだろ。

 俺も、最弱だと思われていたのに実はチートでした、みたいなスキルが良かったわ~。


「貴様のような異物が混ざり込んでいること自体がおかしいのじゃ! もしや、魔王派閥が送り込んできた刺客では……」

「そ、そんなわけがないでしょ! 僕は、今までも学校で生活を……!」


 ……とりあえず。かませだの、主人公だのは置いといて。

 今は、クラスメイトの追放を阻止するとしますかね。




「ぁー、俺、東雲の追放には反対です」

「ぇ、矢倉、くん……?」

「貴方は、剣聖の……」


 俺が声を上げると、先ほどまで東雲を糾弾していた小太りの爺さんではなく、柔和そうな老紳士風の爺さんが前へと出てきた。


 正直、大人に面と向かって意見通すとかめちゃくちゃ怖い。周りの視線も突き刺さりまくってる。今すぐにでも「や、やっぱ何でもないです~……」って言って引き下がりたい。

 そもそもこちとら、仲いい奴以外とは、碌に喋ったこともないようなコミュ障予備軍やぞ。学校でも教室の隅の方で大人しくしている類の生徒やぞ。


 ……まー、でも、クラスメイトを見捨てて逆恨みされて後々被害に遭うよりはマシだ。ひと踏ん張り、するとしますか。


「ヤグラ様、でしたかな? こういった話は私たち、現地の人間に心得があります。来訪者の方々がお気になさらずとも、こちらで上手く対処させていただきますので」

「いやいや、こちらもあなたたちのせいで、クラスメイトが酷い目に遭わされそうなんですよ。全然当事者なんで、無理やりにでも首突っ込ませてもらいます」

「ははは、友情ですか、素晴らしいですな。若者の特権です」

「や、別に友人ってわけじゃないけど……。そりゃどーも、なら俺らの友情に免じて、追放は取り消しってことでいーですかね?」

「申し訳ありませんが、そうも行かないのです。これは我々大人の話ですので」


 はん、煙に巻こうったってそうはいかねーぞ、なんちゃって老紳士。喋るタイプのコミュ障は、一度話し出すと歯止めが効かねえからな。覚悟しろよ。


「なにが大人の話っすか。ハズレ枠がいたからって、態々追放する必要はない。人一人を食わせて行けないくらい、切羽詰まってるわけじゃねーでしょう?」

「そういう問題ではないのですよ。貴方のような、まだ若さの残る青年には理解しがたいかもしれませんが」

「じゃ、それを馬鹿な若者にもわかるように、懇切丁寧に説明してくださいよ」

「……はぁ、好奇心旺盛な方だ。貴方たち来訪者は、我らが信仰する至高神によって呼び出された、選ばれし存在。国中にも、諸外国にも、そう喧伝してあります。その中にこの者のような異物が紛れ込んでしまっては、沽券に関わるという話です」

「はん! 要はお宅の神様のミスの尻拭いじゃないですか。俺たちは強制的に拉致されたっていうのに、何でそっちの都合で追い出されなくちゃいけないんすかねぇ?」

「追い出すなどと、人聞きの悪い」

「さっき思いっきり、追放って言ってたじゃねーか」

「追放と言いましても、しっかりとした補償の上で、の話でございます」

「ほーん。じゃ、その補償とやらの内容を詳しく」

「当面の生活費と安定した職を与えた上で、この王都にてひっそりと暮らしていただきます。もちろん、皆様が向こうの世界へとお帰りになる際は、共に帰還していただくつもりです。悪い話ではないでしょう?」

「そう言って、大金持たせて街に放り出して、ゴロツキの仕業に見せかけて暗殺。才無き来訪者、なんて汚点は最初からなかった。……お約束だと、こんな感じっすかね?」

「……はは、面白いことを考えるお方だ。そんなに我々が信じられませんか?」



「えぇ、失礼ですが、全く信用できません」



 ヒートアップした俺とおっさんの口論に、凛としたよく通る声が割り込む。

 ポニーテールに纏められた長い黒髪、丸メガネ越しでも分かる知的な瞳。小柄でありながら理知的で毅然とした、我らの頼れる委員長、姉小路美鈴あねこうじ みすずさん。普段はそのちんまりとした容姿からペットのごとく可愛がられているが、いざというときには一番頼りになる大変優秀な女子だ。

 異世界転移直後、激しく動揺する俺たちを諌めてくれた彼女が、こちらの会話へと入り込んできた。


「これはこれは、賢者様。なかなか手厳しいことで」

「手厳しい? 私たちからしてみれば、貴方たちはただの誘拐犯です。当然の対応では?」

「言うに事欠いて誘拐犯とは! 賢者殿、ワシらの神を愚弄するつもりか!?」


 姉小路さんのキツい物言いに、東雲のことをいびり散らかしていた、声のデカい小太り爺さんが反応する。


「いいえ、私はあくまでも貴方たちのことを誘拐犯だと思っているだけです、ブスダーク司祭。神様に関しては、どうとも思っていません」

「我々は至高神の手足! 彼の意志によって動く従僕! ワシらを貶すということは、至高神の名を汚すのと同義じゃぞ!」

「自身と神の名を同義と見なすとは。それが敬虔な信徒の発言ですか?」

「き、きき、貴様ぁ……!!」


「ブスダーク司祭、下がりなさい。ここは私が」

「……わかりました、ワシは一度帰らせていただきます。リスティグ司祭、頼みましたぞ」


 髪の毛がまばらに生えている頭部に血管を浮かべた小太りの爺さん、ブスダーク司祭は、肩を怒らせながら大広間から出ていった。

 再び会話に入ってきたのは口の回る老紳士、リスティグ司祭。


「話を戻しましょう。私は貴方たちを一切信用していない。そんな相手に東雲くんを、大切なクラスメイトを預けることはできません」

「ははは。しかしですな、こちらにもこちらなりの事情があります。聡明な貴女であれば、組織における面子の重要性は、よく分かるでしょう? 神が関わった儀式に紛れ込んだ異例を、はいそうですか、と見逃すわけにはいかないのです」



