第36話 過去3

いつものようにドライブに行った時だった。


「車、誰か乗ったんですね」



何気ない会話のつもりだった。



「佑香以外乗せてないよ! オレのこと疑ってるの?」

「ごめんなさい。何か疑ってるとかそういうんじゃなくて、シートの位置が変わっていたから、それを言っただけ」

「あ、ああ……親父を病院に乗せて行ったからかな」

「お父さんどこか悪いんですか?」

「たいしたことないよ」



どうしてこんなことで不機嫌になるのかわからずにいた。



「ちょっと飲み物買って来る」

「あ、わたしも……」

「いいよ、佑香は待ってて」



それでも、次にはいつも通りの優しい雄介さんに戻っていたから、気にしないことにした。



少しだけ、倒れたシートの位置を変えようとして、レバーの方をさわっていて何かに触れた。

小さく丸められた紙。

何かのレシート? ゴミかな?

拾ってなんとなくその紙を広げた。


『妻と子供がいる人です。もうやめて』


どういう……意味?


雄介さんなら、きっと丸められた紙なんて見つけてもそのまま捨ててしまう。それ以前に、助手席のこんなところにあるものになんて気が付ついたりしない。


これはあきらかに、わたし宛。


窓の外を見たら、遠くの方で電話をしている雄介さんの姿が見えた。

少しなら時間があるかもしれない。


フロントガラスに貼ってあるシールの、次回の車検日を見た。これならまだ間に合う。

最近は車検証に住所の記載がないけれど、少し前のものまでは記載があると、父が言っていた。


父はダッシュボードの中に入れていたから、もしかしたら……外に目を配りながら、ダッシュボードを開けると、思っていた通り車検証のファイルが入っていた。

それで住所が記載してある欄を急いでスマホで撮った。


窓の外をもう一度見ると、雄介さんはまだ電話をしていた。


急いで車検証を戻して、ずっとスマホを見ていたフリをした。


「ごめん、友達から電話がかかってきて話してた」

「あのね、わたし明日までに提出するレポートがあったの思い出して。すぐに帰ってやらないと間に合わない。本当にごめんなさい」

「いいよ。仕方ないね」


そう言いながら、彼はキスをしてきた。

タバコの匂い。


ずっと言えないでいたけれど、わたしはこの匂いが苦手だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る