「ぁ、あの!」


 姉小路さんとエセ老紳士がバチバチに火花を散らす中、黙り込んでいた東雲が声を上げた。


「東雲くん……?」

「その、僕が、役立たずじゃなければ、いいんですよね……!? 僕だって、一応恩恵は受けているんだ。必死になって頑張れば、多少なりとも成果を上げられる、かもしれない!」

「お、そーだな。東雲も神様から、ありがたーい恩恵を受け取ってるんだもんな。なら、かかる費用以上の利益をもたらせる可能性は、十分にある。それをわざわざ追い出そうなんてのは、何とも非合理的なんじゃねーですか?」


 そうだ。役立たずがいたから追放、なんて考え、普通に考えたら利点よりも欠点の方が多いはずなんだ。こいつはそれを、無理やり押し通そうとしているだけ。

 なら、真正面から正論で叩いてやればいい。


「しかし、先ほどブスダーク司祭が言っていた通り、薬品関係は下火の業界。利益が出る可能性は大変低く……」

「となると貴方は、せっかく神様が授けてくださった恩恵を、流行りではないから、利益にならないからいらないと、切り捨てるのですか? それこそ、神への不敬にあたるのではないでしょうか」

「……ははは、いえ、そういうわけでは決して」


 少し言葉に詰まりながらも、笑みは絶やさないクソ神父。あぁ、いや、司祭だったか? まぁどっちでもいいや。

 向こうは、筋の通らないことを無理矢理押し通そうとしているだけだ。とにかく正論で畳み掛けろ。合理性で殴れ。真っ当なこと言っている限り、こっちは論破されようがねーんだ。


「そもそも、役立たずとわかればすぐに追放、なんてしたら俺たち以外の来訪者にも不信感持たれるぜ? やらかしたら次は自分が追放されるんじゃー、って。そこまでして、東雲のこと追放したいのはなんでなんすかねー」

「別に追放せずとも、いくらでも面子を潰さない方法はありますよね? そちらの手段を考慮せず、即断即決で追放しようとした理由を教えてもらえませんか」

「僕、別世界から来ているので、こちらの世界の方々とは違った視点で薬品作りに貢献できるかもしれません。追放するよりも庇護下に置いた方が、何かと利益があるはずです」




「ふぅ、皆様の言い分はごもっともです。しかしながら、これは決まり事でして。理屈だけで好き勝手にやめられるようなものではないのです。保証が足りないと申すのであれば、何なりとご要望に答えましょう。身の危険を覚えるのであれば、優秀な護衛もつけます。ですので、シノノメ様にはどうか、王都にて暮らしてはいただけませんでしょうか?」


 こいつ、宗教盾にしてゴリ押しにきやがった。

 ……そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがあるぞ。



「わかったよ」

「……ぇ、あ」

「ちょっと、矢倉くん?」


「おぉ、わかってくださいましたか」

「あぁ、東雲の追放を認めるよ」

「そ、そんな、矢倉くん」

「……ただ、条件をつけさせてくれ」

「えぇ、えぇ。何なりとお申し付けください。追放する側として、可能な限りの支援を約束しましょう」

「いやいや、なに。そんな大層な条件じゃねーよ」




「東雲の護衛として、剣聖も一緒に追放してくれ」

「…………は?」


 やっと余裕が消えたな、老害のっぽ。



「ちょ、矢倉くん!? 君何言ってるの!?」

「剣聖様。一体何を……」

「んー? 何もおかしな事ないだろ。街に一人で放り出されるクラスメイトが心配だから、着いて行かせてくれー、って言ってるだけだ」

「だけなどと、貴方はその恩恵の重みが……」

「安心してくれ! あんたらには当面の生活費以外は何も要求しねーよ。職だってこっちで勝手に探す。いやー、安上がりに済んでよかったなぁ?」


 冷や汗が滲み始めたジジイを尻目に、好き勝手煽り散らかしていると、トントンと肩を叩かれた。

 振り向くと、しょうがないわね、みたいな顔した委員長が。てかやっぱ、面がいいなこの人。


「ちょっと、矢倉くん」

「ぁ、委員長。わ、悪い、勝手に色々と……」

「貴方一人では護衛として不安だわ。抜けてるとこもあるし」

「そそそ、そんなことねーし!」


「だから、賢者も東雲くんの護衛としてついて行くわ」

「…………な?」


 委員長は実に意地悪い笑みを浮かべ、ジジイの顔に焦りが滲む。


「い、委員長まで……」

「委員長として、クラスメイトのことは心配だもの。しょうがないわよね」

「……ははは、いや、しかし。いくら剣聖様と賢者様と言えど、経験のない状態で街に出るのはいささか危険かと。皆様は平和な世界から来られたわけですし」

「あら、王都はそんなに治安が悪いんですね。ではなおさら、一人で追放など許すわけにはいきません。私たちの同行を条件として飲んでいただきます」

「……」


 うっわ、えげつねぇ。引き留めようとするジジイに、これでもかってくらいに綺麗なカウンター入ったぞ。


 まぁとりあえず、爺さんよぉ。

 剣聖と賢者を手放してまで、東雲を追放する必要があんのかい? 別にこっちは、追放されたとしても伸び伸びと暮らさせてもらうだけだ。一向にかまわねぇぞ?






「……はぁ、わかりました。シノノメ様の追放を取り消しましょう」


 いよっしゃあ!!

 とりあえず、追放からの復讐ルートは潰したぞ!

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